第三十一話「包囲と、ダイスと、あと異国の剣士」
「いいぜ!来いよ!」
ジェイルは剣を両手に構えた。
腰の長剣を右手に。
背中の長剣は左手に。
二本の刃が光を放つ。
二刀流。
ジェイルの、戦闘スタイル。
しかし——
今、目の前にいるのは二十メートル超の巨大百足。
二刀流は本来、雑魚の小型モンスター、特に人型に有効な戦闘スタイル。
手数で圧倒し、死角から斬り込む。
対巨大モンスターには絶対的に向いていない。
片手では、攻撃が通らない。
防御もおぼつかない。
押し負けて、終わり。
ゆえに使い手は少ない。
が——
ジェイルは両腕に力を込めた。
ぐぞ……ぐぞ……
双頭の百足が動く。
すぐに突っ込んでは来なかった。
巨大な体が岩と岩の間を縫う。
ジェイルの周囲を、ぐるりと回り始めた。
ぐぞ……
ぐぞ……
まるで包囲網。
(……巧妙だな、こいつ。戦いなれてやがる)
ジェイルは動かない。
剣を構えたまま、目だけで追った。
百足は、岩を利用しながらゆっくりと距離を詰めてくる。
獲物の逃げ場を奪うように。
高さ二メートル超の岩。
助走なしで飛び越えられる高さではない。
地上に固定されたジェイルは逃げ場を失っていた。
ジェイルの、口の端が上がった。
(むしろ、好都合!)
敵が自分を囲んでいる間、ゴッツが扉を解除する時間が稼げる!
最初からそれが狙い。
俺が、死んでも——
みんなが生き残れば、それで、いい。
離れた岩の上から、アルドはジェイルの様子を伺っていた。
涼やかに笑っている。
絶対的な不利な状況で。
ジェイルの判断は正しい。
現状で最善。
しかし。
(時間は稼げるかもしれねーが、どんどんピンチになってんぞ?お前)
二刀流で巨大百足を相手するのは、勝ち目が薄い。
ってかない。
ジェイルも、それがわかっているはず。
死にたいのか?
アルドは首を傾げた。
---
シャアアア——ッ!
包囲が狭まった。
ついにデスセンティピードが突っ込んできた。
巨大な頭部。
ギザギザの牙を剥き出しにして。
「うらぁーーー!!」
ジェイルが二本の剣を十字に組んだ。
刃の交点で牙を受け止める。
ガキィィン——っ!!
強烈な金属音。
空気が、震えた。
アルドは目を見開く。
こいつ。
片手剣二本で、突進を受け止めたのかよっ?
どんな膂力してんだ!
人間じゃねーぞ!
ソルジャーじゃない。
いや、剣士でも侍でもない。
極限の剛の剣。
人間離れした筋力。
「ぐぅ……っ!おおぉぉぉぉ!」
ジェイルの両腕の筋肉が膨れ上がる。
革鎧の袖が、ぴしりと裂けた。
あろうことか、ジェイルが百足の頭部を押し返しはじめた。
「そんなもんかよっ、ばけものっ!」
しかし百足は怯みはしなかった。
次は、巨体を活かした体当たり。
突進。
ぞぞぞぞ——っ!
おまけに助走つけて威力マシマシ。
二十メートル超の巨体が、遠慮なしで突っ込んでくる。
アルドも息を呑む。
しかし、ジェイルは、避けなかった。
むしろ、待ち構える。
ドゴオオン——っ!!
衝撃。
ジェイルの足元が砕けた。
押し込まれる。
それでも——
正面から受け止めた。
「ぐぅぅぅ……っ!」
ジェイルの両腕の筋肉が爆発的に膨張。
革鎧の上腕が完全に破れ、異常な筋肉が露出した。
……はぁ!?あれを受け止めるのはありえねーだろ!
剣士系じゃねーな。
バーサーカー?
違う。
あれは人格が破綻するからな。
ライカンスロープ?
違う。
獣人化していないしな……。
じゃあなんだ?
剣を使えて、この剛腕。
……。
……。
……まさか。
アルドの頭の中に、一つの答えが浮かんだ。
ストレンジャー。
ストレンジャーはレア職業。
この世界でも、数えるほどしか存在しない。
特徴は——
絶大な筋力。
人間離れした物理特化。
剣士の剛の極み。
そして、不遇の扱いを受ける職業。
理由はいくつかある。
まず、後天的なスキルを獲得できないというデメリット。
ベルガ聖騎士剣も、無明朧流も、エルヴィント魔剣術も——
どんなに修練を重ねても、技を習得できない。
魔法も使えない。
使える、スキルは、ただ一つ。
それが不遇の所以。
(……ジェイル、お前……)
ぐぞぞぞぞ——っ!
