第三十二話「オッサンと、勘違いと、あと大当たり」(前)
異様だった。
見たこともない男がいた。
ジェイルの目の前に立つ男。
黒髪を長く後ろで結わえる、東方の装束姿。
侍でも忍者でもない。
ジェイルが知る、どんな剣士とも——
違う。
達人の佇まい。
構えは自然体。
力みがない。
気負いもない。
淀みがない。
この死地において、普通でいるように見える。
そこが居場所であるように。
それなのに、隙が、ない。
(……何者だ、こいつ……)
ジェイルは息を呑んだ。
強い。
ジェイルが、これまで出会った誰よりも。
勇者アルドに、匹敵する!
(やれやれ、なんとか成功だ、な……)
異国の剣士の姿のアルドは、息を吐いた。
メタモルフォーゼで、最強のイメージを形にした。
『無明朧流』正統継承者——刹那。
俺に無明朧流を伝授した人物だ。
俺を除けば最強と言っていいだろう。
なんせ、一度も勝てなかったからな。
おっと、勘違いするなよ?
完全に本気を出せば俺の方が強い!
……はず。
っぱ自分の姿より、他人の姿の方が思い出しやすいな。
そんで、イメージがはっきりしてるほど体力の消耗が少ない。
もっとも、オーク姿みたいに消費なしってわけにはいかないけどな!
「お前は誰なんだ!」
閉じ込められたはずのボス部屋に、知らない男がいるのだから、ジェイルの疑問は当然。
(……さて)
アルドは考えた。
人型になったおかげで人間の声帯がある。
喋れるのだ。
どうする?名乗るか?俺が勇者アルドだと。
……。
……いや。
……ないな。
どっからどうみても『勇者アルド』には見えん。
ただのおっさんだ。
勇者アルドは——
人類の希望。
そしてイケメンだ。
断じて、こんなしょぼくれたオッサンではない。
裏切者はっけーん、とかいって斬りつけられても困る。
懸賞金とかかかってたらヤだしな。
(じゃあ——どうする?なら答えは一つ。ぐぬぬ……)
「……ンソクだ」
「なに?聞こえないぞ!」
「俺はトンソクだ!」
「!」
ジェイルが固まった。
「……は?」
「だから!俺はトンソクだって!」
異国の剣士が再び繰り返す。
「ちょ、おま、ば、ばかっふざけんな!」
「ふざけてねーよ!今はこの姿なんだ!」
「今はって……なんだそれ」
ぽっちゃりオークと、東方の異国剣士。
信じろと言う方が無理。
しかし——
「お喋りしてる暇はないぜ、ジェイル」
男が言った。
そうだ。
その通りだ。
今は議論している場合ではない。
目の前の男が、トンソクであろうがなかろうが、どうでもいい。
仲間が増えたのは事実。
ありがたさに変わりはない。
アルドは剣を構え直し、戦況を確認。
双頭の百足。
頭に区別はない。
前後、どちらも同等の力。
死角、ゼロ。
アルドの無明朧流では、双頭を同時に相手にするのは難しい。
心眼で敵の特異点を見抜くのが無明朧流の極意。
しかし、特異点を二つ同時に捉えるのは至難の業。
朧流は、一対一なら無類の強さを誇る必殺剣。
極限の集中が生み出す妙技。
ゆえに、完全連携のデュアルヘッド相手では不利。
しかも、アルドは立っているだけでも体力を消費するハンデ付。
一人なら無理だった。
でも、ここには……
二人いる!
チャンスはジェイルが戦える今しかない!
「ジェイル……もう一度お前のスキルを使え」
「な、何、言って……」
「もう一度いう。スキルを使え!」
「待てっ!俺のスキルはお前が思っているような物じゃないんだ。デュエル・フォーチュンは運任せ。ハズレが出たら……」
「大丈夫だ……俺を信じろ。お前の力はそんなもんじゃない……」
「俺のことを知りもしないで!」
「もう一度、ロール・ザ・ダイスだ!」
「!」
この男は知っている。
ジェイルの職業も、スキルも、リスクも。
それでもジェイルを信じている。
ジェイル以上にジェイルを信じている。
ジェイルが唇を噛んだ。
MPは半分。
もう一度使えば空になる。
もし、ハズレが出たら——
「俺を……信じろ」
トンソクを名乗る男の目がジェイルを射抜く。
(……信じる、しかねぇ)
ジェイルの頭の中に、なぜかアルドの姿が浮かんだ。
不遜に笑う勇者。
「……わかった!お前に賭けるぜ!」
ジェイルが剣を握りしめた。
「ロール・ザ・ダイス——っ!」
ジェイルの頭上に二つのダイスが浮かんだ。
赤と青。
グルグルと回転する。
しかし、それを許すほど大百足は甘くない。
雄たけびをあげてジェイルを襲う。
アルドは、ロングソードを構えた。
さっきの技。
無明朧流『柳』。
力の方向をいなす、受け流しの剣技。
繊細さが命。
僅かなタイミングのズレも許されない。
指先から髪の毛の先まで、全神経が行き届いていなければ絶対に使用不能。
オークの体では、使えなかった技。
この体だからこそ——
繰り出せる。
ギィィィィン!
またしても死神の鎌を逸らす。
ジェイルは無事。
そして、ダイスが止まった。
赤、三。
青、三。
……三十三。
ゾロ目っ!
ジェイルの目が大きく見開かれた。
アタリを超えたアタリっ!
大当たりだ!
それを見て、アルドは不敵に微笑む。
そりゃそうだ。
アタリとハズレしかないんだ。
なら確率は二分の一。
さっきハズれたのなら、アタリの可能性のが高いに決まってるだろ。
嘘である。
アタリとハズレの確率が二分の一など決まっていない。
バフの効果は相手によって価値が変わるのだから。
アルドのただの勘違い。
それでも、この男は……
奇跡を呼び寄せた!




