第三十話「百足と、おとりと、あと諦め」
ぎろり。
巨大な、複眼がアルドたちを捉えた。
完全に見つかった。
ハイドも、気配隠蔽も、もはや通じなかった。
目覚めた瞬間に、岩陰の五人を認識した。
シャアアア——ッ!
双頭の咆哮。
もう、隠れる意味は、ない。
アルドは、すでに剣を抜いていた。
ロングソードがダンジョンの淡い光を反射する。
戦闘態勢。
その姿を見て、ジェイルが我に返る。
「ゴッツ、扉の解除を!リア、ミーシャと一緒にゴッツを手伝え!お前ら離れてろ!」
「バルドはおとりだ。盾、構えとけ!」
「俺はアタッカー。ただし牽制程度、扉が開くまで時間稼ぎ!いいな!」
矢継ぎ早に指示。
(ちっ、全部が遅い!死ぬぞ!)
アルドはいらついていた。
状況判断、配置、優先順位、は問題なし。
ただ、遅い。
たった一呼吸が遅い。
その遅さは命取りになる。
所詮はCランク。
アルドの判断に追いつけるはずもない。
ジェイルは、アルドをちらりと見た。
(勝手にさせておくか……連携が取れるとは思えん)
オークと意思疎通ができるかは未知数。
モンスターテイマーのリアはど素人ときた。
ならば。
注意を引いてくれれば御の字。
死んだら、死んだで仕方ない。
テイムモンスターの宿命だ。
「ゴッツ、扉を頼んだっ!」
「了解だっ!」
ゴッツが踵を返し走り出す。
ミーシャも、ゴッツの後ろに、ぴったりついて走る。
流石にベテラン、逃げ足は速い。
「リアちゃん、こっちっ!」
ミーシャが、リアに声をかける。
リアは何が起きているのか、どうすればいいのか判断できない。
これが初めてのボス戦なのだから。
「うんっ!わかった!」
それでもリアの性格は冒険者向きだった、意外にも。
考えるより行動。
恐怖心より好奇心。
それがリアの行動原理。
三人が扉の方へ駆ける。
シャアアアア——ッ!
双頭の百足が、激しく反応した。
獲物が動けば反射的に追う。
二十メートル超の巨体がしなった!
無数の足が地面を捉え、巨大な岩と岩の隙間を縫うように這いずる。
ぞぞぞぞ——っ!
猛烈な速度。
あの、巨体で、この機動力。
岩の迷路を利用しているのは、こちらじゃない。
百足の方だ。
太く節くれだった足が、岩の表面を捉える。
甲殻の節々が伸び縮みする。
まるで、岩の間を流れる黒い川。
ジェイルと、バルドは、完全に置いていかれた。
「くっ!待てっ!こっちだ、ばけものっ!」
ジェイルが駆ける。
しかし——
百足は、ジェイルの声を無視。
狙いはリアたち、逃げる獲物。
捕食者としての本能。
三人に迫る!
ガキィィィン!
金属音が響き渡った。
アルドだ。
アルドの剣がデスセンティピードの後頭部を斬りつけていた。
(硬ーーー!嘘だろ?『セイバースラッシュ』でも傷一つつかねーのか!)
アルドが放った技はベルガ聖騎士剣、直接斬撃初級技。
セイバースラッシュ。
闘気を剣に纏わせ、威力を高めて両断する。
もし普通に斬っていたら、ただのロングソードではへし折れていただろう。
剣が無事だったのは奇跡。
百足の複眼が、ぎろりとアルドを捉え、赤く光った。
怒り。
完全に敵と認識した。
巨大な顎が開いた。
ギザギザの牙が、まるで死神の鎌。
アルドのぽっちゃりボディに、迫る。
ぶひっ!
