第二十二話「規約と、正義と、あと宣言」
「それで、あの、冒険者登録できますか?」
リアが改めて受付の男に聞いた。
鳩が豆鉄砲くらった顔をしていた受付の男が、慌てて頷いた。
「あ、ああ。もちろん。身分証が確認できれば登録は可能だよ」
「やったぁっ!」
リアがガッツポーズ。
受付の男が、机の引き出しから、羊皮紙を取り出した。
冒険者登録の申請用紙だ。
「では、規約の説明を——」
「知ってるから大丈夫!」
リアが、即答。
「んふふ。こう見えても将来は冒険者もありえると思ってたの。これはチャンス。きっと神様の啓示ね。手数料も安くなるし、いい事づくめ!」
「お嬢——いや、リ、リアさん、メリット以外に——」
「だいじょーぶ、だいじょーぶっ!」
リアが、ぐいと、受付に身を乗り出した。
「サインここでいいの?あと職業はテイマー。ん?一流テイマーにしとこ。テイムモンスターは、トンソクっと」
「あ、いや、ちょっと待って——」
受付の男が、ぱくぱく、と口を動かそうとするが言葉がでない。
ジャイアントゴブリンを討伐した(と言い張っている)テイマー。
年齢は十六歳。
登録の権利はある。
法的に止める理由はない。
もちろん拒否することも出来るが、あえて拒否はしない。
リアのぐにゃぐにゃとした、下手な字でサインが完了した。
受付の男が、ふぅ、と息を吐く。
諦めの、そして安堵のため息だった。
(……まあ、こいつの自己責任だし、いいか)
アルドは、内心で、肩をすくめた。
冒険者は、規約だの、義務だのあるが。
知ったことか。
俺はテイムされてるモンスターだからな。
ご主人様の決定には逆らえん。
手数料も安くなるしな。
どうせ1カ月の間に依頼をこなせなければ、『資格剥奪』になるんだ。
今だけ喜ばせてやるか。
「では——」
受付の男が申請書を受け取り、羊皮紙に何かを記入していく。
しばらくして、机の下から一枚の薄い金属札を取り出した。
手のひらサイズ、灰色のシンプルな札。
下の方に、ぽつんと「G」の文字。
「はい。これがリアさんの冒険者カード。Gランクからスタートだよ」
「冒険者カードっ!」
リアが両手で札を受け取り、誇らしげに頭上に掲げる。
「では、買取金額の再計算を——金貨十枚から、税金五枚、手数料一枚。残り金貨四枚だ」
「やった——っ!」
金貨二枚分の得。
これは大きい。
リアにとっても満足のいく金額。
ちゃり、ちゃりと硬貨同士の重い音。
リアが、革袋を両手で受け取った。
ずっしりと重かった。
「ありがとうございますっ!」
ぺこり、と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。貴重な素材をありがとう」
受付の男も頭を下げた。
が、その表情には、どこか苦そうな影があった。
(……ん?)
アルドの、鼻が、ぴくりと動いた。
この匂い。
何かを隠している。
後ろめたさが染み出している。
しかし、受付の男はすぐに笑顔に戻った。
---
このままジェイルをほったらかして帰るわけにもいかない。
しばらく待つ。
アルドは、ぼんやりとギルドの中を見回した。
ジェイルは、まだ奥の机で痩せた男と話していた。
深刻そうな顔。
時々男が何かを必死に訴えている様子だった。
冒険者の世界の内輪話。
今の俺には関係ない。
それよりモンスターの情報が欲しい。
新種を食ってレベルを上げねば。
アルドはギルドの壁をねめあげる。
依頼の貼り紙がずらり。
「ゴブリンの巣の駆除、報酬・銀貨五枚」
「迷子の犬の捜索、報酬・銅貨三枚」
「町の城壁の補修工事、人員募集、日当・銅貨八枚」
