第二十四話「ダンジョンと、嗅覚と、あと先導」
翌朝。
ヴェルニード城下町の、北門。
まだ、夜が明けきらない薄明の時刻。
冷たい朝霧が立ち込めている。
その中に、五つの影が集まっていた。
「おはようさん」
バルドが顔を強張らせながら挨拶する。
昨日とは、見違えるような装備。
革鎧に鋼のプレート。
腰にバトルアックス。
背中には冒険者用革袋を背負い、ベルトには薬瓶がずらり。
ミーシャも、紺色の魔法ローブ。
杖の先端の宝玉も、魔力が充填されているようで光輝いている。
ゴッツは、薄い革鎧に短剣二本。
背中にはバルドと同じ、背負うタイプの革袋。
ベルトにはレンジャー用道具一式。
三人とも装備は万全だった。
昨日のうらぶれた印象はどこへやら。
なけなしの金で装備を揃えてきたのだろう。
今日が勝負所。
その覚悟が漂っていた。
しかし。
アルドは、デカい鼻で笑った。
態度もデカかった。
冒険者は装備が命。
目的に合わせて装備を整えなければ、命に関わって来る。
今回は調査依頼。
何日も潜る訳じゃないのに重装備。
重装備は移動するだけで体力は削られるし、いざという時逃げづらい。
歳をくってても、そんな『基本のき』も知らないとは。
(そんなだからランクダウンするんだっつーの。真面目にやれよ)
「よっ、お待たせっ」
遅れてジェイルが現れた。
軽装。
いつもの革鎧に腰と背中に、剣二本。
肩にリュックが一つ。
それだけ。
アルドは内心で感心した。
ダンジョン調査といえば、そう。
若手筆頭名乗るだけあるわ。
お前は合格な!
問題なしっ。
ジェイルは知らない間に、ずいぶん年下のアルドから合格をもらっていた。
それより問題があるのはアルドの方だろう。
「おはよーございますっ!ジェイルさんっ」
リアだ。
……いつも通りの。
本当にいつも通り。
簡素なワンピース。
手には小さなランチボックス。
以上。
ピクニックか?
そしてアルドはロングソード1本。
服すら着ていない。
モンスターだものっ。
考えてみれば当然。
リアは昨日、冒険者になったばっかり。
装備を揃える時間も知識も金もない。
金貨四枚は村に持って帰る分。
手を付けるわけにはいかない。
結果、ピクニック装備。
「トンソク、今日は頑張るんだよっ!」
リアがアルドの腹をぽふぽふと叩いた。
痛くもないが鬱陶しい。
やる気は結構だが、邪魔にしかならない。
アルドは改めて仲間の貧弱さに気づいた。
俺だけなら、なんとでもなる。
自信はある。
けど、ロートルパーティに、子供のおまけ付き。
ハンデ大きすぎない?
「……お前ら、本当にそれで行くのか?」
一方バルドの方も、リアとアルドを見て引いていた。
「もちろんっ行きますよっ!トンソクがいないと困るでしょ!」
「あ、ああ……」
バルドがミーシャと、顔を見合わせる。
ミーシャがそっと目を伏せた。
……覚悟を決めるしかない、と顔に書いてある。
「ま、気楽に行こうぜ」
ジェイルが軽く笑う。
「うんっ!楽しみだねっ!」
ピクニックじゃねぇんだって!
アルドは頭を抱えた。
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ヴェルニードの北、徒歩で1時間ほど。
森の中、岩肌の露出した斜面に、ぽっかりと黒い穴が口を開けていた。
大人が四人並んで入れるほどの大きさ。
入口は漆黒。
しかし、奥にぼんやりとした青白い光。
「これが、今回の調査対象、『ノドンの穴』だ」
バルドが立ち止まり、穴を見上げた。
「地下三階構造。マップは持ってきた」
リュックから羊皮紙を取り出し説明する。
「もともとは、新人冒険者の訓練にも使われる攻略済みダンジョンだ。ボスモンスターは出ねぇ。だが、最近——」
バルドが真剣な顔つきで続けた。
「冒険者の行方不明が続いてる。三組が消えた。雑魚しか出ねぇはずのダンジョンで、だ」
「だから、調査ってわけだな。何かが棲みついたか……それとも……」
ジェイルが考え込む。
ダンジョン。
勇者時代に嫌というほど攻略した。
ダンジョンってのは、生き物。
正確には、生き物そのものじゃないが——
人工の構造物。
魔王軍が、魔力で地脈に穴を穿ち、空間を歪めて作り出す。
だからトラップがある。
宝箱もある。
ボスモンスターもいる。
自然の洞窟に見えても、その内側には必ず魔王軍の意図が刻まれている。
……ここは、もう攻略済みのダンジョンらしい。
危険はないはずだ。
……それが変わった。
その「変わってしまった何か」を、突き止めるのが今回の依頼。
「全員、準備はいいか!」
ジェイルが激を飛ばす。
「おうっ」
バルドたちが応える。
アルドは、ふんと鼻を鳴らした。
まあ、ここまで来たら、行くしかない。
一行は、穴の中へと消えていく。
---
ダンジョンの中は、ひんやりとしていた。
外の乾いた冷たさとは違う、湿った、石の冷気。
天井は高く、ぼんやりと青白く発光している。
不思議な光。
松明も魔法も要らない。
ダンジョンが、勝手に光っている。
冒険者を誘うように。
歩くのに、不自由は、ない。
通路は、まっすぐ奥へ続く。
所々で、左右に分岐。
……すん、すん。
空気の流れ。
モンスターの匂い。
水の湿り気。
ダンジョンの中のすべての情報が、嗅覚を通してアルドに流れ込んでくる。
風は——
奥から、緩やかに流れている。
ということは、出口もしくは空気穴が、そこにある。
モンスターの匂いは——
いる。
複数。
強さは——
弱い。
雑魚クラス。
(うーん、しょうもない普通のダンジョンだな。さっさと進むにかぎるぜ)
しかし——
先頭の、バルドは慎重だった。
「……ゴッツ、敵は」
「……いない、おそらく大丈夫なはずだ」
「おそらく、かよ」
「俺、レンジャーだけど、探知はそこそこなんだって、何度も言ってんだろ」
「くそっ、頼りにならねぇ」
「ジェイル、頼む」
「いや、俺だって専門じゃねぇっつーの」
ぼそぼそ、と、話し合っている。
数メートル進んでは、止まる。
壁を、確認する。
床を棒で突く。
また、数メートル、進む。
慎重。
めちゃくちゃ慎重。
慎重すぎだ!
