第三十七話「みそと、討伐登録と、あと帰り道」
胴体の身も堪能した。
さすがのオークの食欲も、そろそろフィニッシュを迎えそう。
だが。
まだ、残っている。
最後の口直し。
アルドは、ゆっくりと大百足の頭部へ歩いた。
「ちょっと、まだ食べる気なのー?」
リアが呆れているが、関係ないね。
俺が倒した獲物をどうしようが勝手だろ。
巨大な頭。
赤い複眼。
ギザギザの牙。
死んでなお、恐ろしいほどの迫力がある。
しかし、アルドの目には別のものが見えていた。
頭。
つまり。
脳。
みそ。
アルドは額の傷から手を入れ、頭部の甲殻をこじ開ける。
バキッ。
甲殻が綺麗な音を立てて割れた。
中から現れたのは、黄土色の柔らかい塊。
「きゃああああああっ!?」
ミーシャが絶叫した。
そりゃそうだ。
その心地よい悲鳴を聞きながら、アルドは指で塊をすくうと。
そのまま……。
生で、いった。
「コイツ脳みそ食いやがったぞーーーっ!?」
ゴッツも絶叫。
リアもさすがに目を丸くする。
「トンソク……それはないわ~」
アルドはゆっくり咀嚼した。
ねっとりと濃厚。
舌に絡む苦味。
鼻に抜ける、独特の香り。
足や胴体とはまるで違う。
これは、大人の味。
酒。
ここに酒があれば。
いくらでも飲めるのに。
(くぅ……これは珍味だな……!)
子どもの頃なら、わからなかったかもしれない味。
勇者時代、漁港の街で出されたウニに近い。
珍味の類いに似ている。
だが、それより、はるかに野性味がある。
粗暴で。
危険で。
癖になる。
じわっ。
また力が湧いた。
レベルアップ。
(来たぜ!)
これで、レベル4。
ボスはやっぱり違うなー。
旨い。
味もそうだが、経験値もダンチ。
旨すぎる!
足。
胴体。
脳。
それぞれでレベルアップした。
デュアルヘッド・デスセンティピード。
恐ろしい子。
「……なあ……それ、うまいのか?」
脳みそにむしゃぶりついていると、バルドがいつの間にか隣にいた。
バルドの目は真剣だった。
酒飲みの勘が告げている。
これは、たぶん、酒に合う。
ジェイルも近づいていた。
ゴッツもだ。
全員、気になっている。
さっきまで悲鳴を上げていたのに、結局、気になって仕方ない。
アルドは少し考えた。
こいつらにやる必要はあるのか?
だが、腹も膨れてきた。
このままでは食材が傷むだけだ。
仕方ない、分けてやるか。
「ぶひ」
アルドは脳みそを少しずつ取り分けた。
バルドが最初に食べる。
「……」
「どう?」
ミーシャが聞く。
バルドは、ゆっくりと目を閉じた。
「……アルコールだ」
「え?」
「これにはアルコールがいる。エール?ワイン?いやサケだ。サケが一番合う……」
答えになっていなかった。
だが、それが最大級の賛辞だった。
ジェイルも食べる。
「うわ……癖がつえぇ……でも、なんだこれ。ねっとりしてて止まらねぇな」
ゴッツも食べる。
「よっしゃー!俺、これ好きかもしれねぇ」
「嘘でしょ……」
ミーシャは引いていた。
だが、結局。
「……一口だけ」
食べた。
そして。
「……大人の味ね。こんな見た目に反して、ものすごく濃厚。塩味と苦みが絶妙にマッチングしてるわ」
絶賛だった。
やはり、酒飲みの方がこの味はわかるらしい。
リアは少しだけ食べて、首を傾げた。
「うーん。私は足の方が好きかな」
やがて。
ボス部屋には、巨大な甲殻と骨のような残骸が散乱。
まだまだ肉は残っているが、これ以上はさすがに無理。
アルドは腹をさすった。
「ぶひぃ……」
これ以上は入らない。
満足感が凄まじい。
レベルも4になった。
下半身も再生した。
体力も戻った。
魔力も回復した。
完全復活。
いや。
それ以上だ。
(……まさか、今度は百足っぽく進化とかしねぇよな?)
アルドは自分の短い足を見下ろした。
一本。
二本。
ちゃんと二本。
増えていない。
よし。
今は大丈夫だ。
進化の時には知らんが。
「ところで、これからどうする?」
ジェイルが提案する。
「ボスは倒した。素材は……この大きさは持って帰れねぇ。ギルドに報告して回収班を回してもらおう。あとは冒険者カードに討伐登録して帰還するが異論はあるか?」
「討伐登録って?」
初心者のリアが尋ねる。
こいつ……。
本当に何も知らないんだな。
モンスター討伐したら、冒険者カードに魔力の残滓を写し取る。
それをギルドに提示すると討伐報酬がもらえる。
討伐種類と数に応じて、追加報酬がもらえる場合がある。
討伐依頼の場合、それをしないと依頼達成とはみなされない。
だから、今回は調査依頼の証拠として提出するわけだ。
もっとも討伐しちまったがな。
がはは。
まぁ問題にはならんだろう。
「……というわけなんだよ、お嬢ちゃん」
「へー、ゴッツさん物知りなんだね!」
「へっ?……へへ、まぁな!」
ゴッツが得意げだ。
ロートル底辺冒険者と、皆に見下されていたのだから無理もない。
「これで俺たちも依頼達成。ランクアップも確実だ。感謝する」
バルドが頭を下げる。
その時。
リアがボス部屋の入口の方を指差した。
「あれ、なにっ?」
全員が振り返る。
入口近くの地面。
そこに、紋章が浮かび上がっていた。
円形の魔法陣。
淡い青白い光。
古い文字が、ゆっくり回転している。
入る時にはなかった。
いや。
あったのかもしれない。
ただ、機能はしていなかった。
ボスが死んだことで封印が解けた。
「転移魔法陣だ。助かるな」
ジェイルが目を細めた。
「これに乗れば、ダンジョン入口まで戻れるはずだ」
「歩いて帰らなくていいの!?」
リアが嬉しそうに声を上げる。
「ダンジョンによくある帰還用の仕掛けなんだ。モンスターが利用するための。もちろん人間も使える」
「助かったぜ。正直、腹いっぱいで、もう歩きたくねぇ」
バルドがため息をつく。
全員、疲れ切っていた。
そして食べすぎた。
アルドも頷いた。
瞼が重い。
ダルい。
今すぐ横になりたい。
だが、その前に。
アルドはもう一度だけ、デュアルヘッド・デスセンティピードの残骸を見た。
強敵だった。
ジェイルがいなければ、勝てなかった。
認めてやる。
お前は大したボスだったよ。
勇者をここまで追い詰めたんだ。
あの世で誇っていいぞ。
もっとも追い詰めたのはブタだったが。
百足も、オークにやられたとあっては、恥ずかしくて二つもある顔が上げられないだろう。
残念。
「ぶひっ」
アルドは満足げに頷いた。
「さぁ、トンソク帰るよっ!」
リアが笑って背中を押す。
ジェイルは、その後ろを歩きだした。
でかいオークの背中。
丸くて。
ぽっちゃりしてて。
とてもボスを倒したとは思えない。
けれど。
どうしても、目が離せなかった。
そして一行は、光る転移魔法陣へと足を踏み入れた。
青白い光が全員を包み込む。
次の瞬間。
ボス部屋から、彼らの姿は消えた。