「商隊の護衛、往復、報酬・銀貨十枚」
「下水道の清掃、報酬・銅貨二枚(食事付き)」
(……うわ)
アルドは、内心で、目を丸くした。
下水道の清掃、銅貨二枚。
犬の捜索が、銅貨三枚。
下々の冒険者ってのは、こんなことやってんのか。
勇者時代に依頼を受けたといえば、「魔王軍の侵攻を食い止めろ」だの、「呪われた古城を制圧しろ」だの、そういうのばっかりだった。
報酬も、金貨単位、最低でも数百枚が当たり前。
しかし——
ここに貼られている依頼の上限は、たかが知れている。
ジェイルみたいな若手筆頭でも銀貨十枚の護衛任務とか。
F、Gランクとなれば、銅貨単位。
ここから税と手数料を引かれる。
(……これで暮らしていけるのか?普通に働いた方が良くね?趣味か……命を懸けるのが趣味とは恐れ入るぜ)
アルドは、しみじみと頷いた。
冒険者はこうやって必死に毎日を生きている。
ジャイアントゴブリン素材で金貨四枚。
宝くじに当たったも同然だ。
勇者が命を張ったにしては安いが文句はいうまい。
なんて謙虚なんだ。
ここに教会のシスターがいたら、涙を流しながら神に祈りを捧げるだろう。
聖者がいますってな。
---
「よー、待たせたな、嬢ち——」
ジェイルが戻ってきた。
しかし——
次の瞬間、彼の表情が凍りついた。
リアの手の中の、灰色の金属札。
Gランクの冒険者カード。
ジェイルの目が見開かれた。
顔から血の気が引いていく。
「そ……それって……まさか」
「うん!冒険者カード!私、冒険者登録したのっ!」
リアが誇らしげにカードを突き出す。
「これで手数料が減って、金貨二枚分多くもらえたんだっ!」
ジェイルの目が、リアから受付の男へ。
すぐに、つかつかと、受付に詰め寄った。
軽妙な好青年は消えて失せ、代わりに明確な怒気を纏った冒険者がそこにいた。
「おい、おっちゃん……」
低い声。
「こんな子供を、冒険者にしたのか——っ!?」
ガンッ、と。
受付の机をこぶしで叩いた。
ギルド中の、視線が集まる。
「ジェイル、ジェイル、まあ、待てって」
「待てるかよっ!規約違反だろうがっ!」
「彼女は成人だ。十六歳。身分証も確認した」
「……は?」
ジェイルの動きが、止まった。
「……十六、だと?」
「ああ。本人が登録を希望している以上、止める理由は、ない」
ジェイルが、ゆっくりと、リアを振り返った。
絶句。
「お、お嬢ちゃん……十六、なの……?」
「うんっ!」
リアが、にこにこと、頷いた。
「今年、なったばっかり!」
「な……」
ジェイルが額に手を当てて、大きくため息をつく。
「マジか……完全に……騙された……」
(わはは、お前も勘違いしてた口かよ!)
アルドは、内心で思わず爆笑した。
しかし、すぐに、納得。
ジェイルが、リアを「子供」だと思っていたのなら——
彼が、リアに親切にしていた理由。
辻褄が合う。
「なぁジェイル、落ち着けって」
受付の男がなだめる。
「彼女が自分から登録したいといったんだ。俺たちはその手続きをしただけ」
「だがな、おっちゃん!わかってんだろっ!?今、この国の規約が、どう変わってるのかさ!?」
「……勿論わかってるさ」
「月のノルマを果たせないとランクダウン——」
ジェイルが続けた。
「Gがランクダウンしたら——資格剥奪。五年間、再登録不可」
「ああ」
「さらに——」
ジェイルがぐっ、とこぶしを握る。
「罰則として強制労働、または違約金、金貨十枚っ!」
……は?
今なんつった?
強制労働?
違約金?
知らねーぞ、そんな罰則!
アホじゃねーのか!
