第四十二話「宴と、酒と、あと分け前」
ギルドマスターとの面会が終わった。
金貨二十枚。
それが今回の報酬だった。
税と手数料で、ごっそり削られたとはいえ、それでも大金。
少なくとも、黒鉄の三日月にとっては。
そして。
「よし。飯にするか」
バルドが、そう言った。
「えっ、寝ないの?」
リアが目を丸くする。
「寝る前に何か腹に入れたい。朝から酒場が開いてるのは、こういう時のためだからな」
「朝からお酒飲むのっ?」
「徹夜明け、勝利の酒は格別だからな。朝でも夜でも関係ねぇのさ」
ゴッツが眠そうな顔で笑った。
「それに、祝勝会も兼ねてるんだ。無事に生きて帰ってきたことの、な」
ジェイルが肩をすくめる。
「ああ。今回ばかりは、どうしても飲みたい気分なんだ」
バルドはそう言って、併設酒場の一角へ向かった。
朝の酒場は、夜とは違った空気がある。
酔い潰れた冒険者が隅で寝ている。
夜通し仕事をした連中が、無言でスープをすすっている。
これから依頼に向かう若手たちは、パンと干し肉を慌ただしく口に詰め込んでいる。
その一角。
大きめの丸テーブルに、バルドたちは腰を下ろした。
リアも座る。
ジェイルも座る。
アルドも当然のように椅子へ腰かけようとした。
「おい、ちょっと待ってくれ!」
酒場の店員が呼び止めた。
「モンスターを同席させるのは、さすがに……」
「トンソクは汚くないよ?」
リアが即座に抗議。
「いや、そういう問題じゃなくてね」
「昨日お風呂は入ってないけど、少ししか汚れてないもんっ!」
「なお悪いわ!」
店員のツッコミが飛ぶ。
「ぶひっぶひっ!」
失礼な奴だな。
勇者時代なら凱旋式が開かれていたぞ!
国王が出迎えてパーティが始まったもんだ。
この街を救ってやった礼がこれとはな!
程度の低いギルドだ!
「まあまあ」
バルドが懐から銅貨を数枚取り出した。
そして、店員の手にそっと握らせる。
「迷惑はかけん。椅子が汚れたら綺麗にしておく。こいつは俺たちの友人なんだ」
「……友人?」
「そういう事にしておいてくれ」
さらに銅貨が一枚追加された。
店員は黙った。
世の中、だいたいのことはコレで丸くなる。
「……そういう事なら、まあ」
「助かる」
なあなあである。
「子供にはミルクでいいか?」
「私、成人してますけどっ!」
「えっ」
店員が固まった。
「成人の意味知ってる?」
「知ってるよっ!まだ飲ませてもらったことないけど。ちゃんとお酒飲める年だもん!」
「……証拠は?」
「冒険者カードならあります!」
リアが胸を張ってカードを出す。
店員が確認する。
「……本当だ!」
「ほら!」
「すまん。十歳くらいかと……」
「子供扱いしないでくださいっ!」
リアが頬を膨らませた。
「じゃあエールでいいのかな?」
「やった!」
「薄め、で頼む」
バルドが横から言った。
「ええっ!?」
「初めての酒で潰れられても困る」
「私、そんなに弱くないもん」
「飲んだことないのに分からないでしょ?」
ミーシャが呆れながら言った。
バルドが注文に入る。
「エールを人数分。料理は適当に多めで頼む。肉、パン、スープ、揚げ物。あと、このオークが食えそうなものを大量に」
「ぶひっ」
しばらくして、料理が並んだ。
焼いた腸詰め。
香草をまぶした肉。
豆のスープ。
黒パン。
揚げた芋。
塩漬け肉。
チーズ。
干し魚。
大皿に山盛り。
さらに木杯に注がれたエール。
朝から重い。
だが、冒険者らしい食卓だった。
バルドが木杯を掲げる。
「じゃあ、改めて」
全員が杯を持つ。
リアも、両手で木杯を持った。
薄めのエールに、すでに目が輝いている。
アルドの前にも、木皿に肉が山盛り置かれていた。
酒もある。
安物だが、この際文句は言うまい。
「今回の依頼、みんなよく生き残った……」
バルドが静かに言った。
「正直、誰が死んでもおかしくなかった。俺も含めて」
ボス部屋。
大百足。
麻痺毒。
両断されたトンソク。
全員が、あの死闘を思い出した。
「それでも、俺たちは生きて帰った!」
バルドは杯を上げる。
「黒鉄の三日月と、ジェイル、嬢ちゃんとオークに!乾杯!」
「乾杯ーーー!」
木杯がぶつかる。
エールが溢れる。
リアが慌て、ゴッツが笑い、ミーシャが呆れ、ジェイルが静かに飲む。