百足の攻撃が激化した。
もはや包囲は関係ない。
獲物を潰すための全力。
双頭が交互に襲いかかる。
ジェイルは、全て受けていた。
もう両腕の皮膚が裂けている。
革鎧も、とっくにボロボロ。
ジェイルが、ぐっと唇を噛んだ。
ここで終われるか!
やるしかねぇ。
俺の唯一のスキル!
「ロール・ザ・ダイス——っ!」
ジェイルが叫んだ。
ぼうっ、とジェイルの頭上に二つのダイスが浮かんだ。
赤い十面ダイス。
青い十面ダイス。
グルグルと空中で回転する。
赤のダイスは十の位。
青のダイスは一の位。
百通りの組み合わせ。
出た目によって効果が変わる、百通りのバフ。
完全にランダム。
ストレンジャーの唯一のスキル、『デュエル・フォーチュン』
運命の決闘。
多大なるMPと引き換えに、武器にランダムな特殊効果を付与する。
二刀流なら二つの効果が同時に乗る。
アタリが出れば無双。
ハズレが出れば——
無意味。
それで終わり。
MPを使い切って、おしまい。
命がけのギャンブル。
ダイスが、空中で止まった。
赤、四。
青、一。
四十一。
四十一は冷気完全無効化。
バフがジェイルの右手に持っていた剣に付与される。
……ハズレ。
冷気完全無効化。
百足は冷気攻撃をしない。
意味なし。
ただ、MPを消費しただけ。
スキルの効果を自分で選べない。
冒険者はリスクを排除する。
しかし、ストレンジャーは——
命をかけた戦闘で強制的にギャンブルを強いられる。
そんな奴と誰も組みたがらない。
冒険者に、果てしなく、向いていない。
孤独な戦士。
---
……終わったな。
最後の希望はハズレだ。
……勇者アルド。
ジェイルの脳裏に、走馬灯のように過去の映像が流れた。
三年前。
駆け出しの冒険者だった自分。
運命を呪っていた自分。
ストレンジャー。
生まれた時に決まった不遇。
仲間は、できない。
信用も、されない。
俺は、選ばれなかった。
……そう、思っていた。
その時に見た。
たまたま立ち寄った街にいた勇者パーティ。
遠目だった。
ほんの僅かだった。
しかし——
俺は見た。
勇者アルドを見た。
世界の希望を見た。
人々の剣、そして盾。
戦うためのマシーン。
ある意味、俺よりも不幸な運命。
人々のために、戦う人生しか許されていない。
でも——
あいつは——
そんな不幸を微塵も感じさせなかった。
笑っていた。
誰よりも不遜に。
世界のことなど知ったことか、と。
自身をどこまでも信じているのがわかった。
……俺の不運なんてばかばかしい。
本気でそう思えた。
……俺も勇者アルドのように生きたかった。
……運命を物ともしない、本当の強さが欲しかった。
……あいつみたいに、笑っていたかった。
ここまで。
俺の、戦いはここまで。
勇者アルドのために。
己の、勝手な信念を抱いて。
不満をいえばキリはない。
それでも、生きたいように生きられた!
ジェイルは剣を構えた。
最後まで前を向いて。
勇者のように!
その、瞬間。
アルドには、確かに勝機が見えた。
(……ここしか、ねぇ!)
アルドは目を閉じる。
メタモルフォーゼ。
形を変える。
自身の最強イメージへと。
それは——
アルドのピンクのぽっちゃりボディが、ぐにゃりと揺れた。
輪郭が滲む。
そして収束、変形する。
百足の牙がジェイルへ迫った。
ジェイルに受け止める力はない。
完全に致命。
ジェイルが覚悟を決めて目を閉じた。
ぎぃぃぃぃん。
金属が滑る音。
牙が剣で受け流されていた。
受け止めるのではなく、流されていた。
巨大な頭が横へ滑る。
ジェイルの目の前には人影。
(えっ……勇者?……違う!)
それは一瞬勇者アルドに見えた。
だが違う。
それは異国の剣士。
黒髪を長く後ろで結わえた男。
東方の装束。
穏やかな目。
明らかに勇者ではなかった。
異国の剣士はジェイルに、ちらりと目を向けた。
そして。
「ここからだ。死ぬには日が悪いぞ?」
その声は——
低く静かで——
ジェイルの聞いたことのない声だった。




