第二十五話「スライムと、スラッシュと、あとフルーツ」
曲がり角の向こう、広い空間。
地下二階のフロアの一角。
その中央に——
三つの、影。
ぬるり。
ぷるん。
ぺたん。
粘液質で独特の跳ね方。
赤。
青。
緑。
三色のスライムが揺れていた。
大きさは、人の体ほど。
半透明でゼリー状。
その内側に、核のようなぼんやりとした光ある。
スライム三色セット。
アルドはワイルドダッシュの勢いを利用し、そのまま突っ込んだ。
別に警戒なんて必要ない。
たかがスライム。
勇者時代に嫌というほど刈ってきた。
とはいえだ——
舐めると痛い目を見るのは周知。
とにかく、スライムは物理攻撃が効きにくい。
斬撃、打撃、刺突。
どれもいまいち手ごたえが不明だ。
核を潰すか、魔法で対処するか。
ただし、魔法耐性があり、得意な耐性が違うのも厄介。
といっても、力押しでどうにでもなるが。
単純攻撃がダメなだけで、剣技やスキルなら超余裕。
アルドは、駆けながら、ロングソードを引き抜いた。
軽く頼りない。
聖剣とは比べる事すらおこがましい。
しかし、剣は剣。
オーガに金棒、アルドにロングソード。
赤いスライムが、ぷしゅっと溶解液を噴射。
シュッ。
アルドは横に跳んだ。
壁を蹴り、さらに加速。
ワイルドダッシュは、地面だけじゃない。
壁も天井も足場にできる。
壁から天井へ。
逆さまの視界。
青いスライムが、下から溶解液を放つ。
シュパッ。
天井を蹴って地面へ降り立つ。
「なっ!?」
ジェイルは、まさに絶句。
目を見開いた。
アレがオークの動きなのか?
ワイルドオークといえば、真っ直ぐに直進するしか能のないお笑いモンスターのはず。
挑発して少し躱すだけで、障害物に激突して自滅する。
それがどうだ。
トンソクはダンジョンの『狭さ』を逆に利用して、立体機動を行っていた。
速さではない。
疾さを自在に操る。
(おっしゃ、射程内、もらったぜ!)
スライムは、アルドの動きに全くついてこられない。
跳ねるだけの、ただの的だ。
ロングソードを握り直し、刃に闘気を込める。
……いける。
闘気が刃を伝って流れた。
剣がほんのりと白く光る。
ベルガ聖騎士剣。
初級技。
飛ぶ斬撃——
(ラディカルショット!)
心の中で、技名を叫んだ。
実際には「ぶひっ」。
それでも、技は発動した。
白い光の刃。
しゅぱぁっ——
光の斬撃が赤いスライムの核を切断する。
ぱしゃっと音を立てて、体液を吹き出し溶けていく。
この体液は金属を腐食させる。
倒すのは簡単だが、武器の切れ味が落ちる。
いずれ、腐って使えなくなる。
だから剣圧だけで倒すのだ。
しゅぱぱぁっ——
2連撃。
ぴしゃっ。
べちゃっ。
赤も、青も、緑も。
ほぼ、同時に『核』を切り裂いた。
しゅるん、と内側から潰れていく。
淡い光が消えると、ぺたんとなって動かなくなった。
ダンジョンの、空間が静まり返る。
「な——」
「は——」
「え——」
バルドも、ミーシャも、ゴッツも絶句。
遠くで、口を開けたまま固まっている。
アルドは、ふぅと息を吐くと、ロングソードを軽く振って鞘に納める。
(うーん、技は出るのは出るが、使えるってほどじゃねぇな……とほほ)
ラディカルショット。
ベルガ聖騎士剣の基本技。
勇者時代、全力で放っていたなら、ダンジョン自体がこの世から消滅していただろう。
いかんせん、心技体の『体』がついてこない。
まぁ、とりあえずは上出来か。
「お、おい——お、オーク、が……剣技を——使ってるぞ……?」
バルドが、ようやく声を絞り出した。
「しかも、あれ——」
「飛ぶ斬撃、だったよな……?」
「騎士剣技じゃないの、ねぇ……?」
「オークが?冗談きついぜ」
「……ブタくん……何者だ……?ただのオークって訳じゃないよな?」
ジェイルが、低い声でリアに問う。
考えてみれば、当然のリアクション。
オークが剣を使う。
しかも騎士剣技。
普通ありえない。
絶対にありえない。
人間の使うスキルは、モンスターには習得不可能なのだから。
逆に言えばモンスターのスキルも、人間には使えない。
『ワイルドダッシュ』と『ラディカルショット』は同一個体では使用できない。
それがこの世界のルール。
のはずだ。
バラすか?
俺が勇者アルドだってことを。
勇者パーティに裏切られて、魔王四天王にオークにされたって。
ジェイルなら信じてもらえる、かもしれない。
……それで?
俺はどうなる?