巨大な初撃をかわす。
そして岩から岩へゴムまりのように跳ねる。
ワイルドダッシュを応用しての立体機動。
通常オークの姿をしていても、中身は『スライムオーク』。
獲得済みのスキルも使える。
巨大な岩の表面を蹴ると、もう一つ先の岩へ。
また跳ねる。
地面を走るよりも速い。
先ほどもこうやって近づいたのだ。
空中ならば、デスセンティピードの体が邪魔でも移動に支障はない。
真下から牙が迫る。
アルドは空中で身を捻る。
ぎりぎりで回避。
牙の隙間から滑り抜けた。
しかし、次の瞬間——
もう一つの頭部が眼前に迫ってきた。
本来そこは、しっぽの先だ。
しかし、デュアル・デスセンティピードは、前後どちらも頭。
双頭の連撃。
多重攻撃。
アルドは空中で咄嗟にロングソードを構え、迫り来る牙を……。
ガキィン。
剣で受けた。
すごい衝撃。
オークの巨体が紙くずように、後方に吹き飛ばされる。
哀れにも、ぐるぐると空中回転。
そのまま岩に激突した。
百足の双頭が勝利を確信する。
ガキィン——っ!
反対側から別の金属音。
バルドだった。
目の前にあった百足の前足。
チャンスを目前に、思わず体が動いた。
節くれだった、太い足をめがけてバトルアックスを何度も振り下ろす。
が……。
全てはじき返される。
バルドの両手が痺れ、バトルアックスの刃が欠けた。
これは完全にバルドの判断ミス。
防御に徹するべきだった。
直後、その報いを受ける。
ぐぐっ、と百足の足が動いた。
それは一瞬でバルドの横腹を薙ぎ払う。
「ぐぁ——っ!?」
巨大な節足が丸太のように、バルドの体を弾き飛ばす!
宙を舞う哀れな冒険者。
ガシャアアッ——!
岩に激突。
「バルド——っ!」
ジェイルが絶叫した。
バルドは動かない。
甲冑がぼこりと凹み、口の端から血がにじむ。
しかし、動けないのはダメージのせいではない。
足を覆う体毛から分泌される麻痺毒。
触れるだけで容易に体の自由を奪う。
バルドは、まともに足に触れてしまった。
「しっかりしろっ!」
ジェイルが駆け寄と、腰のベルトから小瓶を引き抜き、そのままバルドに飲ませる。
ごくり。
数秒後——
「ぐ……っ……」
バルドの指先がぴくりと動いた。
目が開く。
「う、動く……」
「大丈夫かっ!解毒のポーションを使った。普通の毒ならこれでイケるはずだ!」
「あ、ああ……」
ジェイルが、バルドを引き起こす。
さすがCランク、さすが若手筆頭。
準備万端。
経験が違う。
一方、アルドは岩の上で戦況を観察していた。
派手に岩にめり込んだはずだが、大したダメージを受けていない。
なぜなら、吹き飛んだのは意図的。
相手の突進に合わせ、自分も剣を打ち付け、その衝撃を利用し後方へ飛ぶ。
空中で間合いを取るには、これしかなかった。
百足は、動かない。
ゆっくりと周囲を見回している。
獲物を、じっくりと選んでいる。
余裕……だな。
自分が絶対優位だと理解してやがる。
怒りや焦りで、視野が狭くなっていれば、つけ入る隙もあるんだが……。
双頭に死角なし。
相当に厄介。
なんてな。
冗談言ってる場合じゃない。
よくあるパターンだと、頭側としっぽ側の思考の連携ミスをついて攻撃ってのが有効。
だが、こいつは違う。
虫ならでは。
おそらく神経が繋がって、二つの頭で一つの思考をしている。
人間が、右脳と左脳で一つの思考をしているみたいに。
単純な作りだから可能なんだろう。
しかも全身鎧を着こんでらっしゃる。
攻撃方法は鋭い牙と毒付き体毛。
おまけに、巨体による押しつぶし……か。
俺一人じゃ無理だな。
詰みました。
ぐぞ、ぐぞ——
そんなアルドを他所に、百足が動き始めた。
狙いは……。
ジェイル。




