第二十八話「死臭と、勇者と、あと真相」
ついに地下三階。
アルドはピンクのオーク姿で、ぺたぺたと通路を歩く。
(うーん、いけそうだな、これ)
ぐっ、と拳を握る。
開く。
握る。
もう形は崩れない。
メタモルフォーゼ。
進化直後は、まったく扱えなかったが——
今は安定して姿を保てる。
もっとも、保てるのは——
このピンクの、むっちりボディだけだが。
ワイルドオークに変身できない。
体を明確に思い描けないせいか、体力消費が異常に多い。
たぶん——
ワイルドオークの自分を見たことがないから。
こんなことなら、毎日鏡を見ておくんだった。
(ま、いっか)
アルドは肩をすくめた。
スキルは使える。
ワイルドダッシュも、ラディカルショットも問題なし。
ステータスは、レベルアップ分上昇した。
足が、短いのは——
ご愛敬だな。
多少機動力は落ちるが、十分だろう。
すん、すん。
アルドは嗅覚で確認。
地下三階。
ここまで来て遭遇したモンスターはスライムだけ。
雑魚雑魚雑魚。
行方不明事件の犯人、であるはずはない。
大物は、どこかに、いる。
ぴくり。
……来た。
強烈な匂い。
……死。
……腐。
……血。
……魔。
ボスモンスターだ!
いる。確実に。
しかも——かなりでかい。
この強さは——今の俺じゃあぶねぇ。
ヤバいやつだ。
ジェイル、バルド、ミーシャ、ゴッツ、リア——
もれなく全員、死ぬ。
間違いなく、死ぬ。
おそらく、アルドだけなら逃げられる。
ワイルドダッシュ。
ピンクの、ぽっちゃりボディが、たぷたぷ爆走。
間抜けだが速い。
アルドは振り返って、ジェイルの足をコツンと蹴った。
「ん?どうした?」
アルドは必死に、身振り手振りで伝える。
奥に、ヤバいのが、いる。
逃げないと、皆殺し。
首を吊った振りをし、奥の方を指差す。
バツ印を出す。
「……?」
ジェイルが首を傾げた。
「何だ?何が言いたい?スライムが居ないのか?」
ジェイルはわかっていない、伝わらない。
どんなに叫んでも、ブヒッしか出ない。
「あのっ、ジェイルさんっ」
その時——
リアだ。
「トンソク、奥に、ヤバいのがいるって言ってるよっ!」
……は?
お前、なんでわかった?
リアはにっこり微笑む。
「最近ね、トンソクの気持ちが、なんとなくわかるようになってきたのっ」
「ジェスチャーとか、顔とか、しっぽとかで。感じるのっ!」
……お前!マジか!
リアのテイマーとしての才能か、はたまたアルドとの絆か。
全部がわかるわけじゃない。
でも、ニュアンスは伝わる。
便利すぎだろ!でかした!ちんちくりん!
「で、ブタ君は何て言ってるんだ?」
「えっと、ね……」
「このまま、進んだら、死ぬぞ。逃げようっ、て言ってるっ」
「……マジ、か」
ジェイルの顔が険しくなる。
「お前でもヤバいってのか?」
アルドは、こくりと頷いた。
ジェイルは考え込む。
「……バルド。悪いがここは撤退しよう。嫌な予感がする」
「いや、待ってくれよ、ジェイル!」
バルドが、ぐっと斧の柄を握った。
「ボスを確認しなきゃ、依頼達成にならねぇ!ここまで来て引けるかよっ、引いちまったら——」
声が、震えた。
「……ランクが、下がる」
「俺たち、もうFだ。これ以下になったら、食っていけねぇ、終わりなんだ」
ミーシャが、目を伏せた。
ゴッツも、ぐっと耐えている。
「リーンの入院費もまだまだ必要なの」
「俺の、嫁さんも病弱で——」
「ゴッツの仕送りが——」
バルドの目に涙が滲んだ。
「……これ以上、堕ちるわけにはいかねぇんだ!」
(……なるほどな、こいつらにも『引けない理由』ってのがあるのか)
みんな何かを背負ってる。
歳食って無茶が利かないのに、辞められない。
だからといって——
「お前ら、分かってるか?命あっての物種だぞ……」
ジェイルが呟くように言った。
バルドが苦しそうに息を呑む。
「『勇者アルド』さえ、あんなことにしなければ!ふざけやがって!ちくしょ——っ!全部アイツのせいだ!!」
……。
今なんつった?
