第三十四話「祖父と、絶叫と、あと覚醒」
リアにとってトンソクは特別だった。
ピンクのぽっちゃり。
ぶひぶひ、しかいわない。
食欲だけは人一倍。
料理が得意でも自分ばっかり。
でも、強い。
本当に、強い。
トンソクは——
弟みたいだった。
手のかかる、わがままな弟。
ペットみたいだった。
いつも一緒にいる、可愛い相棒。
でも、ピンチの時には、必ず駆け付けてくれる。
私だけのヒーロー。
初めてのテイムモンスター。
どんな時でも一緒にいてくれた。
一緒に食事をして。
一緒に笑って。
そんなトンソクが——
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リアの家族は、ウルムの村で少しだけ浮いた存在だった。
それは祖父のせい。
祖父はモンスターテイマーだった。
しかも、結構能力の高いテイマーだった。
村の人たちは祖父を頼りにした。
村の安全を担ってもらうため。
でも、誰も祖父と親しくなろうとしなかった。
リアの祖父は人間を信じていなかったから。
昔、何かあったらしい。
リアの父も母も詳しく話してくれなかった。
そんな祖父でも、家族のため、村には尽くしてくれた。
ただ、心は閉ざしていた。
誰にも心開かなかった。
唯一の例外、リアを除いて。
祖父は、リアにだけは心を許していた。
膝に乗せて、よくテイマーの話をしてくれた。
森の歩き方やモンスターの気持ちを読む練習をしてくれた。
「リア。お前にはな、テイマーとしての素質がある。立派なテイマーになれるぞ」
「本当に?おじいちゃんみたいになれる?」
「なれるさ。ワシよりも立派なテイマーに、な」
「なる!私テイマーになって冒険者デビューする!」
「そ、そうか?冒険者にか?」
「うん!」
「うーん……冒険者かー」
「うん!」
リアは、祖父が大好きだった。
しかし——
一年前。
祖父はモンスターに襲われた。
最初は大した傷じゃないと皆が思っていた。
でも、祖父はあっさりと死んでしまった。
それから村は変わった。
モンスターの襲撃が増えた。
今まで祖父が防いでくれていたモンスターが、村にまで来るようになった。
リアの家の家畜は全滅した。
他の家でも被害が出た。
祖父の代わりは、誰にもできなかった。
だから、私が——
お祖父ちゃんの代わりになるの!
森でモンスターを探した。
テイムできそうな弱いモンスターを。
何度も失敗した。
でも、ある日、トンソクと出会った。
モンスターを調理している不思議なオーク。
最初は怖いって思った。
でも、目を見たらわかった。
この子だ。
お祖父ちゃんがくれた運命。
絶対にそう。
お祖父ちゃんが、私に最高のテイムモンスターを送ってくれた。
だから、トンソクは特別。
世界で一番大切な……
私だけのモンスター。
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そのトンソクが、目の前で両断された。
ぼたり、と。
上半身と下半身が地面に落ちる。
「嘘だ……そんなの嘘でしょ?」
リアは震える声で呟いた。
「トンソクは強いのっ。私のトンソクはとっても強いのっ」
涙が止まらない。
「いやだーーーートンソクーーー——っ!!!!」
「いやだーーーー!!!」
ボス部屋に絶叫が響いた。
リアはトンソクのもとへ駆け出そうとする。
助けなきゃ。
まだ生きてるかもしれない。
絶対に死んでない。
「待って!リアちゃん——っ!」
ミーシャがリアを後ろから羽交い絞めにした。
「ダメっ、行っちゃダメ——っ!」
「離してっ、トンソクが——っ!」
「ボスモンスターが近づいてるのっ!リアちゃんまで殺されちゃう——っ!」
ミーシャの目にも涙が滲んでいた。
でも、絶対に離さなかった。
その時——
地面に転がっていたアルドの上半身が動いた。
「……ト、トンソク?」
アルドは、腕だけで立ち上がった。
腕を地面につき、ぐっと体を持ち上げる。
そして——
トコトコ、走り出した。
腕だけで。
器用に。
(やっべ、逃げろ、逃げろ——っ!)
アルドの内心は大絶叫だった。
走る。
とにかく、走る。
下半身はどうにもならない。
けれど、今はどうでもいい。
核は上半身にある。
核さえ無事ならスライムオークは生きていける。
ただし、失った質量は戻らない。
核をやられたら終わり。
だから、絶対に逃げる!
ぐぞぞぞぞ——っ!
百足の頭部が動いた。
地面に落ちているアルドの下半身を丸呑みに。
ぐちゃり、ぐちゃり。
と咀嚼音。
俺の、下半身ーーー!!
俺のだぞ。
勝手に喰いやがって!
金払えよ!
アルドは激怒した。
しかし、リアたちには「ぶひぶひ」としか聞こえない。
「ト、トンソクっ、大丈夫なの——っ!?」
リアが、目を見開いた。
「ぶひっ!」
アルドが、振り返ってリアに頷いた。
生きてる。
無事だ。
リアは、ぼろぼろと泣き出した。
シャアアアア——ッ!
しかし、これで許してくれるほどボスモンスターは甘くない。
下半身はオードブル。
本命は、腕だけで逃げている……
上半身!
百足が頭を、ぐんと伸ばした。
ぱくり。
アルドの上半身を牙で挟み込む。
そのまま空中に持ち上げられた。
「ぶひぃぃぃっ——っ!」
アルドの絶叫。
「トンソクーーー——っ!!」
リアの絶叫。
アルドは両腕で必死に牙を押さえた。
百足が顎を閉じようとする。
飲み込もうとする。
(く、くそーー力が出ねぇーーっ!)
