第二十三話「ノルマと、依頼と、あと嗅覚」
「ところで、リアさん。さっそく依頼の話なんだが——」
受付の男が、申し訳なさそうに切り出した。
「あ、それなんだけどっ、私一回村に帰るねっ!この金貨早く渡さなきゃ!それでまた戻ってくるっ!」
「……あっ、ああ、なるほど」
受付の男が、ゆっくりと頷いた。
「気持ちはわかる。わかるんだが——」
言い淀む。
「悪いんだが『月のノルマの仕組み』を、よく聞いてくれ」
受付の男が、机に身を乗り出した。
「ノルマの締めは、登録日に関係なく、『月末』だ」
「……ふぇ?」
「つまり、今月は、あと三日」
リアの笑顔が固まった。
「三日……?」
おい!おっさん、今なんつった?
月末締め?
登録日関係なしで?
待て、待て。
じゃあ、今日登録した奴は三日以内にノルマこなさねぇと、いきなりランクダウンってことか?
ふざけんな。
ブラックかよ。
ブラックギルドかよ。
ちょっとカッコよくなってんじゃねーよ!
「あ、あの……ウルム村まで、馬車で三日の距離にあるんですけど……」
リアが、ぼそぼそと呟いた。
「往復してたら、間に合わない……?」
「うん」
「トンソクならギリギリ間に合うかも。だけど……依頼をする時間が……」
しんと空気が、重くなった。
「あ、あの、依頼だけ受けて、あとでやったらダメですか?」
リアが、必死に、食い下がる。
「ああ、それな」
受付の男が、頷いた。
「依頼には、それぞれ期日が設定されている。例えば、期日二ヶ月の依頼を受けてる最中はランクダウンしない。依頼成功時には二ヶ月分のノルマを果たしたことになる」
「そ、それっそれっ!じゃあ、それ受ければ——」
リアが、目を輝かせるが、受付の男は首を振った。
「期日が長い依頼ってのは、それだけ、難度も高い。今、うちには長い期日の依頼は入ってないよ」
依頼書の束を確認。
ほぼ全部、期日一日、二日程度。
「つまり、月末までに依頼を一個はこなす。そして、一ヶ月以内に戻って来て依頼を受ける必要がある」
リアの、目に、涙が滲んだ。
アルドは、内心で舌打ちした。
とにかく早急に依頼を一個こなす必要がある。
三日以内に。
しかも失敗できない。
くっそ、面倒くせぇ仕組み作りやがって、国の役人どもが。
勇者だった頃なら、王様に直訴してたとこだぞ。
あいにく、今の俺はオークだから言わねーけどな。
ブヒッ。
「すまんジェイル、ちょっといいか」
その時——
ギルドの奥から声がした。
さっき、ジェイルと話していた、痩せた男。
その後ろに、二人連れている。
ひとりは色褪せた赤毛を後ろで一つに束ねた女。
ローブの裾が擦り切れている。
目元に隈。
もうひとりは、白髪混じりの短髪の男。
目尻の皺が深い。
短剣を腰に一本。
三人とも——
なんか、くたびれてる。
顔に生活の疲れが滲み出てやがる。
こいつら、低ランク冒険者パーティだな……。
アルドは、すぐに見抜いた。
別にスキルでランクが見えるわけじゃない。
纏っている覇気、というか、オーラというか。
それで、だいたいの実力が分かる。
こいつらは、たぶんEかFか、その程度。
歳も食ってる。
三十代後半から、四十そこそこ。
冒険者としては、もうベテランの域。
伸びしろがない。
でも、辞められない。
ごまんといる、そういう奴ら。
「ジェイル、こいつら俺のパーティだ」
痩せた男が、紹介する。
「『黒鉄の三日月』。俺がリーダーのバルド」
自分を指差した。
「魔術士のミーシャ」
赤毛の女が、ぺこり、と頭を下げた。
「レンジャーのゴッツ」
白髪混じりの男が、ひらひらと手を振った。
「あと、回復術士のリーンが入院中だ」
あー、なるほどね。
アルドは納得した。
回復役がいない。
しかも、入院してるとなると費用までかかる。
典型的なピンチ。
だからこそ、依頼をこなさなきゃならない。
冒険者の辛いところだ。
「で、さっきの依頼の件だが、お願いできるだろうか」
バルドがジェイルに頭を下げる。
「ダンジョン調査の依頼を、受けたい。Eに戻りてぇ」
「……ダンジョン調査か。期日は?」
「二日」
「ふむ……正直、気乗りしねぇな」
「な、なんでだ?」
「討伐じゃなく、調査だろ?つまり、何がいるかわからんってことだ」
「……ああ」
「索敵が命だ。誰がやる?」
バルドが、ゴッツを見た。
索敵はレンジャーの得意分野のひとつ。
ゴッツが、首を横を振った。
ダメなようだ。
「俺だって索敵は専門じゃねぇよ。相手が、強いか弱いか、ぐらいだな。位置も感じられねー」
ジェイルが、ため息をついた。
バルドが、目を伏せる。
隣のミーシャが、静かに口を開いた。
「ジェイルさん、それでも、お願いできませんか?リーンの入院費、もう限界なんです。次の依頼をこなさないと——」
「……」
ジェイルが考え込む。
わかってる。
わかってはいるが、危険だ。
自分ひとりなら、どんなモンスターがいても逃げ切れる自信はある。
しかし、パーティを引き連れて生還となると、話は変わってくる。
下手すれば共倒れ。
一方アルドは、興味なさそうに腕を組んでいた。
リアの素材売却が終わったし、さっさと宿に戻りたいのだ。
他人の事情に、首を突っ込む趣味、なし。
というか今は依頼を受けて、三日以内にクリアしないといけないのだ。
他人に構っている時間はない。
その時——
「あ、あのっ」
リアが、話に割り込んできた。
……おい?まさか!
