第四十六話「恐喝と、急襲と、あと一人」
「こんな人気のない道は危険だよーん」
赤錆の牙の一人が、にやにや笑いながら言った。
細身の男だ。
背中に弓を背負っている。
もう一人。
腰に剣を下げた男が、反対側の壁にもたれかかる。
「襲われちゃっても知らねぇよ、俺?」
二人とも下品に笑っていた。
楽しそうだ。
まるで獲物を見つけた野犬。
リアは、はっと息を呑む。
「あなたたちは……さ、さっきの!」
声が震えている。
「何か用ですか!用がないなら話しかけないでっ!」
強がりだ。
その証拠に、言い終えたあとはアルドの後ろに隠れている。
おい。
ケンカを買うなら最後まで買え。
まあ、いい。
正しい判断ではある。
前に出られてたらこの上もなく邪魔だからな。
「何か用ですか、だとよ」
ドレイクが喉の奥で笑った。
「お嬢ちゃん。さっき、そこのブタが俺に骨を投げつけたよな?」
「へ?」
「当たり所が悪かったみたいでねぇ」
ドレイクは自分の額を指で叩いた。
「高級ポーションを使わないといけなくなったんだよ」
嘘だっつーの。
つくなら、もう少しまともな嘘をつけ。
このハゲ!
アルドは鼻を鳴らした。
「だから、その分を弁償してもらおうと思ってな」
「べ、弁償って……いくらなんですか?」
リアが恐る恐る聞く。
こういう手合いに金額を聞いてはいけない。
答えは決まっているのだから。
そう思ったが、もちろんアルドの言葉は届かない。
ドレイクはにやりと笑った。
「金貨五枚だ!」
「き、金貨五枚って……!」
リアの手が、革袋を押さえる。
さっきジェイルにもらった金貨。
それを見て、ドレイクの目が細くなった。
「そうだ。有り金すべて置いていけ」
「ふざけないで!」
リアが叫ぶ。
声は震えているが、それでも……。
「ジェイルさんがくれたお金です!渡しません!」
「ふざけてねぇよ」
ドレイクの声が低くなる。
「どうせジェイルにくっついていただけで貰ったあぶく銭だろうが」
「違います!」
「違わねぇよ」
ドレイクは一歩近づく。
「媚び売って、守ってもらって、金まで恵んでもらう。ずいぶん楽な稼ぎ方するじゃねぇか」
「そんなことしてません!」
「世の中舐めてるねー。そういう悪い子にはお仕置きが必要なんだよ」
リアの顔が青ざめる。
アルドは、小さく息を吐いた。
やれやれ。
まったく。
どいつもこいつも、よく喋る。
その間に、後ろの二人は動いていた。
剣使いは、左側。
壁際に寄り、いつでも踏み込める位置。
弓使いは、右奥。
狭い路地でも射線が通る場所を確保している。
リアを狙える角度。
そして、アルドが動けば援護できる距離。
悪くない。
剣と弓。
前衛と後衛。
対して、こちらは素手のオーク一匹。
さすがCランク。
口は悪いし、性格も悪い。その上顔まで悪い。
だが、装備はそこそこ。
気配の消し方も、素人ではない。
普通に正面から戦えば、面倒だっただろう。
しかも、リアを狙われながらだとなおさら、といったところ。
広い場所なら、回り込まれる。
弓の射線も自由自在。
建物や人を利用されれば手の施しようがない。
地の利。
手数。
罠。
人質。
そういうものを全部使われていれば、勝負はどうなっていたか。
今のアルドは、勇者ではない。
オークだ。
武器もない。
仲間もいない。
ついでに眠い。
勝てるかどうかは五分五分だっただろう。
だが……。
ここは狭い路地だ。
回り込むのは不可能。
戦術を広げる余地もない。
射線も限られる。
そして何より。
こいつらは舐めた。
アルドを舐めた。
オーク一匹と子供だと思っている。
今もそうだ。
のんきにくっちゃべっている。
戦闘態勢は取っている。
だが、心は戦場にいない。
そこが致命的。
「さっさと出すもん出せ、命だけは助けてやる」
ドレイクが言う。
「考える猶予はやるぜ。そこのブタがバラされるまでな」
後ろの二人が笑う。
今。
アルドの体が沈みこんだ。
次の瞬間。
地面が爆ぜた!
ワイルドダッシュ!
距離を一息で詰めるワイルドオークの突進力。
ぽっちゃりした体が信じられない速度で跳んだ。
「なっ——」
剣使いの目が見開かれる。
が、遅い。
アルドはすでに剣使いの間合いの内側。
剣を構えるより早く、手首を掴む。
これで剣は振れない。
「ぐっ!?」
剣使いが力を込める。
悪くない反応。
手首を捻って外そうとしている。
剣士としての訓練は受けているらしい。
もう遅いけどな。
アルドの膝が鳩尾に入った。
「ごふっ」
肺から空気が漏れる音。
剣使いの体が前に折れる。
その後頭部に、手刀。
ズガっ。
男の意識が落ちた。
まず一人。
剣が石畳に落ちる。
ちらりと見る。
装飾の入った剣。
柄に小さな魔石。
おそらくマジックアイテムだ。
使われれば厄介だっただろう。
使われれば。
「こいつっ!」
弓使いは即座に反応していた。
速い。
迷わず弓を引く。
判断は合格。
距離は近い。
避けるには近すぎる。
矢が放たれた。
一直線にアルドの胸へ。
心臓を貫く軌道。
威力もタイミングも悪くない。
普通のオークなら、即死。
だが。
ズブッ。
矢がアルドの胸を貫いた。
「トンソクーーー!」
リアが悲鳴を上げる。
アルドは、ちらりと胸を見た。
見事に矢が貫通している。
心臓の位置。
判断。
威力。
精度。
どれも申し分なし。
ただ。
スライムオークに、貫通攻撃が意味あると?
「ぶひっ」
アルドは、そのまま走った。
「は?」
弓使いが間抜けな声を漏らす。
まさか動くとは思っていなかったのだろう。
胸に穴が開いたまま、アルドは弓使いの懐へ飛び込む。
男は二射目を番えようとした。
遅いって。
両腕を掴む。
「うっ——」
そのまま、頭突き。
ゴツッ。
鈍い音。
弓使いの目が白くなる。
膝が崩れ、石畳に倒れた。
二人目。
アルドは胸に穴を見下ろす。
肉が、ぬるりと閉じた。
痛みはある。
だが、意味はない。
腹に矢が刺さらなくてよかった。
食後だ。
中の物が飛び出していたら、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「……な」
ドレイクが固まっていた。
ま、当然だろう。
今の一瞬で、仲間二人が消えた。
剣使い。
弓使い。
どちらも、Cランク冒険者としては妥当な実力者だった。
それがオーク一匹に瞬殺された。
「なんだ、そのオーク……!」
ドレイクの声が裏返る。
リアも目を丸くしている。
「ト、トンソク……胸、痛くないの?大丈夫?」
アルドは首を鳴らす。
こきり。
残りは一人。
禿げたオッサンだけ。
偉そうに喋っていた盗賊まがい。
いや、いまや盗賊そのもの。
アルドはゆっくりとそちらを向いた。
あとは。
コイツだけ。




