第二十六話「寄り道と、サンドイッチと、あと柑橘系」
地下二階。
ノドンの穴はまだ続く。
一行は——
ずんずん、と進んでいた。
いや、正確には全く進んでいない。
なぜなら——
このブタが寄り道をしていたからだ。
……あ、見つけた。
左の通路、奥。
ぷるぷると揺れる気配。
アルドは迷わずダッシュ。
「お、おい、ブタくんっ。マップだと、右——」
ジェイルが慌てて制止する。
しかし、そんな言葉、アルドは聞いちゃいない。
いた!
黄色いスライム二体。
(よっしゃ、新種ゲット!だぜ!)
もはやロングソードを、抜くまでもない。
ここに来るまでにレベル9になっていた。
その能力は、ダンジョンに入る前とは完全に別物だ。
ワイルドダッシュで突っ込む。
急加速。急制動。急加速。
スライムたちはアルドを見失う。
シュバッ!
手刀で『ラディカルショット』を放つ。
ベルガ聖騎士流徒手空拳。
拳圧だけで核をぶち抜いた。
ぱしゃっ。
ぴしゃっ。
二体瞬殺。
アルドは、にやりと笑う。
足元の黄色い粘液から、ふわっと香りが立ち上った。
……これは、もしや。
……レモンか?
いや、もっと甘酸っぱくて、爽やかで——
ご馳走を目の前にホクホクのアルド。
そんなブタに、ジェイルが後ろから声をかけた。
「お前、さっきから、わざと寄り道してねぇか?」
(……ぎくっ)
「マップどおりに進めば、とっくに地下三階だ。なんでスライムのいる通路ばっか通るんだ?」
あ、いや、これは、その。
いや、違う。
違うんだって。
別に美味いもん食いたくて寄り道してるわけじゃないぞ。
ちゃんと目的がある。
それはレベルアップ。
スライムは、種類ごとにレベルが上がる。
これはボーナスタイムなんだ。
スライムは多種多様な派生が存在するから。
順調にレベルが上がってる。
Lv2が、もうLv.9。
強くなれる。
もっと、強く。
だから、鍛えてるんだ。
どんな味があるか楽しんでるわけじゃねぇ。
ホントだってばっ。
でも、別に、いいだろ?
レベルアップのついでに味わったってさ。
役得、役得。
オークになった俺様の特権だ。
羨ましいならお前もブタになってみやがれ!
ぶひひっ!
「……まあ、いいか」
ジェイルが肩をすくめた。
「ついでだ。ここらで休憩とるか。ダンジョン入ってから、もう半日。一回飯でも食わないともたねぇ」
バルドも息をついた。
「賛成だ。ここらで休憩といこう」
ゴッツは、ぐっと伸びをし、ミーシャは静かに座り込んだ。
やはり疲労の色が濃い。
そして、三人ともリュックを下ろし布を広げる。
その上に——
乾パン。
干し肉。
水筒。
冒険者の食事ってのは携帯性と保存性が第一。
それ以外は全て犠牲にする……そういうもんだ。
でもしょぼい。
全然うまそうじゃない。
「嬢ちゃんも、何か食うか?」
バルドが、優しくリアに声をかけた。
「あ、私、お弁当持ってきたからっ!」
手に下げていた、大きめのランチボックスを床に置く。
蓋を開けたその瞬間——
ふわっ、と。
とんでもない香りが広がった。
「な——」
「こ、これ——」
「お、おい——」
「……」
ランチボックスの中にはサンドイッチがぎっしり。
白いパンの間から、こぼれそうなほどの燻製肉。
脂がのって、艶やかな厚切り。
肉の繊維の隙間から、香ばしい燻製香が立ち上る。
パンには薄くバター、そして、みずみずしいシャキッとした野菜。
ジャイアントゴブリンの燻製肉のサンドイッチ。
しっかり塩漬けして、煙で燻した絶品。
あれを——
リアが持ってきていた。
「いただきまーすっ」
リアがぱくり、と一口。
幸せそうな顔。
ごくり。
……四人が唾を飲んだ音。
「な、なぁ、嬢ちゃん——」
ゴッツが、ぼそりと呟いた。
「……それ、旨そうだな?」
「うんっ?美味しいよっ?」
モグモグ。
リアはにっこり。
……。
いや、感想を聞きたい訳じゃねぇだろ!
こいつわかっててやってんのか?
