第三十九話「役目と、思い出と、あと尻パン」
「イグニッション!」
アルドの全身が、真紅の光に包まれた。
勇者の固有スキル『フルバースト』。
全能力が二倍。
MPを継続消費する代わりに、圧倒的な身体能力を得る。
アルドの姿が消えた。
否。
速すぎて目で追えない。
次の瞬間、魔竜の胸元に斬撃が走った。
硬い鱗が砕ける。
魔力の流れを止められているためだ。
魔竜が反撃に出る。
爪。
牙。
黒焔。
尾。
だが、アルドはすべてを躱し、いなし、斬る。
無明朧流に力任せの攻撃など通じるはずがない。
「やっぱり……すごいです……」
エリスが呟く。
ラインが盾を構えたまま笑った。
「あれが勇者だ。悔しいが俺たちとはモノが違う」
「ええ」
カナは鋼糸を操りながら、アルドの死角を潰す。
「アルド、左後ろ!」
「見えてる!」
「見えてるなら対処して!」
「お前の出番を作ってやってるんだ!ホントは嬉しいんだろ!」
「違う!」
トールは魔竜の動きを観察し続けていた。
「アルド!胸部中央、魔力が集中しています。逆に利用できそうです!」
「そこが急所か?」
「おそらく!」
「おそらくかよ……」
「確定情報が欲しいなら一度喰らってください」
「ぷははっ冗談が上手くなったな、トール!」
魔竜は倒れない。
フルバースト状態のアルドでも押し切れない。
黒焔魔竜ヴァルグレア。
それは、厄災と呼ばれるに足る怪物だった。
魔竜の口が開く。
至近距離。
最大魔力の極限黒焔ブレス。
「アルドーーー!」
カナが叫ぶ。
アルドは目を閉じた。
「アクセル!」
真紅の光がさらに濃くなる。
イグニッション後にのみ使える、フルバースト第二段階。
MP消費は倍になる。
しかし能力は三倍。
効率は悪い。
だが——
強い。
黒焔が放たれるより早く、アルドは魔竜の顎を蹴り上げた。
ブレスを放つことはできず、後ろに大きくのけ反る。
「おらぁ!」
アルドの聖剣が魔竜の胸を抉る。
鱗が砕け、肉が裂ける。
だが、まだ浅い。
「ちっ。硬いな」
「アルド様、長引くとMPが!」
エリスが叫ぶ。
アルドは笑った。
「分かってる……だから、さっさとケリをつける!」
魔竜の翼が暴れる。
尾が迫る。
爪が大地を削る。
そのすべてをかいくぐり、アルドは胸部中央へ迫った。
「ブースト!」
光が……爆ぜた。
第三段階。
MP消費は、さらに倍。
能力は四倍。
持続時間は長くない。
燃費が最悪。
それでも、威力は極大。
「ベルガ聖騎士剣——」
聖剣が白く輝く。
魔竜が、本能的に危険を察した。
黒焔を全身から噴き上げる。
近づくものをすべて焼く、黒い炎の鎧。
だが。
アルドは止まらない。
エルヴィント魔剣術『ルムージュの嵐』を放つ。
魔力を乗せた暴風が、黒焔を一瞬だけ押し退ける。
その一瞬でいい。
「ヘリオス・ブレイカー!」
閃光が魔竜の胸を貫いた。
心臓を穿つ一撃。
黒焔魔竜ヴァルグレアの巨体が、大きく硬直する。
グ、オオ……。
咆哮が途切れ、巨体が崩れる。
勝った。
誰もが、そう思った、その時だった。
空が割れた。
もう一つの咆哮。
空の上から、巨大な影が舞い降りる。
同じ黒鱗。
同じ双角。
同じ気配。
黒焔魔竜。
二体目。
「嘘でしょ……番いだったの?」
カナの顔から血の気が引いた。
ラインがボロボロの盾を構え直す。
「エリス、下がれ!」
「はい!」
トールが杖を握りしめる。
「まずいです。アルドのMPがもう……」
その通りだった。
フルバーストを使ったアルドのMPは完全に空。
常人なら立っていることもできない。
「二体目か」
聖剣を肩に担ぐ。
「チャンスを伺ってたとはね。勇者と戦うには、ちょっと物足りんとは思ってたところだ。武勇伝には弱すぎる」
「強がってる場合じゃないでしょ!」
カナが叫ぶ。
「強がりじゃない」
アルドはちらりと後ろを見た。
そこにはエリスがいた。
聖女が祈りを捧げている。
「御子が祈ります。神よ。御名において奇跡をお示しください……」
祈りの声。静かで。澄んでいて。
戦場の轟音の中でも、不思議とよく通る。
「勇者に、再び……力を……」
光がアルドへ流れ込んだ。
枯渇したMPが、一瞬で満たされていく。