魔王討伐に失敗してブタになりましたっ。てへペロっ。
通るのか……?
もし勇者失踪と、この国の治安の乱れが関係してたら?
俺のせいだったら?
ヤバくない、ねぇ、俺、ヤバくない?
「トンソクは凄いオークなんだよっ!私が見つけてテイムしたの!森でお肉焼いてたんだからっ!」
逆にリアの目は輝いていた。
「それだけじゃないのっ!お料理もお母さんより上手で、お父さんなんて……」
おしゃべりが止まらない。
そうだ、リアはそういう奴だった。
無限にしゃべるぞ。
ジェイルは、腑に落ちない顔だったが。
「わかった、わかった。珍しいオークってことにしとこう。このままオーク談義で依頼期日が過ぎたらまずいだろ?」
「うーん、わかった。また今度暇な時にねっ、ジェイルさん」
「楽しみにしとくわ……」
ジェイルはそれ以上追及して来なかった。
まぁ、結果としてジェイルの疑惑を、リアが流してくれたわけだが。
ぴくり。
アルドの鼻が動く。
スライムの、死骸から——
……いい匂いが、する。
すん、すん。
近づく。
赤いスライム。
潰れて、半透明の粘液が地面に広がっている。
その匂いは——
……甘酸っぱい。
熟した果実の香り。
濃厚な甘み。
奥に、ちりっとした酸味。
……リンゴ、か。
いや、もっと濃い。
青いスライム。
地面に広がった青い粘液。
その匂いは——
……みずみずしい、爽やかな香り。
澄んだ清涼感。
甘さは控えめ。
軽やかな酸味。
……ブドウ、か。
……いや、もっと繊細だ。
緑のスライム。
地面に広がった緑色の粘液。
その匂いは——
……青々しい植物の香り。
奥にトロピカルな甘み。
強めの酸味。
……キウイ、か。
……熟した、南方の果実っぽい。
三つの香り。
それぞれ違う。
しかし、共通していえるのは——
『フルーティ』。
(こ、こいつは——)
アルドの口の奥から、じゅるりと唾液が湧いてくる。
地面に広がった、赤い粘液を指ですくった。
ぶよん、と震えるゼリー質。
その指を——口に、運んだ。
……。
……うまっ。
じゅわっ、と舌の上でほどける甘み。
追いかけてくる強めの酸味。
最後に、ぴりっとした爽やかな刺激。
まるで——
完熟したリンゴを皮ごとかじって、果汁を吸い込んだような。
いや、それ以上。
果実のエッセンスを、ぎゅっと凝縮したような。
甘酸っぱさが、口の中で爆発する。
(う、うますぎる——っ!)
次は——青。
半透明の青。
冷たい感触。
口に運ぶ。
……。
……あー、これこれ。これも美味い!
舌の上で弾ける清涼感。
鼻から抜ける、爽やかな甘み。
雑味ゼロ。
冷たい泉の水で洗った、瑞々しいブドウを口に含んだような。
澄んだ味。
飲んでもいける。
ジュースで、ぐびっといきたいね。
次は、緑。
ねっとりした、粘度。
……。
……ぁああー、こいつもーたまらんっ!
とろっ、と舌に絡みつく、トロピカルな甘み。
追いかけてくる、強烈な酸味。
奥から滲み出る、青々しい香り。
まるで——
南方の果実園で、熟したキウイを丸ごと頬張ったような、濃厚で深い味わい。
舌の上に、いつまでも余韻が残る。
(くぅぅぅ——っ!うますぎる——っ!)
アルドは、夢中で、貪った。
赤を、すくい。
青を、すくい。
緑を、すくい。
次々に口に運ぶ。
止まらない。
アルド史上——
最高のデザート体験。
未完の、完成された味。
ふと、視線を感じてアルドは後ろを見た。
……。
バルド、ミーシャ、ゴッツ。
そしてジェイル。
四人とも——
ドン引きだった。
「ちょ、ちょっと、トンソクっ!?ダメだよっ!地面に落ちてるもの食べたらっ!」
ぺし、ぺし、と、アルドの頭を叩く。
(いやー、待て、待てって。これは、地面に落ちてる「もの」じゃなくて、食材だって。高級な味がするんだって!)
アルドは、もう一掬い口に運んだ。
「もーっ!トンソクってばーっ!卑しいんだからー」
「な、なんなんだよ、こいつ……やっぱりオークじゃねぇか」
「スライムを食う。同じモンスターでも食うんだな……」
「スカベンジャー……」
ミーシャが、目を、伏せた。
「もう、見てられません……」
ジェイルは何も言わなかった。
ただ、その目は『やっぱり……ただのオークかもしれない』と侮蔑の眼差しに変わっていた。
(あー、まあ、これはこれで結果オーライか?)
アルドは、内心で苦笑した。
死骸を漁る様は完全にオーク。
体の中で力が弾ける。
レベルが上がった。
三つも。
冷めた視線が気持ちいいぜっ!