いや、違う。
わかってるわけない。
生死のギリギリで飢えたことなんて、今まで一度もなかっただろうから。
ただの、天然。
結果として——
四人は肉の正体を知らないまま、その匂いに悶絶している。
「あ、あの、リアさん?」
バルドが堪えきれずに、思わず口を開く。
「い、いや、なんでもねぇ。すまん。やっぱ気にしないでくれ!」
ぐっ、と乾パンを噛みしめる。
ぼりっ。
乾いた音。味も素っ気もない。
これは地獄。
ジャイアントゴブリン燻製サンドイッチを眺めながら携帯食を食べる。
間違いなく地獄だ。
「……あ」
リアが、ふと顔を上げた。
四人の視線。
四人の唾を飲み込む音。
四人とも乾パンを咥えたままだ。
じーっとリアを見ている。
「あっーもしかして——」
リアが、首を傾げた。
「皆さんもサンドイッチ食べますかっ?」
「……い、いいのか?」
バルドが、震える声で聞いた。
「うんっ、いっぱいあるからっ!みんなで、食べようよっ!」
待て、待て、待て。
それは俺の肉だろ。
俺の。
俺が倒したジャイアントゴブリンのっ!
なんで、こいつらに配る?
おかしくないか!?
フゴフゴという抗議が聞こえたのか、リアが振り返って——
「トンソクはスライムがあるよねっ」
……は?
「スライム好きなんでしょ?いっぱい食べてたしっ。あそこにも、まだ落ちてるよ?」
リアが地面の黄色いスライムの粘液を指差し、にっこりと笑う。
……は?
おまえ、おまえ、おまえ——っ!
なに、当然のように、スライム食わそうとしてんだ!?
いや、食うけどさ!
だからといって、落ちてるものでいいだろっは違うくない?
アルドは、ぐっと唇をかみしめた。
「い、いいのかっ、本当に、貰っちまって……」
バルドが、震える手でサンドイッチを受け取った。
「はいっ!どうぞ召し上がれっ!」
ぱくり、と一口。
もぐ……。
……。
「……」
バルドの目から涙がこぼれた。
「あ、おい、バルド泣いてんのかよ。何かおかしかったのか?」
ゴッツが慌てる。
「おかしくなんかねぇ……」
ぐっと目頭を押さえた。
「旨すぎるんだ……」
バルドが震える声で続けた。
「……うめぇぞ、こんちくしょう。こんなうまいもん、生まれて初めてだ……」
もう一口。
もぐ、もぐ。
味わうように噛みしめる。
「……肉が、肉が、こんな味がするなんて信じられねぇ。燻製の香ばしさがたまんねぇ……脂が舌の上でとろけやがる……それがパンとマッチして——」
それを聞いたミーシャも、慌ててサンドイッチを口に運んだ。
ぴたり、と動きが止まる。
声は上げない。
が、目の焦点が合っていない。
あまりの旨さに魂が抜けてしまっていた。
「そ、そんなにか?そんなに旨いのか?」
ゴッツも、サンドイッチを貪る。
もぐ。
……。
……。
言葉は出ない。
ただただ、無言でサンドイッチを口に押し込む。
息をするのも忘れて。
「……うめぇ、もう、これ、反則だろ……」
「……生きてて良かったー」
「……俺、もうここで死んでもいいわ」
普段から大したものは食べていないのだろう。
生きていくだけでも必死の低級冒険者。
最高の味と出会って——
崩壊した。
「……ジェイル、お前食えよっ!スゲーうまいぞ!」
バルドが目を拭いながら叫んだ。
それを見て、ジェイルがふっと笑う。
ぱくり。
もぐ……。
ジェイルの笑顔が凍り付いた。
「……お、おい、ジェイル?」
ジェイルは無言。
ゆっくりと、二口目を噛みしめる。
もぐ……。
「……この肉は何だ?牛でも豚でも馬でも羊でもない。こんな濃厚な燻製は初めてだ」
ぼそりと呟いた。
「……俺が今まで食ったことのない味。確かに旨い!」
アルドは内心でにやりと笑った。
これでお前らも、死体漁りのスカベンジャー。
ようこそ背徳の世界へ。
ぶひっ。
それよりも、アルドは黄色いスライムの粘液を指で掬う。
そのまま、粘液を口に運んだ。
うっめぇぇぇぇ——っ!
やっぱスライムはたまらん!
甘酸っぱい、柑橘系爆発。
舌の上ではじける。
ふわっと抜ける、はちみつのような甘み。
くせになりそうだ。
もう一掬い。
もう一掬い。
次の一口を口に運んだその瞬間——
ぴこん。
……来た!
頭の中に音が鳴る。
『レベル10に到達しました』
『進化条件を満たしました』
『進化しますか?』
進化。
ワイルドオークから、さらに上の種族へ。
何になるかはわからない。
何が起きるかもわからない
それでも。
やるっ、てばよ。
YESっ!!
心の中で即答。
次の瞬間——
アルドの体が——
光に包まれた!