完全回復。
アルドに力が戻った。
「……相変わらず反則級だな、さすが聖女様」
アルドが笑う。
エリスは微笑んだ。
「反則なのはアルド様ですよ」
これが、勇者パーティ。
カナが支える。
ラインが守る。
トールが見抜く。
エリスが満たす。
そして、アルドが全てを終わらせる。
勇者以外は人間の域を出ない。
だからこそ、勇者を支えるためだけに選ばれた。
それが、このパーティの形だった。
勇者のパーティの形だった。
二体目の魔竜が黒焔を吐いた。
「カナ!」
「分かってる!」
「ライン!」
「エリスには指一本触れさせん!」
「トール!」
「右角の根元、魔力反応が薄い!そこを崩してください!」
「エリス!」
「いつでも準備は出来ております!」
完璧だった。
いつものフォーメーション。
必勝の形。
アルドは聖剣を構えた。
「イグニッション!アクセル!ブースト!」
「ベルガ聖騎士剣『ルミナス・エンド!』」
白い光が、天から降りた。
それは斬撃であり。
祈りであり。
勇者という存在そのものだった。
魔竜の身体が縦に裂ける。
静寂。
燃える森。
砕けた大地。
二体の魔竜の死骸。
その中心に勇者アルドが立っていた。
振り返ると仲間たちがいた。
カナは肩で息をしている。
ラインは盾を支えにして膝をついている。
トールは魔力切れで顔色が悪い。
エリスは祈りの反動で、ふらついている。
全員、限界だった。
だが、生きている。
勝った。
アルドは笑った。
「皆!よくやった!」
その一言に、全員が顔を上げる。
「カナ。お前の陽動がなきゃ奴は落とせなかった」
「当然でしょ。私がいないと、アルドなんて三回は死んでるんだから」
アルドは笑う。
「ライン。エリスを守り切ったな。上出来だ」
「俺の仕事だからな」
ラインが、少しだけ笑った。
「トール。情報は正確だった」
「それは、幸運でした」
トールはため息をついたが、口元は緩んでいた。
最後に。
アルドはエリスを見る。
「エリス」
「はい、アルド様」
「お前がいなきゃ、二体目は無理だった」
エリスは静かに頭を下げる。
「私は、祈っただけです」
「その祈りが一番重要なんだ」
アルドは当然のように言った。
勇者の力は圧倒的だ。
だが、無敵ではない。
MPが尽きれば、アルドもただの人。
だからエリスがいる。
聖女の祈りで、勇者のMPを満たす。
何度でも。
何度でも。
勇者を勇者たらしめる。
まさに、アルドのための『MPタンク』だった。
それを、アルドは理解していた。
だから感謝していた。
仲間たちに。
自分を支えるために選ばれた者たちに。
彼らがいるから、自分は戦える。
彼ら以外は戦闘でお荷物。
勇者と共に立てる者など、そうはいない。
だからこそ。
感謝しなくてはならない。
アルドは、そう思っていた。
リーダーとして。
勇者として。
「……ぶひ」
ダンジョンから街へ向かう帰り道。
アルドは、オーク姿で歩いていた。
食べすぎで眠い。
隣にはリアがいる。
「トンソク、しっかりしなさいっ!食べすぎなのよ!だから眠いのっ!」
「ぶひ」
「今度からそんなに食べちゃダメだからね?もうっ私がついてないとダメなんだからっ」
ふくれっ面を、アルドはちらりと見た。
リア。
ど素人のモンスターテイマー見習い。
聖女であるはずがない。
エリスとは全然違う。
なのに。
さっき、リアの魔力はアルドに流れ込んだ。
死にかけたアルドを、もう一度奮い立たせた。
あの感覚。
忘れていたものを、思い出させた。
エリス。
ライン。
カナ。
トール。
勇者パーティ。
自分を支えるために選ばれた仲間たち。
それなのに。
あいつらは。
あれだけ助けてやったのに。
あれだけ感謝してやったのに。
勇者として、認めてやったのに。
なぜ。
俺を——
アルドの中で、怒りが燻る。
むかついた。
やっぱり、むかついた。
思い出すだけで腸が煮えくり返る。
だから、決めた。
改めて決意した。
(やっぱり、ぶん殴る!)
あいつらに会ったら、絶対にぶん殴る。
カナも。
ラインも。
トールも。
エリスも。
特にエリス。
あいつは、少し強めにいく。
泣くまで尻をパンパンしてやるから覚えてろ!




