第四十話「報告と、鑑定と、あと面会」
ヴェルニードに着いた頃には、すでに朝だった。
正確には、朝日が街を照らし始めた頃。
空は白み。
パン屋の煙突から細い煙が上がり、市場へ向かう荷車が、ごろごろと石畳を鳴らす。
爽やかな朝。
だが、アルドたちは全く爽やかではなかった。
徹夜だからである。
ダンジョンに入ったのが前日の朝。
調査して。
ボス部屋で百足と死闘を繰り広げて。
食って。
歩いて帰ってきてみれば朝。
依頼達成に丸一日かかった計算だ。
「……ねむいよー」
リアはふらふらだ。
「ぶひ……」
アルドも眠かった。
体力は十分だが睡眠欲は別。
別腹。
何なら、小腹がすいてきた。
デュアルヘッド・デスセンティピードは旨かった。
くそ。
思い出したら、また食いたくなってきた。
「トンソク、歩きながらよだれ垂れてる。きたないなーもー」
「ぶひっ!?」
アルドは慌てて口元を拭った。
知らない間に垂れていたようだ。
危ない危ない。
勇者の沽券にかかわるところだったぜ。
「後でゴハンあげるから。いい子だから我慢するんだよ?」
こいつ。
俺のことなんだと思ってるんだ?
だんだん馴れ馴れしくなってきたな!おいっ!
そんな事より何で解散しねーんだよ!
ギルドに向かってねーか?
その通り。
一行は、冒険者ギルドへ向かっていた。
どうせなら先に報告してしまおう。
そう判断したのはバルドだった。
「また集まるのは大変だ。面倒なことはさっさと済ませてしまおう」
「そうだな、俺たちも早く帰って寝たいしな」
ゴッツが欠伸をしながら答える。
「そうね。ちょうど帰り道だし。今日はゆっくりしたいわー」
ミーシャも目元をこすった。
ジェイルも無言で賛同しているようだった。
さすがに、疲れているのは間違いない。
全員一致。
反対意見が通るとも思えない。
アルドは、ぷいっと顔を背けた。
朝のギルドは、意外と人が多かった。
依頼を探す冒険者。
昨日の報告に訪れた若手。
併設酒場の隅で酔い潰れている者。
様々。
受付カウンターの向こうでは、職員たちが書類を整理していた。
バルドが代表して前に出る。
「調査依頼の報告をしたいんだが」
「おや。黒鉄の三日月のみなさん。お疲れ様」
受付の男が笑顔で応じる。
先日も対応してくれたおっちゃんだ。
冒険者の扱いに慣れている。
「ダンジョン内の異常についてだ。新たなボスモンスターが巣くっていたんだ」
「ボス?ですか?」
受付の表情が引き締まる。
「ああ。デュアルヘッド・デスセンティピード」
「!」
その瞬間、受付の男が固まった。
笑顔が消える。
「デュアルヘッド・デスセンティピードだってぇぇぇぇぇぇ!?」
ギルド中に、悲鳴のような大声が響いた。
酔っていた冒険者は、そのまま椅子から落ちた。
若手冒険者が「なにそれ、俺もみてー」と呟いて、隣の先輩に頭を叩かれていた。
「今なんて言った?」
「デスセンティピード?」
「しかもデュアルヘッドだ?」
「もう終わりじゃねぇか、この街」
ざわめきが広がる。
受付の男は青ざめた顔でカウンターから身を乗り出した。
「バルドさん、それ、本当ですか!?」
「見間違えだと思うか?」
「はい……そうであってほしいです!単体でも危険度は極めて高いですが、デスセンティピード系は繁殖力が異常です。放置すれば、ダンジョンどころか街の地下まで侵食されます!」
受付は即座に背後の職員へ叫んだ。
「緊急!レイドの発動準備!ギルド主導の依頼です!戦闘可能な冒険者は基本全員参加——」
「待て待て待て!」
ジェイルが慌てて制止した。