金貨十枚といえば、ジャイアントゴブリンのチャンピオン個体の素材一体分。
Gランクの冒険者が、月のノルマを果たせない程度のことで、そんな金額を払わされる。
しかも払えなければ強制労働。
完全に不当だ。
(こりゃ、何か、裏があんな……)
「彼女には簡単な依頼を優先的に回す。月一回の清掃や、薬草採取。それでもノルマは十分果たせる」
「子供を巻きこむなよ、なぁ、おっちゃん」
「子供じゃない。成人してる」
「それでも!まだ十六だ!」
「お前さんの懸念はわかる。だがな——彼女はジャイアントゴブリンを討伐したといっている。素材は本物だ」
「……」
「真偽は、お前の考えとる通り半信半疑。だがな、彼女が望む以上、登録を断る理由はない」
「だけど、おっちゃん——」
「ジェイル」
受付の男の声が、急に、低くなった。
「ギルドにも、王都から圧力がかかってる。新規冒険者の登録数を増やせとな」
「俺だって、こんな規約には納得してない。酷な制度だってのは、わかってるんだ。だがな——上には、上の事情ってもんがある。俺たちは、それに従うしかない」
ギルドの中が、しん、と静まった。
「だから、その分、彼女には最大限の便宜を図る。それで、勘弁してくれ、な?ジェイル」
なるほどね、わかってきたぜ。
国が冒険者を、増やそうとしている。
しかし、増やすだけじゃ、すぐに辞められて意味がない。
だから『縛り』をつける。
違約金か、強制労働。
逃げ道を塞ぐ。
貧しい者ほど逃げられない。
冒険者を半強制的に続けさせる仕組み。
なぜ、国がそこまでして、冒険者を増やそうとしているのか。
答えは——明白。
魔王軍の侵攻。
ファスタは辺境の小国。
しかし、だからこそ今まで平穏だった。
だがそれは過去の事。
今、国は戦力を必要としている。
冒険者は、安価な消耗品戦力ってわけだ。
……もしかして、俺がいなくなったからか?
たった何日かで、こんなに世界が変わるんか?
「わかったぜ、おっちゃん。俺がこの子を守る。それでいいな?」
「それは構わんが、今でさえ、ランクダウンしそうなパーティの助っ人をしとるじゃないか?体がもたんぞ……」
「だからって目の前で不幸になる人間なんか見てられねーよ。見過ごせねーよ」
アルドは、改めてジェイルを見た。
軽妙な好青年の仮面の下に、燃えるような怒りと正義があった。
弱い冒険者を守るために、ソロで活動する。
ランクダウンしそうなパーティに、援護に入るために。
街の守護神。
さっき、奥の机で痩せた男と話していた件——あれも、たぶんそういう類の話だ。
「先日の件」——どこかのパーティが、ランクダウンしそうで援護を頼んでいたんだ。
どうやらジェイルはそういう男だった。
そして、今また、リアを守ろうとしている。
ジャイアントゴブリンの素材と聞いて、ギルドに連れていけば手数料をエサに、冒険者登録しかねない。
それを避けるために付き添った。
見た目が完全に子供だったから、登録できないと油断した。
しかし、リアは——成人だった。
ジェイルに罪はないのに、強い責任を感じている。
……いい奴じゃねぇか。
アルドは、ふん、と鼻を鳴らした。
昨日の違和感の正体。
あれは悪意じゃなかった。
むしろ、強い正義感だったのだ。
「ジェイルさん、ジェイルさん」
「ん……どうした?嬢ちゃん」
「私、トンソクと一緒だから、大丈夫だよっ!」
リアがにっこり、と笑った。
「ジャイアントゴブリンも倒せたんだし、依頼くらい軽い軽い!!」
「……嬢ちゃん」
ジェイルが、苦そうに笑った。
おい!軽いのはお前の頭だけにしとけ!
ジャイアントゴブリン倒したのお前じゃねーから。
依頼を完遂すればランクが上がる。
ランクが上がれば、依頼の難度が上がる。
ギルドの依頼は強制のものもあるんだぞ!知ってんのか!
いや、知るわけない。
リアは今日冒険者になったのだから。
「そっか、嬢ちゃんが決めたんなら、もう止められねぇな」
「リアにお任せっ!」
リアが、ぴょんぴょんと跳ねた。
冒険者カードを、アルドに見せつけてくる。
「私、冒険者になったよっ!トンソクと一緒に、たくさん依頼こなして、もっとレベルあげるんだーっ!」
痛い痛い。
カードが目に入ってる。
そんなに近づけなくても見えてるからっ!
受付の男も、ジェイルも、ギルド中の冒険者たちも残念そうにリアを見ていた。
誰一人、口を開けなかった。
その無邪気な笑顔の前では、もはや、何も言えなかった。
「トンソク!頑張ろうねっ!」
きらきらと輝く瞳。
子供のような、夢見る瞳。
法的には成人しとるが。
やれやれ。
目標は金貨十枚だな。
それがあれば冒険者を辞められる。
それまでの我慢だ。
ブヒッ。




