第四十三話「抗議と、感謝と、あと誰?」
分配終了。
綺麗に。
「……あれ?私の分は?」
リアが首を傾げた。
場が少しだけ静かになった。
バルドが申し訳なさそうに頭をかく。
「嬢ちゃん。悪いんだが、あんたの分け前は『ない』」
「へっ」
リアが固まる。
アルドも固まる。
何いってんだ?
馬鹿なのか?
頭が茹で上がってるのか?
「もちろん、頑張ってくれたのは分かってるさ。そこのオークもな。命を救われたのも事実。だが、今回の依頼は黒鉄の三日月が受けた依頼だ。嬢ちゃんが受注したわけじゃない」
バルドは丁寧に答えた。
「でも、一緒に行ったよ?」
「ああ。だが、冒険者の決まりとして、自分の意志で参加した場合の取り分は、自分で確保するのが原則なんだ」
「自分で?」
「そうだ。倒したモンスターを自分のカードに討伐登録する。採取した素材を自分で持ち帰る。宝箱の権利を交渉する。そういうことは自分でやるんだ」
バルドは少し苦い顔をする。
「今回は、嬢ちゃんはランク落ちを避けるためについてきた。それだけだと思っていた。だから報酬の分配までは決めていなかった」
「あ……」
そうだった。
最初の目的は、依頼に同行して実績を得ること。
ランク落ちを避けるために。
報酬の取り分など、まったく考えていなかった。
「依頼達成に関わった功績だけは、ギルドに報告してある。ランク落ちは避けられるはずだ」
ジェイルが補足する。
「そっか……私、お金もらえないんだ」
リアは肩を落とした。
「ぶひぶひぶひっ!」
アルドは憤慨した。
騙された!
利用された!
これは悪質な搾取だ!
労基だ!
労基案件だ!
俺なんて下半身ちゃんは食われたんだぞ!
それなのに報酬ゼロ?
どういう理屈しとるんじゃ!
バルドたちは、申し訳なさそうな顔をしていたが、彼らにも生活がある。
金貨三枚。
それは彼らにとって、なくてはならない金だ。
装備修理。
薬代。
食費。
家族の扶養。
大切なお金だ。
黒鉄の三日月は底辺から少し上がった程度のパーティなのだ。
余裕などない。
だから?
関係あるかーーーっ!
アルドは力いっぱい肉を噛みちぎった。
少しでも報酬の回収に努めるために。
「トンソク、怒っちゃダメ!」
リアがアルドの鼻先をつつく。
「バルドさんたちも悪気があったわけじゃないんだよ」
「ぶひっ!」
悪気がなければ許されると思うなよ。
世の中そんなに甘くない。
悪意のない悪意こそが本当の邪悪。
悪は断たねば。
勇者として!
アルドはそう訴えた。
もちろん伝わらない。
いや、リアには少し伝わったかもしれない。
リアは困ったように笑っていた。
「気持ちは嬉しいけど、私は大丈夫だよ。依頼達成できたし、トンソクも無事だったし。それで十分」
こいつ。
金への執着が薄い。
さっき金貨五十枚で大喜びしていたから、金の価値を知らないわけじゃない。
単純なのか。
器が大きいのか。
「リア」
その時、ジェイルが口を開いた。
受け取ったばかりの金貨十枚。
そのうち五枚を手に取る。
テーブルの上を滑らせるように、リアの前へ置いた。
「これは俺からだ」
「えっ?」
リアが目を丸くする。
「でも、これ、ジェイルさんの分でしょ?」
「ああ。だが、俺は助っ人だ。その俺が助けられた。なら全額もらうのはおかしな話だ」
ジェイルは苦笑した。
「ジェイルさん……」
リアの目が潤む。
「さすがジェイル……」
ミーシャが小さく呟く。
「ほんと、そういうところだよな」
ゴッツがニヤニヤする。
「茶化すなよ……」
ジェイルは少し照れたように顔を背けた。
リアは、金貨五枚を両手で包み込む。
「ありがとう!」
「気にしないでくれ」
ジェイルは穏やかに笑った。
良い場面だった。
とても良い場面だった。
だが。
アルドは納得していない。
金貨十枚のうち五枚。
一見、気前がいい。
だが、よく考えろ。
労力を考えれば、九対一。
俺が九で、ジェイルが一。
どんなに譲歩しても八対二。
なのに五対五。
それで評価をあげている。
おかしい。
絶対におかしいって。
「ぶひぶひぶひっ!」
アルドは、リアの袖を引いた。
もっと交渉しろ。
せめてあと二枚。
いや三枚。
なんなら全部でも許す。
リアが、にこっと笑った。
「めっ」
「……ぶひ」
アルドは黙った。
くそっ。
テイムさえされていなければ……。
リアは嬉しそうに金貨五枚を革袋にしまった。
「おいおい。景気が良さそうじゃねーか?あぁん?双天のジェイルさんよ」
その時だった。
酒場の空気に、嫌な声が混じった。
ジェイルの目が、険しくなる。
いつの間にか、テーブルの横に三人の冒険者が立っていた。
先頭にいるのは、スキンヘッドの男。
首が太く、肩幅も広い。
革鎧の上からでも分かるほど、筋肉が盛り上がっている。
顔には薄笑い。
だが、目は笑っていない。
Cランク冒険者パーティ『赤錆の牙』のリーダー、ドレイク。
この街では、それなりに名の知れた男だった。
もっとも、良い意味ではないが。
後ろに立つ二人も同じだ。
どちらも、テーブルの上の金貨を見て、目をぎらつかせていた。
バルドが、無言で金貨を革袋にしまう。
ゴッツも、ミーシャも表情を固くした。
さっきまでの和やかな空気が一瞬で消失した。
「……ドレイク」
ジェイルが低く唸った。
「おうおう。そう怖ぇ顔すんなよ、双天」
「その名で呼ぶな」
ジェイルの声が、一段と低くなる。
双天。
ジェイルの二つ名。
二つのダイスを使うことから、周囲が勝手につけた呼び名だ。
ジェイル自身はその名を嫌っていた。
理由は単純。
天は運否『天』賦の意味だから。
運任せのスキルに振り回される、不遇職の冒険者。
だから、その二つ名で呼ばれるたびに、胸の奥がざらついた。
「こんな儲けが出るなら、そりゃ俺たちとは組まんわな」
ドレイクはにやにや笑う。
「そういうわけじゃねぇよ」
ジェイルは即座に返した。
少し前。
ドレイクたちは、ジェイルを自分たちのパーティに誘っていた。
一緒に組めば、Bランクは確実。
ギルドにも一目置かれる。
そういう話だった。
だが、ジェイルは断った。
理由はいくつかある。
戦い方が合わない。
信用できない。
そして何より——
こいつらは、弱い者を食い物にする目をしていた。
「俺は俺の都合で断った。それだけだ」
「へぇ。じゃあ、そこの底辺連中とは都合が良かったわけだ」
ドレイクの視線が、バルドたちへ向く。
バルドは何も言わない。
ゴッツも口を閉じている。
ミーシャは、リアの方へ少し体を寄せた。
黒鉄の三日月は、確かに弱小だった。
Cランク冒険者から見れば、見下す対象。
からかうには、ちょうどいい相手。
リアは不安そうにジェイルを見上げる。
「ジェイルさん……知り合い?」
「知り合いってほどじゃねぇ」
ジェイルは短く答えた。
その横で。
アルドは肉を食っていた。
むしゃ。
なるほど。
盗賊というのは、山の中だけではないらしい。
ギルドにもいたとは。
勉強になった。