MPはゼロ。
体力もゼロ。
しかも下半身がない。
力を入れようとしても、思うように力が入らない。
しかし——
意外と頑張れている。
(……あれ?)
アルドは気づいた。
百足の力が弱い。
さっきほどの圧力じゃない。
……あいつも、半身を失っているからか。
ふと、百足の額を見た。
そこに、剣が刺さっていた。
ジェイルの剣だ。
雷神化が解けて、もう雷は消えているが。
それでも、剣にはジェイルの意志が乗り移っているかの如く、深く百足の額に刺さっていた。
(……そうか、アイツにやられたダメージの分もあるんだな)
アルドは内心で、ふっと笑った。
ジェイルは、ただ倒れたんじゃない。
戦って、戦って、戦って——
もう少しで、止めをさせたはずだったんだろう。
もう少しだった。
あいつなりに、頑張ったんだろう。
(だったら最後までやれよ馬鹿!だからテメーはCランクなんだ!カッコつけて助っ人なんてやってる場合か!自分磨きしろ!)
アルドは内心で発狂した。
これでもジェイルは格上相手に頑張った方なのだが。
ただ、まあ——
アルドには伝わらないだろう。
その時、百足の側面から、触手が静かに伸びた。
不気味で黒く、太い触手。
その表面には、毛が生えている。
アルドの背筋が凍った。
麻痺毒。
バルドが食らったやつ。
触れただけで動けなくなる。
これだ。
これがジェイルを倒した切り札。
押し合いになった時、そっと相手を撫でるだけ。
それだけで勝利を確定させる。
両腕は牙を押さえるのに使っている。
避けられない。
逃げられない。
分かってるのに、動けない
「ぶひーーー——っ!」
アルドの絶叫が、ダンジョンに響いた。
その、瞬間だった。
ぶわっ。
リアの周りに淡い光が立ち上った。
「リ、リアちゃん——っ!?」
ミーシャが目を覆う。
リアの体が、薄い黄色の光に包まれている。
魔力だった。
リアは魔法使いじゃない。
ただのモンスターテイマー見習い。
攻撃魔法も補助魔法も使えない。
なのに——
膨大な魔力が、リアの中で膨れ上がっていた。
リアは何が起きているのかわかっていない様子で、うつろな目でアルドを見上げていた。
「トン……ソク……やらせ……ない……絶……対」
リアが呟いた。
「お願い……死な……ないで……」
光がリアの体から放たれた。
ダンジョンの空気に溶けるように、アルドの方へ流れていく。
リアの目が、ゆっくりと閉じられる。
ぐらり、と体が傾いた。
「リアちゃんっーー!」
ミーシャが、慌てて崩れる体を抱きとめた。
リアは気を失っていた。
(……なんだ?)
アルドの体に力が戻った。
力が湧いてくる。
魔力も、わずかに戻っている。
わからない。
わからないが——
チャンス。
最後のチャンス。
もう一度だけ……動ける!
触手が迫る。
アルドは目を閉じイメージする。
メタモルフォーゼ。
しかし、何に?
ワイルドオーク?刹那?
だが今の俺では体積が足りない。
半分しかない俺でもなれる姿。
(……小さいやつ、小さいやつ……)
頭の中に浮かんだのは『リア』だった。
いつも一緒にいた。
毎日、一緒にいた。
間近で見ていた。
今、この世界で一番、鮮明に思い描ける姿。
しかも、サイズがビンゴ!
アルドの上半身が、ぐにゃりと揺れる。
形を失ったことで、デスセンティピードの牙が空をきる。
輪郭が収束。
牙の上に——
小柄な少女が、姿を現した。
最後の力!
「いったれやっ!イグニッション——っ!」
少女の口から、勇者アルドの呪文が放たれた。
立ち昇る真紅の光。
フルバースト。
最後のMPを賭けて。
「ベルガ聖騎士流徒手空拳!ソードインパクトーーー——っ!!」
アルドの右腕が引き絞られた。
指先を揃える。
剣の代わりに。
素手でも、ベルガ聖騎士剣は、放てる。
素手でも強い、それがベルガ聖騎士剣。
不安定な足場で、上半身のばねを最大限使う。
狙うは——
額に刺さったままの、ジェイルの剣の柄。
ドオオン——っ!!
アルドの指先が剣の柄を捉えた。
ジェイルの剣が、深く深く、百足の額に刺さった。
(まだだ、まだ終わってねぇ!下半身ちゃんの仇だああぁぁぁっ!)
アルドは剣の柄を両手で握った。
「っけぇぇぇぇ——っ!!!」
力任せにねじる。
ぐりんっ。
百足の脳天で。
剣が。
回転した。
ギジャアアアアアア——ーーッ!!!!
断末魔。
百足の体が大きく痙攣した。
ぐらり、と。
ボスモンスターの巨体が——
地面に、崩れ落ちた。
ズシイイイン——っ!
ダンジョン全体が、震えた。
ボス部屋が、静寂を取り戻す。
メタモルフォーゼが解ける。
ぐにゃり、とリアの姿が崩れた。
そして、ピンクのぽっちゃりオークに。
ただし、下半身は、なかった。
「……ぶひーーーっ」
アルドは、深く息を吐いた。
完全勝利。
今度こそ。




