第二十九話「扉と、ボスと、あと罠」
地下三階の最奥。
巨大な鉄の扉は、そこに聳え立っていた。
大人五人が横に並んで、なお余裕のある大きさ。
頑強な鋼。
表面には無数の古傷。
しかし——
それは開いている。
攻略済み、だから当然だわな。
ダンジョンってのは、ボスを倒せば終わり。
扉も開きっぱなしになってて当たり前。
すん、すん。
扉の奥から流れ出てくる空気が——
重い。
ボスモンスターは、いないはずなのに。
血の腐った匂いが、空気に混ざっている。
「やばいぞっ。ここまで来たら俺でも分かる!何かがいやがるっ!」
ジェイルが立ち止まった。
「そ、そんなにか?おい!」
バルドが青ざめた。
彼の能力では感じ取れないらしい。
一流の冒険者ほど死の予感には敏感。
だから生き残れる。
冒険者の勘は、ここから先は進むな、と叫んでいる。
ジェイルでさえ、足はすくんでいた。
(そらそーだ)
アルドは頷く。
アルドですら、ヤバいと思ってる。
歳食った三下冒険者ならまだしも、Cランクなら逃げる。
普通は。
もっともアルド的には、よくいるボスモンスター程度。
さして珍しくもない。
下手したら下級。
「……ジェイル、どうする?」
「中に入るしかないだろう……隠ぺいは使えるか?」
「あぁ。ゴッツが。あとミーシャがハイドも」
「そうか、それはありがてーな。とにかく気づかれたら終わりだ、相手を確認だけして、即撤退。いいな?」
「……了解」
ゴッツがしゃがみ込み、地面に魔力を注ぐと紋様が光る。
紋様が全員を包み込むと、すっと気配が薄くなった。
いや、消えたわけじゃない。
存在感が希薄になったのだ。
そこにいるのに、いないような。
レンジャーの気配隠蔽。
「ハイド!」
ミーシャが呪文を唱えると、杖の宝玉が淡く光った。
次の瞬間——
ミーシャの姿が薄れた。
違う。
全員の姿が薄れる。
目を凝らさなければ、背景に溶け込んで見えない。
認識できない。
補助系の隠蔽呪文『ハイド』。
弱者なりの工夫、ってか。
雑魚は雑魚なりに生き残る術に長けてやがる。
伊達に歳だけ食ってねーってわけだ。
やるじゃん!
超見直したぜっ!
グッジョブ!
アルドは超絶失礼だった。
人の言葉を話していれば、ここで同士討ちが始まっていたことだろう。
「嬢ちゃんはどうする?連れていくのか?」
バルドの言葉にジェイルが振り返った。
確かに危険すぎる。
「私もっ行くっ!トンソクは私がいないと駄目だからっ!」
リアが、ぴょんと跳ねている。
「いや、危ないって」
「でも私がいないとトンソクの言葉がわからなくない?」
「ぐっ……確かに……」
ジェイルが、ふぅと息を吐きだす。
「……わかった。ただし、絶対に無茶はするな。最悪一人で逃げるんだ、いいな?」
「うんっ!」
(やれやれ、おもりをしながらかよ。ベビーシッターじゃねえんだけど、俺っ!)
アルドが肩をすくめた。
---
鉄の扉を潜り抜ける。
そこには——
広大な空間が、広がる。
天井は高い。
が、見通しは悪い。
巨大な岩が無数に転がっているせいだ。
大人の身長以上の岩。
いや、もっと大きなものも。
大小様々に散らばっている。
まるで迷路。
(くそっ、めんどくせーな!おいっ!仕方ない!)
アルドは嗅覚を研ぎ澄ました。
奥。
もっと、奥。
ボス部屋の最深部。
いる。
何かが、確実に!
アルドは、ジェイルに目で合図を送ると、岩陰を指差す。
ジェイルが頷いた。
ゆっくりと——
慎重に——
岩から岩へ移動する。
一歩。
また一歩。
息を殺して。
足音を殺して。
ずぞ……。
何かが聞こえた。
奥から、重い、何かが擦れる音が。
ぴたり、と六人が岩陰に張り付く。
ジェイルが、そっと顔を覗かせた。
心臓が止まりかけた。
---
奥の、空間の、中央。
それは、そこに、いた。
巨大な——
百足。
長さは、二十メートル超。
黒光りする甲殻に、数えきれない足。
とぐろを巻いて——
眠っている。
ぴくり、と巨体が震える。
前にも——
後ろにも——
頭がある。
二つの巨大な頭部。
それぞれに、巨大な、顎。
鋭い牙。
顎は——
一撃で人を、切断できるサイズ。
頭には複眼が、赤く光っている。
……眠っているはずなのに。
意識を失っていない。
半覚醒態勢。
全身は甲殻に覆われ、黒、紫、緑、に光る重装甲。
まるで金属。
通常の武器では、傷ひとつ付けられないだろう。
無数の足の表面には毛。
麻痺毒を忍ばせ、触れただけで動けなくなる。
(……うっわ、でたよ……めんどくせー奴が!)
双頭の巨大百足。
デュアルヘッド・デスセンティピード。
Bランクの冒険者パーティが、複数組まないとお話にならない。
もしくはAランクパーティ。
国家が動かないと討伐できないクラス。
しかも——
卵を産み、繁殖する。
ダンジョンが繁殖地になればヴェルニードは終わり。
お疲れさまでした。
あと数週間で、卵が孵り——
城下町まで進撃して——
ファスタ国の拠点が、落とされる。
今ここで見つかったのは幸い。
討伐隊が編成されればヴェルニードは守られるだろう。
値千金の情報。
確認完了。
撤退。
ジェイルは目線で合図を送る。
ゴッツに、ミーシャに、バルドに、リアに——
その、瞬間。
バタンッ——!
鉄の扉が勝手に閉まった。
ズンと、重い衝撃が響く。
「!」
全員が目を見開いた。
「お、おい——っ!どうなってんだっ!」
バルドが絶叫。
空気が、震えた。
閉じ込められた。
「新しいボスが定着したからだ」
ジェイルが、低い声で言った。
「ボス部屋のトラップが作動しやがった……」
ダンジョンは人工の構造物。
目的のために作られ、目的を阻害する者を排除する。
ボス部屋に入った者は、何人も生きては帰さない。
そのためのトラップ。
ボスを倒さなければ——
出ること叶わず!
「……」
全員の視線が巨大百足に集中した。
赤き複眼が——
光った。
眠っていた巨体が、ゆっくりと持ち上がる。
二十メートル超の、長大な体が——
「なっ!」
「動き、始めたぞ!」
「気づかれたーっ!?」
ギヂギヂと——頭部の巨大な顎を鳴らす。
死の牙が剥き出しに。
シャアアアア——ッ!!!!!
ボス部屋に響き渡る咆哮。
空気が震える。
その振動で岩が揺れる。
双頭の、百足が——
目覚めた。