俺?
俺のせいだっつたか?この底辺。
なんで俺の名前出しやがった!
「あ、あの勇者のせいって?」
リアがおそるおそる尋ねる。
「ねぇ、バルドさん、あんなことって、何?」
……。
全員の視線がリアに集中した。
「……嬢ちゃん、知らねぇのか」
「うんっ」
「……まあ、ウルムの村なら情報入ってこねぇか」
バルドが、ゆっくりと語り始めた。
「一年前くらいの話だ」
(……一年前?)
「勇者パーティが——魔王軍に寝返った」
……。
「勇者パーティはそのまま魔王軍の幹部に就任。聖女もな」
……。
……は?
……は?
「勇者アルドの生死は不明だが、状況から見て、勇者も魔王側についた、ってのが一般的な見方だ。魔王の側近という噂もある」
アルドの、頭が、真っ白に、なった。
……。
……いや。
……いや、いや、いや。
ちょっと、待て。
俺、側近じゃないですけど?
お前らの手伝いをして、ダンジョンでスライムまみれですけど?
それよりも、だ。
俺の記憶では、この国に転移させられたのは数日前。
なのに——
あいつらが裏切ったのが一年前?
「勇者パーティが、魔王軍に付いてからは悲惨なもんさ。人間側の情報を全部漏らしやがった。結果、戦線崩壊」
バルドが続けた。
「多くの国が戦乱状態だ。ファスタは、もう辺境じゃねぇ。魔王軍の侵攻の最前線なのさ」
「……」
「冒険者の強制動員制度。税金。ノルマ。全部戦力確保のためだ。強制労働は名ばかり。最前線送りなんだから、お国のために死ねってことさ!」
……それで俺のせい?
うっわ、最悪、俺悪者じゃんかよ。
アルドは、頭を抱えた。
「それもこれも……全部勇者のせいだ!なんで俺たちがこんな目に合わなきゃならねぇ!全部勇者アルドの……」
「止めろ!勇者のせいじゃねぇよ!」
その時——
ジェイルが、叫んだ。
「勇者は裏切ってなんかねぇ!きっと事情があるはずだ!」
「いや、だけどよ——」
「うるせぇ!俺は一度、勇者を直接見たことがある」
ジェイルが、静かに、言った。
「三年前だ。俺はまだ駆け出しの冒険者で、遠目で見ただけだった」
「だがな——」
ジェイルの、目が遠くを見つめる。
大切な記憶を慈しむように。
「あの絶対的な強さ。まさに人類の希望だった。あいつは絶対に卑劣な真似をするようなやつじゃない!」
「俺の憧れだ。目標だ。迷っていた俺に道を示してくれたっ、あいつみたいになりてぇんだ、俺は!」
ジェイルの拳に力がこもる。
「あいつが寝返ったなんて、俺は絶対信じねぇ‼」
(あらやだ、素敵!)
「……ジェイル、お前が勇者を信望してるのは知ってる。冒険者を無償で援護してくれるのは——」
バルドが、目を伏せた。
「勇者へのヘイトを防ぐためなんだろ?」
「ああ」
ジェイルが、頷いた。
「……ジェイル……さん」
ミーシャが、声を震わせた。
ジェイルが、立ち上がった。
全員の視線がジェイルに集まる。
「ボスを倒す必要ない。確認するだけでいい。確認したら、即撤退。それでいいか?」
「い、いいのか?」
「無理はしない。あくまでも調査、それで任務は終わりだ」
「ありがてぇ!」
「賭けには、なるが、な。命の保証はないぞ?」
「構わねぇ、お前に全部預けるぜ、ジェイル!」
バルドが斧を抜いた。
ミーシャもゴッツも武器を構えた。
「私たちも行こうっ、トンソクっ!」
リアがぴょんと跳ねた。
そういうことなら仕方ねー。
俺にもほんの少し責任があるみたいだからな。
ほんの少し……だけど。
いっちょやるか!
アルドのぽっちゃりボディが、ずん、と前に出た。