まさかだよな!
「私、一緒に行きましょうか?」
出たよ。
出ました。
出しゃばり、考えなしの、向こう見ず。
「ダンジョンでしょっ、私も一緒に行くっ!」
やめろ!やめろ!やめとけって!
お前、今日、冒険者になったばっかりだろうがっ!
「あ、あの、リアさん——」
受付の男が、慌てた。
「いや、それは、難度が高すぎる。あなたは今日、登録したばかりの——」
「だってっ、月のノルマあるって言ったよね?」
「そ、それはそうだが——」
「ちょうど依頼受けないといけないし、私も連れてってもらえばノルマ達成だしっ、皆さんも助かるしっ、いいことばっかりだよっ!」
リアが、目を輝かせる。
「いやしかし、命の危険があるんだ。君を守っている余裕なんかない」
バルドが強い口調で諭す。
世間知らずに苛立っている。
「だいじょーぶっ!だって、私にはトンソクが、いるからっ!」
……俺?
アルドの背中に嫌な汗が流れる。
「トンソクはねっ!匂いでモンスターの場所がわかるんだよっ!強さとか、種類も!」
……いや、分かるけども!
皆が一斉にアルドを見た。
……やめろ、そんな目で見るな。
まぁ言いたくないけど。
ホントはわかる。
超わかる。
だからって、なんで俺がモンスター調査に参加せねばならんのだ!
勇者だぞ!
「……ふーん」
ジェイルが目を細める。
「そりゃ大したもんだ、嬢ちゃん」
「でしょっ!」
「ま、その話が本当だったら、な」
ジェイルが、にやりと笑った。
しかし、目は決して笑ってなどいない。
「口で言うのは簡単だ」
ジェイルが、両こぶしを前に突き出した。
「テストさせてもらうぜ」
……なんで?
「俺の、どっちかの手にコインが入ってる」
……いや、話が勝手に進んでますけど?
「ブタくん、当ててみな!」
……行くなんていってねーじゃねーかよ!
アルドは内心で頭を抱えた。
だからって、ここまで来たら、やらないと話が終わらないだろう。
わざと外すか?
笑いものになるか?
勇者アルドが?このチンピラ共の笑いものに?
耐えられるかよっ馬鹿野郎がっ!
アルドは、すっくと立ち上がった。
くん、くん。
匂いを嗅ぐ。
……。
金属の匂い。
ほんの、わずかな酸化臭。
冷たく、固い、独特の香り。
それを辿って。
……ん?
……なるほど、ね。
アルドはゆっくりとジェイル目を見た。
やはりジェイルの目は笑っていない。
真剣そのもの。
試している。
こいつ……。
じゃあ、こっちも——
お返しさせてもらうぜ。
アルドは、両手をばっと広げた。
そして——
べろんと舌を出す。
ジェイルに向かって、思いっきり変顔を決めた。
ぶひひっ。
「ちょっと、トンソクっ!ふざけちゃだめーっ!ちゃんと当てなさいっ!もー」
リアが、ぺしぺしと、アルドの頭を叩く。
アルドは、もう一度ブヒっと笑った。
「……正解だよ」
ジェイルが、ゆっくりと両手を開いた。
空っぽ。
どちらの手にも、コインはなかった。
「最初からコインなんてなかった」
「な——っ!?」
バルドが、声を上げた。
「ま、まじか、ジェイル!テストの仕方がエグいぞ!?」
「……どうやら本物、のようだな。普通は適当に指をさすだろう。それが、完全に見切っていた」
ジェイルが、にやりと笑った。
「で、こいつは両手が空だってことを伝えて、そのうえ俺を意図まで看破しやがった。ベロ出して、ふざけた。それが答えだ」
わかってんじゃねーか。
アルドは、ふんと鼻を鳴らした。
「嬢ちゃん」
ジェイルが、リアを、見た。
「疑って悪かったな。お前さんのトンソクは本物だ」
「ねっ! すごいでしょっ!私のトンソクは、世界一のオークなんだからっ!」
リアが誇らしげに胸を張る。
いやー、そんな褒められ方しても、嬉しくはねーけどな……。
いや、嬉しくないってば。
「分かった。ダンジョン調査、引き受けるぜ。嬢ちゃんとブタくんも一緒だ」
「ありがてぇっ!恩に着る、ジェイル!」
「気にすんなって。あんたらも、辛いとこなんだろ?」
ミーシャが、目を伏せた。
ゴッツも、ふうっ、と息を吐く。
三人の肩の力が抜けたのが見て取れた。
「やったぁっ!初めての依頼っ、ダンジョン調査っ!楽しみーっ!」
リアが、ぴょんぴょん、と跳ねた。
こいつだけは危機感が足りない。
いや、ないのか?
頼むから、足ひっぱらないでくれよ?