「もう討伐した!必要なのは素材回収だけだ!」
ギルド内が静まり返った。
「……ジェイルさん」
「ああ」
「冗談を言う場面ではありませんが」
「そうだな」
「いくらジェイルさんでも、デュアルヘッド・デスセンティピードを四人で撃破できるとは思えません」
バルド、ゴッツ、ミーシャ、ジェイルを順にみる。
リアは勘定に入ってない。
ブタも。
「なんか今、私、ナチュラルに馬鹿にされた感じがするんだけど」
「気のせいだ、お嬢ちゃん」
ゴッツがリアから目を逸らし、口笛を吹いている。
まあ、ギルドの判断は正しい。
普通ならリアは戦力外。
そして、そこにいる四人でも討伐は無理。
普通なら。
「モンスターの種類を間違えているんじゃないかね?大型のセンティピードやツインファング・ワームと誤認した可能性は?」
「残念ながら、間違いないな。これが証拠だ」
バルドは冒険者カードを取り出した。
「討伐登録も済ませてある。鑑定士に見せてくれ」
受付は、すぐに奥へ走った。
数分後。
現れたのは鑑定士のガラント。
このギルドでも古株の、鑑定の専門家。
「朝から騒がしいのう。年寄りを雑に使うでないわ」
「ガラントさん、お願いします!」
「分かっておる。冒険者カードを見せてみぃ」
バルドがカードを差し出す。
ガラントはそれを受け取ると、小さな水晶の上に置いた。
水晶が淡く光る。
カードから文字が浮かび上がった。
「へぇー。そんなことまで分かるんだー。便利だねー」
リアがのんきに感心している。
「討伐したモンスターの魔力残滓を写し取るんじゃよ。偽装もできんことはないが、この老いぼれの目はごまかせんよ」
ガラントは情報を確認する。
「……ふむ」
「どうですか?」
「間違いないな。デュアルヘッド・デスセンティピードの成体。かなりの大物。ボスクラスじゃろうて」
「……本当に?」
「討伐済みであることも間違いない。登録時に魔力崩壊反応が残っておる」
ギルドが、再びざわめいた。
「マジかよ……」
「デュアルヘッドだぞ?」
「四人でか……」
「いや、オークもいるじゃん」
「オークが何の役に立つってんだよ」
「無理だろ。裏があるって……」
好き放題いってる。
まぁその通りではある。
アルドがいなければ10分も持たずに百足の腹の中だっただろう。
オークが倒した。
当然誰にも伝わらないし、信じない。
「トンソクも私も頑張ったのに!」
リアが膨れている。
違う。
よく思い出せ。
お前は頑張っていない。
頑張ったのは食う事だけだ。
バルドが受付の男に向き直る。
「ダンジョンに入ってもらえれば分かる。ボス部屋に残骸がある。素材もかなり残ってるはずだ。回収してくれ」
「かなり……?」
「……まぁなんだ。少し減っているかもしれんな」
「ん?」
「いや、なんでもない」
バルドは全力で誤魔化した。
ガラントがカードを返す。
「この討伐登録は本物じゃ。疑う余地はない」
「……分かりました」
受付は深く息を吸った。
「皆さん、奥へどうぞ。ギルドマスターに報告していただきます」
ギルドマスター。
この街の冒険者ギルドを束ねる男。
低ランク冒険者が簡単に会える相手ではない。
「おいおい、ギルマス案件かよ」
「そりゃそうだろ。街が全滅する可能性あったんだからな」
「黒鉄の三日月、大手柄だな」
「いや、ジェイルのおかげだろ」
リアは緊張した様子で、アルドの耳元に囁いた。
「トンソク、ギルドマスターって偉い人?」
「ぶひ」
「そっか。偉いんだ」
なぜか伝わる。
アルドは少し疑問だった。
すぐにどうでもよくなったが。
「それではこちらへ」