アルドは肉を貪った。
むしゃむしゃ。
味は悪くない。
香草も効いている。
塩気もある。
肉の焼き加減も悪くない。
冒険者酒場の料理としては、むしろ上等。
だが。
(……物足りん)
あの大百足を食べた後では、どうしても比べてしまう。
デュアルヘッド・デスセンティピードの足。
胴体。
みそ。
あの暴力的な旨味。
濃厚な生命力。
舌にまとわりつく甘味。
それに比べると、目の前の料理は普通だ。
普通に美味い。
ただし、どこまで行っても普通。
「どうした、トンソク。あんまり旨くないか?そりゃモンスターに比べりゃな。食が進まねーか」
ジェイルが声をかける。
「ぶひ」
アルドは鼻を鳴らし、肉を口に放り込んだ。
味は物足りない。
が、食えるなら食う。
それがオーク。
いや、勇者としての矜持。
出された物は、すべて平らげる。
「いや、めちゃくちゃ食ってる!」
ジェイルが呆れる。
食事がぼちぼちなのは、アルド以外だ。
バルドたちはエールの方が進んでいる。
戦闘の疲労と徹夜明けのせいで、胃が重いのだろう。
料理には手を伸ばすが、勢いはない。
リアも、最初こそ元気だったが、すでに眠そうだった。
「リアちゃん、お酒はほどほどにね。もう酔いがだいぶまわってるわ」
ミーシャが注意する。
「酔ってないもん」
「酔ってる人はみんなそう言うの」
宴もたけなわ。
といっても、朝なので控えめだ。
それでも勝利の酒である。
うまくないはずがなかった。
バルドは木杯を置き、腰の革袋を取り出した。
ちゃり、と重い音がする。
金貨。
全員の視線が、そこへ集まった。
「さて。報奨金の分配だ」
リアの目が輝いた。
アルドも肉を噛む動きが止まった。
金。
重要である。
「総額は金貨二十枚」
バルドは袋から金貨を取り出す。
一枚。
二枚。
三枚。
……十枚。
十枚の金貨がテーブルの上に置かれた。
それが、アルドの前に。
「ぶひっ!」
アルドは目を輝かせた。
俺の分か。
まあ、少ない。
明らかに。
今回の活躍を考えれば、金貨二十枚すべてをもらってもおかしくない。
いや、むしろ足りない。
素材の価値も考えれば、さらに上乗せが必要。
だが。
底辺冒険者にも生活があるだろう。
装備の修繕費もいるだろう。
仕方ない。
ここは勇者の器を見せてやる。
半分で我慢してやろう。
そう思った瞬間。
「ジェイル。助かったぜ」
「ああ。気にするな」
ジェイルが、その十枚を受け取った。
「ぶひっ!?」
アルドは思わず二度見した。
今、何が起きた?
俺の分だよな?
違うのか?
貧弱イケメンが取っていったぞ?
「もともと、ジェイルには報酬の半分を渡す契約で助っ人を頼んでいたんだ」
バルドが説明する。
「危険な依頼だったからな。ジェイルなしでは受けられなかった」
「まあ、結果的に危険どころの話じゃなかったけどな。五体満足で生きて帰ってきたのは、奇跡だ」
ジェイルが苦笑する。
アルドは固まった。
金貨十枚はジェイルの分だった。
俺ではなく。
ジェイル。
じゃあ俺の分は?
おかしいだろがーーーっ!
アルドの内心荒れ狂った。
確かにこいつはこいつなりに頑張った。
それは認めよう。
だが。
あくまでも、『それなり』だ。
戦ったのは俺。
倒したのも俺。
結局、俺。
全部、俺。
飯を分けてやった恩も忘れやがった!
びっくりするわっ!
「ぶひぶひぶひぶひ!」
アルドは猛抗議した。
「トンソク、しっ!静かに!今、大事なお話してるから」
「ぶひっ!?」
大事だから抗議しているのに。
リアに言葉を押さえられた。
解せぬ。
バルドは次に、金貨を三枚ずつ分けた。
「ゴッツ」
「おう」
「ミーシャ」
「ありがとう」
「俺も三枚だ」
バルド自身も三枚を取る。
残り一枚。
「これは、リーンの入院費に回す」
その言葉に、ゴッツとミーシャが無言で頷いた。
「当然だな」
「ええ。あの子のために頑張ったんだもの」
リーン。
黒鉄の三日月の仲間。
怪我で入院している女。
黒鉄の三日月にとっては大事な仲間なのだろう。
分配は無事終わった。
金貨二十枚。
ジェイル十枚。
バルド三枚。
ゴッツ三枚。
ミーシャ三枚。
リーン一枚。
合計二十枚。
綺麗に分配終了。
っておい!




