第四十一話「ギルマスと、対価と、あとはぐらかし」
ギルドの奥部屋へ通された。
重厚な扉を開けると、飾り気は少ないが机も椅子も上等な物が置かれている。
壁には、この地方の地図と、危険区域を示す赤い印がいくつも打たれていた。
その部屋の中央に、一人の男がいた。
ギルドマスター、ロウガン。
五十代半ば。
短く刈った黒髪。
左頬に古い傷。
筋肉質な体をしており、目つきは鋭い。
まるで野生の猛獣。
元Aランク冒険者らしい。
現場には出ないが、ただの事務方にも見えない。
「どうした?何か用か?」
ガラントが事情を説明する。
「討伐登録は本物ですじゃ。デュアルヘッド・デスセンティピードの成体。ボスクラスに間違いない」
「……そうか」
ロウガンの表情が重くなる。
彼は一行を見ると、深く頭を下げた。
「まずは礼を言う。よくやってくれた」
ギルドマスターが、頭を下げた。
バルドたちが息を呑む。
「街を救った英雄と言っていい。放置されていれば、地下から街そのものが食い破られていた」
「そんなに危険なモンスターだったの?」
リアが目を丸くする。
「うむ。デスセンティピード系は単体戦闘力も高いが、本当に厄介なのは繁殖力。巣を作れば、短期間で都市を埋め尽くすほど増える。その成長の仕方と速度も非常にまずい」
「成長の仕方って?」
「人間を食うのだ。人間を食うほどに爆発的に成長する。成長したデスセンティピードは、さらに多くの人間を食らう。それが数えきれないほどいたら、どうなると思う?」
「ぴえぇぇぇ……みんなご馳走になっちゃうよー」
「そうだ!」
ロウガンは地図の赤い印を指で叩いた。
「実は、こちらにも情報は入っていた。近隣の魔力濃度が異常に上がっているとな」
「なら、なぜ動かなかった?情報を流さなかった?」
ジェイルが問う。
「確証がなかったのだ。大規模調査は簡単にできん。せめてアタリをつけなければ。ノドンの穴を含め、候補はいくつもあった」
ロウガンは苦々しい顔をした。
「だが、まさかこんな辺境にデュアルヘッド・デスセンティピードとはな」
部屋が重くなる。
その空気を破ったのは、リアだった。
「でも倒したから、これで大丈夫ですよね?」
ロウガンは一瞬きょとんとした。
あまりに場違いな少女。
ロウガンの娘、いや孫くらいか。
ふっと笑った。
「ああ。そうだな。君たちが倒してくれた。だからもう大丈夫だ。よくやってくれた」
リアは満足げに頷いた。
「報酬の話をしよう」
ロウガンは机の引き出しから書類を取り出した。
「今回の依頼は、黒鉄の三日月が受注した調査依頼だ。よって報酬は黒鉄の三日月に支払われる」
「はいっ!」
なぜかリアが元気よく返事をした。
「お嬢ちゃんは黒鉄の三日月じゃないだろ」
ゴッツが突っ込む。
「でも一緒に頑張ったもん!」
「まあ、それはそうだが」
ロウガンは続ける。
「調査依頼達成報酬。さらにデュアルヘッド・デスセンティピード討伐報酬。素材権利の一部前払い分も含める」
「じゃあじゃあっ!いくらですかっ!?」
「しめて、金貨五十枚」
部屋が静まり返った。
「金貨五十枚っ!?すごいっ!トンソク、金貨五十枚だって!ごちそういっぱい食べられるよ!」
「ぶひっ!」
これにはアルドも大満足。
金貨五十枚。
それだけあれば、好き放題肉が食える。
やったぜ!
香辛料も買っちゃう?
まてまて、慌てるな。
先に調理器具もありだ。
素晴らしい。
夢が無限に膨らむぞぃ!
だが、ロウガンは無慈悲に続ける。
「ただし、国に納める税、ギルド手数料は差し引かせてもらう。税が50パーセント。手数料が10パーセントだ」
「えっ?そ、そういえば……そうだった!」
リアの笑顔が硬直した。
「差し引き、支払いは金貨二十枚だ」
「ひどいよーーーっ!?」
リアの絶叫が、部屋に響いた。
(くそったれがーーー!責任者呼んで来い!おらっ!勝負したるっ!)
アルドも内心で叫んだ。
勇者時代、金に困ったことなどなかった。
討伐報酬も、献上品も、装備も、勝手に用意された。
だから知らなかった。
冒険者とは、こんなにも世知辛いのか。
恐ろしい。
人間社会は恐ろしい。
「そう言いなさんな、それでも大金に違いない」
バルドが静かに言った。
「ああ。俺たちにとっちゃ十分すぎる」
「しばらく働かなくても食べていけるわ」
ゴッツもミーシャも、ほっと息を吐いた。
金貨二十枚。
黒鉄の三日月にとっては、人生が変わるほどの額ではない。
それでも、しばらくの生活に困らないだけの大金ではある。
リアはまだしょんぼりしていた。
「二十枚……三十枚も持っていかれた……」
「リア、諦めろ。それが冒険者ってもんだ」
ジェイルが苦笑する。
「大人は汚いね、ね、トンソク」
「ぶひ」
報酬の話が一段落したところで、ロウガンの目は鋭さを増した。
「最後に、一つ聞きたい」
視線は……ジェイルへ。
「どうやって討伐した?」
部屋の空気が、ヒリついた。
殺気だ。
ギルドマスターは笑っていなかった。
「討伐登録は本物。残骸もあるだろう。だが、この戦力でデュアルヘッド・デスセンティピードを倒せるとは到底思えん。ジェイル。お前がいたとて、その話には無理がある。何か、特別な事情があったはずだ」
元Aランク冒険者の勘。
その目はどんな嘘も見抜く。
何を隠している。
その内容によっては……。
ジェイルは黙った。
少しだけ考える。
言うべきか。
言わざるべきか。
異国の剣士のオーク。
喋るブタ。
異様な強さ。
それを、この場でぶち撒けるべきか?
ジェイルは、ちらりとリアを見た。
リアは不安そうにトンソクを抱き寄せている。
トンソクは、知らん顔で鼻をほじっている。
ジェイルは、小さくため息を吐いた。
「そこのブタくんが倒したのさ」
ロウガンはアルドを見た。
ただのオーク。
眠そうな顔で明後日を眺めている。
隣には少女、とすら呼べない子供。
どう見ても、デュアルヘッド・デスセンティピード討伐と関係ない。
しかし……。
ジェイルには後ろめたさは、ない。
「……」
そして。
ロウガンは大笑いした。
「はっはっはっはっ!なるほど!そう来たか!やってくれる!」
机を叩いて笑う。
「上手くはぐらかしたな、ジェイル。言いたくない事情があるなら、今は聞かん」
ジェイルは肩をすくめた。
「ただし!」
ロウガンの目が、笑みの奥で鋭く光る。
「いずれ話してもらうぞ。お前たちが街を救った英雄なのか、ギルドに仇なす者なのか。ギルマスとしても知らん顔はできんのでな」
「仇……、ねぇ」
苦笑した。
それはジェイルの方が知りたいくらいだ。
しかし誰にも伝わらない。
リアだけは、嬉しそうにアルドの頭を撫でていた。




