第四十五話「別れと、匂いと、あと路地裏」
「さて」
バルドが木杯を置く。
「今日はここで解散にしようや。みんな限界だ。寝た方がいい」
「そうね。私も、もう目を開けてられないわ」
ミーシャが欠伸をこらえる。
「俺もだ。頭が働かねぇ」
ゴッツも伸びをする。
「リーンの様子も見に行ってやらないとな」
バルドが言う。
報酬の分配も終わった。
祝杯も上げた。
これ以上、一緒にいる理由はない。
「嬢ちゃん」
バルドがリアに声をかける。
「今回は助かったよ。分け前の件は悪かった……お前さんとトンソクがいなきゃ、俺たちは死んでたかもしれん。礼を言わせてくれ」
「ううん。私も勉強になった。ありがとう」
リアは笑った。
「次からは、ちゃんと取り分の話を先にするから。よろしくねっ!」
「ああ、そうしてくれ」
バルドも笑った。
ゴッツが手を振る。
「また依頼があったら一緒にやろうや。まあ、俺たちで役に立つかは分からねぇけどな」
「そんなことないよ!みんな頼りになったもん!」
「ははっ。そういってもらえるならありがてぇ」
ミーシャはリアの頭を撫でる。
「無茶しちゃダメよ。特にトンソクから目を離さないこと。無茶するんだから」
「うん!」
いや、逆だろ。
無茶すんのはコイツ。
迷惑してるのは俺!
アルドは不満だったが黙っていた。
喋ったところでぶひぶひだ。
最後に、ジェイルがリアの前に立った。
「リア」
「はい」
「十分気をつけるんだ。何かあれば俺を呼べ」
「ジェイルさんを?」
「ああ。ギルドに言伝を残せば届く。面倒事でも、魔物でも、金の相談でも。なんでもいい」
「お金の相談も?」
「さっきみたいな連中に、また絡まれないとも限らないしな」
ジェイルは少し笑った。
リアも照れたように笑う。
「ありがとう、ジェイルさん」
「気にするな」
そして、ジェイルはアルドの方へ。
周囲に聞こえないくらいの声で、耳元へ囁く。
「油断するなよ。絶対あれで終わりじゃねーぞ」
「……」
ほじほじ。
アルドは耳をほじっていた。
もちろん、聞こえていた。
が、言われなくても分かっている。
あのドレイクとかいうスキンヘッド。
去り際の目。
諦めた顔ではなかった。
この後、何が起きるかくらい予想がつく。
勇者時代にも、似たような連中はいくらでもいた。
つまらない奴ほど、分かりやすい。
「ぶひっ」
アルドは鼻を鳴らした。
油断などしない。
むしろ、少し楽しみですらある。
「……お前、本当に分かってんだろうな?」
ジェイルは苦笑した。
だが、それ以上は言わなかった。
こうして、解散となった。
バルド、ゴッツ、ミーシャはそれぞれの家に。
ジェイルはギルドに残り、何か手続きをするらしい。
リアとアルドは宿屋へ向かう。
朝の通りは、すっかり賑やかになっていた。
市場の呼び声。
パンの匂い。
荷車の音。
子どもたちの笑い声。
リアは金貨五枚の入った革袋を大事そうに抱えている。
「トンソク、今日は宿でゆっくりしようね。いっぱい寝て、起きたら買い物に行こう。おいしいもの買ってあげるから」
「ぶひ」
それは良い。
珍しく意義のある提案だ。
だが、その前に片付けることがある。
アルドは、鼻をひくつかせた。
匂う。
酒。
革鎧。
鉄。
汗。
安い香油。
さっきの三人だ。
距離を空けている。
建物の影を使い、足音も抑えている。
気配も。
なかなかの物だ。
冒険者にしておくには惜しい。
立派な人さらいになれる素質を感じる。
さぞ高名な犯罪者になるだろう。
だけどな。
甘いんだよ。
俺の鼻をごまかせるとでも思ってんのか。
匂いは消せてないんだよ。
アルドは、リアの前をとことこ歩く。
そして、宿屋へ向かう大通りから、すっと脇道へ逸れた。
「あれ?トンソク、そっちじゃないよ?それじゃ帰れない」
しかしアルドは止まらない。
「トンソク?そっちじゃないって!こっちっ!宿の道忘れちゃったの?」
リアが慌てて追いかける。
細い道。
建物と建物の隙間。
日が差し込みにくく、石畳は少し湿っている。
人通りはない。
朝の賑わいが、遠くなる。
「もう、どこ行くの?迷子になるよ?」
リアの声に、不安が混じる。
アルドは道の奥で立ち止まった。
ま、こんなもんか。
狭い。
暗い。
人目がない。
襲う側にとって、都合がいい。
そして。
俺にとっても、な。
アルドはゆっくり振り返った。
路地の入口に、三つの影。
スキンヘッドのドレイク。
その後ろに、赤錆の牙の二人。
思った通りだ。
「自分から人気のない場所に入ってくれるとは、気が利くじゃねぇか」
ドレイクが笑う。
下品な笑み。
だが、その目は本気だった。
「ふんっ」
アルドは鼻を鳴らした。
全部わかってたぜ。
のこのこついてきた……お前らの負けだ!




