第四十四話「骨と、忠告と、あと赤錆」
むしゃむしゃ。
目の前には、ガラの悪い三人組。
赤錆の牙。
リーダーはスキンヘッドのドレイク。
後ろには、目つきの悪い男が二人。
いかにも、という連中だ。
こういう手合いは今までもいた。
腐るほど見て来た。
権力者の陰で威張る騎士。
弱い者にだけ強い冒険者。
女や子供から金を巻き上げるならず者。
どこの世界にも、こういう奴らはいる。
ただ。
昔は、アルドが一睨みすればだいたい黙った。
それでも黙らなければ、床と一体化してもらった。
今は違う。
「ぶひ」
オークである。
しかも、テイムモンスター。
「それにしてもよぉ」
ドレイクの目が、アルドへ向いた。
「なんだ、このブタは?」
ぴくり。
リアの眉が動いた。
「ブタじゃないよっ」
「あぁん?」
「トンソクはオークだよっ」
「どう違うんだ?似たようなもんだろ」
ドレイクが鼻で笑う。
後ろの二人も、にやにやと笑っていた。
「おい、見ろよ。いっちょ前に、椅子に座って飯なんぞ食ってやがるぞ」
「いつからここはモンスターハウスになったんだ?退治してやろうか?ゲハハっ」
下品な笑い。
リアが椅子から立ち上がった。
「トンソクを馬鹿にしないで!」
小さな体で、アルドの前に立ちはだかる。
威圧感などまるでない。
それでも。
リアは、まっすぐドレイクを見上げていた。
「トンソクは私のテイムモンスターなの!大事な相棒なの!馬鹿にしないでっ!」
酒場が、少し静かになった。
何人かの冒険者が、ちらりとこちらを見る。
ドレイクは一瞬だけ目に殺気がこもった。
しかし。
「ぶっ」
吹き出した。
「はっはっはっはっ!お前ら聞いたか!大事な相棒だとよ!」
後ろの二人も大笑いする。
「お子様テイマーさんが一生懸命モンスターを庇ってやがる!」
「おいおい、泣かせるじゃねぇか!」
「お子様じゃないっ!」
リアがさらに怒る。
「一人前だもん!」
「おーおー。そうかそうか。そいつは悪かったなぁ」
ドレイクはわざとらしく両手を上げた。
だが、すぐにジェイルへ視線を戻す。
「ジェイルさんよ。子供や豚と組んでご満悦とは恐れ入ったぜ」
「……」
「それとも、そういう趣味だったのか?」
下品な声。
後ろの二人が、げらげら笑う。
ジェイルの目が冷えた。
バルドが息を呑む。
ゴッツが俯く。
ミーシャの杖を持つ手は震えていた。
まずい。
空気が、そう告げていた。
だが。
次の瞬間。
こつん。
乾いた音がした。
「……あ?」
ドレイクの額に、何かが当たった。
それは骨だった。
食い終わった肉の骨。
それが、ころん、とテーブルの下に落ちる。
全員の視線が、骨へ。
そして、アルドへ向いた。
アルドは肉にむしゃぶりついていた。
むしゃむしゃ。
知らん顔。
自分は何もしていません、という顔。
ブタなので分かりにくいが。
明らかにこいつだった。
「……おい」
ドレイクのこめかみに青筋が浮かぶ。
「今のは、てめぇか?」
「ぶひ?」
何のことですか?
と言いたげにアルドは首を傾げた。
その仕草が、また腹立たしい。
「この……ブタが……!」
ドレイクが一歩踏み出す。
しかし。
ジェイルが立ち上がった。
「やめとけ」
短い一言。
ジェイルは剣に手をかけていない。
立ち上がっただけ。
それでも、ドレイクの足が止まった。
「……なんだ……そんなにそいつらが大事か?」
ドレイクがジェイルを睨む。
「お前さんのためを思って言ってるつもりだぜ」
「はっ。俺のためだと?」
「ああ」
「ブタ一匹に手ぇ出すなってか?お前が俺をどうにかできんのか?あぁん」
「俺じゃねーよ」
ジェイルはドレイクを真正面から見た。
「悪いことは言わねぇから。やめとけ」
その声は、冗談ではなかった。
挑発でもない。
脅しでもない。
真実。
本気の忠告だった。
「……ずいぶんと余裕じゃねぇか、双天」
「その名で呼ぶなと、言ったはずだ」
「気に入らねぇか?」
「挑発……と受け取っていいんだよな?」
二人の視線がぶつかる。
周囲の冒険者たちも、完全に手を止めていた。
朝の酒場。
その空気は、もうない。
あるのは、一触即発の戦場。
バルドたちは金貨袋をしまい込み、すっかり小さくなっていた。
彼らは知っている、赤錆と揉める面倒さを。
強さだけなら、ジェイルが上かもしれない。
だが、面倒ごとは強さだけでは解決しない。
狡猾さ。
底辺に近い冒険者ほど、そういうものが重い。
だから、バルドたちは黙っていた。
情けないわけではない。
守るものがあるから、黙るしかないのだ。
アルドはその様子を横目で見ながら、肉を噛んだ。
面倒だ。
むかついたら殴ればいい。
敵だと思うなら斬ればいい。
そう思ってしまうし、実際そうしてきた。
だが、この世界に生きる弱い者たちは、そう簡単ではないらしい。
アルドには、まだ少し分からない感覚だった。
「ちょっと、どうしました?」
その時、ギルド受付の男が声をかけてきた。
騒ぎに気づいたのだろう。
カウンターの方から、こちらへ歩いてくる。
ドレイクは舌打ちした。
「……別に」
ジェイルは視線を外さない。
「そうですか?揉め事なら外でお願いしますよ。ギルド内での戦闘行為は禁止ですからね」
受付の男は穏やかに言った。
だが、目は笑っていない。
さすがにギルド職員。
荒くれ者の扱いには慣れている。
「分かってるよ」
ドレイクは肩をすくめ、ジェイルに顔を近づける。
「まあいい。今日はこの辺にしといてやる」
「ああ、そうしてくれ」
「だがな、双天。いつまでも守護神面してられると思うなよ」
ドレイクはそう吐き捨てると、踵を返した。
後ろの二人も、名残惜しそうにテーブルを見た。
特に金貨の入った袋を。
だが、受付の男が見ている以上、これ以上は動けない。
三人は酒場の出口へ向かう。
最後に、ドレイクがちらりとアルドを見た。
「そのブタしっかり見張っとけ、誰かに解体されないようにな」
そう言って、赤錆の牙は去っていった。
しばらく、誰も喋らなかった。
リアが、ほっと息を吐く。
「……怖かったぁ」
「嬢ちゃん、よく立ち向かったな」
ゴッツが苦笑する。
「だって、トンソクを馬鹿にしたんだもんっ」
「言わせておけばいいのよ。ああいう連中は、相手にするだけ損だから」
ミーシャが優しく言う。
バルドも頷いた。
「赤錆の牙には、あまり関わらない方がいい。あいつらは腕は立つが、評判が悪い。弱い冒険者に絡んだり、取り分でもめたり、ろくな噂がない」
「ギルドの中なのに?」
「ギルドの中だから、まだあれで済んでるんだ。外では何をするか分からん」
リアは不安そうに、アルドを見る。
「トンソク……」
「ぶひっ」
アルドはまだ気楽に肉を食っていた。




