第三十五話「目覚めと、通訳と、あと丸かじり」
温かい。
枕のぬくもりがある。
母の匂い。
朝ごはん、もうすぐできるかな。
……ちがう!
リアの目が開いた。
枕じゃなかった。
膝枕だ。
枕だけど枕じゃない!
ミーシャの膝!
飛び起きる。
「トンソクはっ……!?大百足はっ……!?」
声が裏返っていた。
「ぶひっ」
すぐ傍。
トコトコ、と近づいてくる上半身だけのオーク。
無事だ。
無事だった。
ぶひぶひ、と何かを不満げに訴えてくる。
「ああ、嬢ちゃん。起きてくれて助かったぜ」
ジェイルだ。
アルドの隣に立っている。
革鎧は裂け、両腕には包帯を巻いているが無事。
元気そうにだ。
「ブタくんが……ずっと、なんか言ってるんだが……さっぱり分からん」
「俺に通訳能力はないってのに」
肩をすくめる。
「大百足は——っ!?」
「お前さんのオークが倒した……みたいだ」
バルドだった。
岩にもたれたまま、顔色が悪い。
「みんな必死だったり、気絶してたりでな。最期、誰もまともに見てねぇんだ。けど、状況的にそれしかありえない」
リアの力が抜けた。
「トンソクーーーっ!ありがとーーー!!」
涙腺が決壊。
思わずアルドに飛びつこうとする。
ぺしっ。
「ちょ、な、なにするのよっ!」
なぜか頭をはたかれた。
感激の涙も一瞬で止まる。
アルドが、両手を動かす。
むしゃむしゃと、食う動作。
自分の無くなった下半身を指差す。
それから、リアたちを指差し、せかすように手を振る。
「……?ブタくん何だって?」
ジェイルが眉根を寄せた。
リアが、アルドの意志を読み取る。
「……『回復するために、ボスモンスターを食べたい』……」
「……『でも下半身がないから、調理できない』……」
「……『おまえら、準備しろ』……」
「……『はやく』……」
静寂。
「ぶひっ!」
力強く頷く元勇者。
現オーク。
上半身だけの。
「なんだ、飯の話かよ……」
ジェイルが頭を抱えた。
「そういうな、命の恩人なんだからよ」
バルドがため息一つ。
「仕方ねぇよ」
---
手分けして準備が始まった。
ジェイルとバルドが、デュアルヘッド・デスセンティピードの足を回収する。
アルドが山のように切り落としたものが散乱していた。
一本でも、人の腕よりゴツイ。
「重っ……こいつ、何キロあるんだよ」
ゴッツとミーシャは火を起こす。
持っていた金属の棒で、足を貫く。
ぐるりと、炎にかざして配置する。
ジジジ——
脂が、滴る。
炙られた表面が、見る間に焦げ目がついていく。
それでも強靭な外殻が中の身を守る。
まるで蒸し焼きだ。
程よく身に火を通していく。
匂いが、変わった。
焦げ臭さの奥から——
かぐわしい香り。
これは、甲殻類?
いや、海のものではない。
肉でもない。
もちろん魚でも。
獣のような重厚なものではなく、もっと淡白な。
それでいて肉汁が溢れる。
たまらない。
「まさか、ボス部屋で調理する馬鹿がいるとはな。俺たちが初めてなんじゃないか?」
ジェイルが、げんなりと呟く。
黒い虫の足。
これを喰うのか、これを。
いくらオークとはいえ、『食欲旺盛で結構ですね』とほめる気になれない。
そんな冷ややかな視線、アルドには関係ない。
もう、限界だった。
火が通って、染み出す水分でぐつぐつ煮込まれる身。
ナイフを外殻に差し込む。
ぱきっ。
軽い音で殻が割れた。
現れたのは純白。
外見の不気味さとはまるで無縁の、絹糸のような繊維。
湯気が立つ。
ぷりっとした弾力で、殻の縁からこぼれそうになっている。
(丸かじりでいっちゃうか)
ぶちゅり。
「……っ!?」
歯を押し返すほどの弾力。
だが、さらに力を加えると、中から汁が溢れてくる。
噛むほどに、奥から旨みが染み出してくる。
(うっ……うますぎるだろこれ——っ!)
次に、来たのは甘み。
エビとカニ。
両方を、何倍にも濃縮したような味。
そこへ——
僅かな苦味が、アクセントとして絡みついてくる。
苦味が甘みを引き締める。
甘みが旨味を押し上げる。
旨味。
甘味。
苦味。
三つが口の中で殴り合っていた。
飲み込んだ。
それでも、喉の奥に余韻がこびりついて離れない。
……これは。
……この味は。
最高だ!
勇者として、各国の宮廷料理を食べてきたが。
これを超えるものは、なかった。
(た、たまらん!……もっと食わせろーーーっ!)
二本目に、即座に齧りつく。
やはり、モンスターは強いほど旨いらしい。
デュアルヘッド・デスセンティピード。
今までのモンスターの中でも、別格としかいえない。
止まらない。
食うほどに止まらない。
アルドの体から、じわっと力が湧き出した。
レベルアップだ。
それとともに——
下半身の肉が、ぐにゅりと盛り上がる。
「うわあぁ——っ!」
歓声ではなかった。
「きもーーーっ!」
「うげぇ、なんだよそりゃ……」
「め、めまいがする……」
それは悲鳴。
肉が盛り上がり形を成していく。
その過程は、かなり気味が悪かった。
そんな声は聞こえない。
それでもアルドは次々と足を貪った。
いい匂いが周囲に漂う。
リアも、ちょこんと横に座り、足を見つめる。
「リアちゃん、それモンスターよ——っ!?食べちゃダメよ!」
ミーシャが、慌てて声を上げる。
「えっなんで?モンスターって、美味しいんだよ?」
「なんでって……リアちゃんモンスター食べたことあるの?」
「うんっ!」
「モンスターを食べるのは『死体漁り』っていってね、良くないことなんだよ?」
「そうなの?」
「こいつ、たぶん冒険者食ってるぜ?それを食うってのは……」
バルドが、ぽつりと呟いた。
「みんなも、モンスター美味しいって言ってたじゃないっ」
「???」
「サンドイッチのお肉。あれジャイアントゴブリンだよ?」
固まった。
時が、止まった。
「あ……あの肉……」
「俺たち、もしかして……」
「お、おい、ちょっと待て、待て、待て」
みんな、知らない間に——
スカベンジ。
リアが百足の足にかぶりつく。
「おいしーーーーっ!!みんなも食べたほうがいいよ!こんなにおいしいもの食べたことないよ!」
足をモグモグしながら言う。
ジェイルが頭を抱えた。
しかし、覚悟を決めたように、リアの隣にどっかりと座り込む。
足に、手を伸ばす。
「ジェイル、よせ——」
「やめとけって——」
止めるのも聞かず、ジェイルは齧りついた。
ぐじゅり。
「……うっ……うめぇ……」
悔しそうに、もう一口。
異次元の旨味が口いっぱいに広がった。