いや、慎重なのは良いことだ。
罠の可能性だってある。
モンスターの待ち伏せも、ある。
ベテラン冒険者ってのは、こういうもんだ。
しかし——
遅すぎる。
このペースだと、地下一階を踏破するだけで、丸一日。
地下三階まで、調査するのに何日かけるんだ。
期日もあるよな?
あー、もういい。
面倒くせぇ。
このまま、ぐずぐず、やってたら——
餓死する。
モンスターに殺されるんじゃなくて、こいつらに殺される。
くそっ、こうなったら——
アルドは、ずんと前に出た。
「お、おい、ブタくん?危ないぞ!」
ジェイルが忠告するが、構わず先へ。
鼻で風の流れを読みながら、モンスターの匂いを辿る。
「トンソクっ、待ってよぉっ!」
リアが慌てて追いかけた。
「ちょ、おい、嬢ちゃん——」
バルドが、止めようとするも間に合わない。
仕方がない、追う。
「……」
ジェイルだけは、観察するようにアルドの背中を見ていた。
アルドは振り返りもせず、ずんずん歩いた。
オークの嗅覚を舐めるなって。
入口、出口、空間の大きさ。
モンスターの位置、強さ、種類。
全部、わかる。
罠も、わかる。
罠ってのは、独特の金属や魔力の匂いを放っている。
通路を歩いていてもガンガン匂ってくる。
視覚に頼るよりよっぽど正確。
一行は、半信半疑ながらワイルドオークの後をついていく。
通路を進む。
分岐に差し掛かる。
アルドは、迷わず右へ。
左は——濃い淀んだ匂い。行き止まり。
右は——薄い流れのある匂い。先に空間がある。
しばらく進むと、また分岐。
今度は左。
右、右、中央、左、中央、右。
また、しばらく進むと——
階段が、下へ続いていた。
「お、おい、もう、地下二階か?」
バルドが目を見開いた。
「速ぇ……ダンジョンマップを確認する間もなかったぞ……」
ゴッツが、ぽかんと口を開けている。
ジェイルが答える。
「嗅覚だ。風の流れ、空気の濃さ、湿気、モンスターの匂い——全部、嗅ぎ分けてる」
「本当にそんなことが……」
三人が、改めて、オークを見た。
これが——
ワイルドオークの本領。
「すごいねっ、トンソクっ!えらいえらい!」
リアがぴょんぴょん跳ねて、アルドの頭を撫でる。
褒められても、嬉しくねぇっつーの!
いや、ホントだってば!
---
地下二階。
通路の構造が、地下一階より、明らかに複雑だった。
分岐が多く行き止まりばかり。
しかし——
アルドには関係ない。
すん、すん、すん。
全部嗅覚でわかる。
しばらく、進むと——
ぴたり、とアルドが立ち止まった。
後ろの一行も、慌てて足を止めた。
アルドは、ゆっくりと振り返り、親指で合図を送る。
……モンスターがいる。
それを伝える、合図。
「曲がり角の、向こうか」
「ああ、ブタくんが何かを感じてる」
アルドは、くんくんともう一度空気を嗅ぐ。
……ぬるい、湿った植物のような、独特の匂い。
……それが三種類。
……微かに、違う。
おそらくスライム。
スライムは——
舐めると痛い目を見る。
多種多様な進化形態。
物理攻撃が効きにくい。
場合によっては、属性耐性もある。
もっとも、アルドに苦労した覚えは全くないが。
リアが狙われたら厄介——
「みんな、準備しろ。行くぞ!」
ジェイルが、剣を握る。
しかし——
アルドは、すでに、駆け出していた。
曲がり角の奥へ。
「お、おいっ、先走るなっ!」
ジェイルが、慌てて追いかけた。
「ま、待ってっー、トンソクっ!」
リアも追いかけようとするが……。
「待ってろっ!そこを動くな!バルドたちも!」
走りながらも、的確に指示を出すジェイル。
(スライム如きにお前らの出番はねぇって!)
アルドのワイルドダッシュが、火を噴いた。
地を、蹴って——
駆ける——
ワイルドオークの本気。
曲がり角を、曲がった先の——
三体のスライムへ。
アルドは、襲いかかった。




