第二十話「ギルドと、素材と、あと一括」
翌朝。
アルドは、馬小屋で、ぼんやりと、目を覚ました。
藁の上で、寝返りを打つ。
全身、まだ少し、だるい。
昨日の馬車引きの疲労は、一晩寝ても完全には抜けていない。
(いててて、いくら何でも無茶しすぎたか?俺ももう歳か……)
とはいえ、リアが昨夜こっそり持ってきてくれたメシのおかげで、ある程度腹は回復している。
もっともジャイアントゴブリンの燻製も、ちょろまかして食ったが。
馬小屋の外から、軽快な足音。
「トンソクー、起きてるー?」
リアが入ってきた。
朝の光に薄茶色の髪が、きらきら反射している。
もぞもぞ、とアルドが起き上がる。
「あ、起きてた!はやくはやく、ジェイルさん、もう来てるよ!」
今日はジャイアントゴブリン素材の売却日。
ようやく開始かつ、ようやく本題。
金が手に入れば村に帰れる。
馬車を引く以外に、方法がないというのが気が重いが——
馬小屋の外に、ジェイルが立っていた。
「やぁお嬢ちゃん、早いな」
昨日と同じ軽妙な笑顔。
「ギルド、開いたぜ。行こうか」
「うん——っ!」
リアが、ぴょこんと答えた。
ヴェルニードの、メインストリート。
朝の城下町は、夜とはまた違う風情だ。
露店が並んで、商人が呼び込みをしている。
パンの焼ける匂い、香辛料の香り、新鮮な魚の匂い。
子供たちが走り回っている。
冒険者風の若者たちが、酒場の前でぶらぶらしている。
その中を、ワイルドオークを連れた一行が進んでいく。
今朝も人々がざわついた。
しかし、ジェイルが先導しているのを見ると、すぐに静まる。
すでに町中で噂になっていたらしい。
冒険者ギルドは、メインストリートの突き当たり。
石造りの二階建ての建物。
看板に剣と杖が交差した紋章。
扉は、両開き。
ジェイルが、慣れた手付きで扉を開けた。
「お、おい!オークだ!」
「おい!あれ、ジェイルじゃね?」
「マジか、ジェイルが連れてんのか」
ギルドの中の、冒険者たちが一斉にこちらを見た。
二十人以上、いるか。
武装した強面の連中。
筋骨隆々の戦士、目つきの鋭い狩人、杖を持った魔術師。
一瞬で空気が張り詰めた。
数人は、すでに武器に手をかけている。
殺気——というほどではないが、明確な警戒心。
(おーう、どいつもこいつもオーク一匹に慎重なこって。ご苦労様です)
アルドは、内心で苦笑した。
「みんな落ち着けって。このオークはテイムモンスターだ。問題ねぇよ」
「テイム、だと……?」
ざわつきは、収まらない。
しかし、ジェイルの一言で、武器に手をかけていた者たちがゆっくりと手を離した。
(へぇ……)
アルドは感心した。
ギルドの内でのジェイルの影響力。
昨日の町の人々が、ジェイルを見て安心したのと同じ。
ここは冒険者の世界。
ジェイルの一声で、二十人以上の冒険者が武器を引く。
ただの「若手で人気者」じゃ、こうはならない。
(やっぱり、こいつただ者じゃねぇな……)
しかし、そんなことは二の次。
まずは素材の換金。
ギルドの奥の受付カウンター。
その向こうに、人の良さそうな五十代の男が座っていた。
白髪の混じった髪を、後ろに撫でつけている。
目尻に深い皺。
穏やかな笑顔。
「おや、ジェイルかい。今日は早いね」
「うっす、おっちゃん。ちょっと、変わった客を連れてきたよ」
ジェイルが、リアと、アルドを指差した。
受付の男が、リアを見て、にっこりと笑った。
「おお、可愛いお嬢ちゃんだ。テイマー見習いかな?」
「見習いじゃないよっ!一人前のテイマーだもん!」
受付の男が、ふっと笑った。
目尻の皺が深くなる。
「そりゃまた、立派なこった」
穏やかな声で、続ける。
「で、お嬢ちゃん、そっちのオーク——テイムモンスターのようだね?」
「うんっ!私がテイムしたんだよ!」
「そうかそうか、その年で大したもんだ」
「うんっ!」
その瞬間。
ギルドの中に、笑いが波のように広がった。
「ぶっ、ククッ……」
「は、はははっ!」
「マジかよ、この嬢ちゃん!」
「オークをテイムって、そんな奴いるんだな!」
「むしろお似合いだろ——」
「ハハハハッ!違いねぇ!」
冒険者たちが、腹を抱えて笑い始めた。
いや、まあ、わかる。
オークだのゴブリンだの、上位種でもなければ誰が使役なんぞするかって。
居ても居なくても同じ。
……どころか頭が悪すぎて足を引っ張るのがオチ。
その癖欲求だけはモンスター以上とくれば、面倒をみる意味は皆無。
もっとも子供にはお似合い、と思われてるのかもな。
「あんま、舐めないほうがいいかもしれんぜ」
ジェイルが、横から、口を挟んだ。
軽い口調。
しかし、声の温度は一段下がっていた。
「俺が連れてきたんだ。それなりの理由がある」
しん、と。
ギルド全体が、静まり返った。
アルドは、改めてジェイルを観察した。
ただ笑顔で、軽い口調で、釘を刺しただけ。
それで、二十人以上の冒険者が、空気を読み姿勢を変える。
絶対、Cランクの「若手筆頭」というだけじゃない。
何かある。
「素材の買取お願いしますっ!」
そんな空気を、意に介さずリアが元気に叫ぶ。
アルドは、布で包んであったジャイアントゴブリンの素材を受付台の上に置いた。
ずしりと、重い。
オークの腕力でも、両手で抱えないと無理。
「おやおや、こりゃ、ずいぶん大きいね」
受付の男が、感心したように頷いた。
「中、見せてもらってもいいかい?」
「うん——っ!」
リアが、布を勢いよく解いた。
布の下から、現れたのは——
灰緑色の分厚い皮。
表面には無数の古い戦傷の痕。
大きさは、人間の身長以上。
その独特の、模様、密度、厚み。
受付の男の目が見開かれた。
「……これは……ジャイアントゴブリンの皮——しかも、特殊個体か——」
ギルドの中が、一気に、ざわついた。
「特殊個体だと——っ!?」
「マジかよ、見せろ!」
「うわっ、本物だ……」
「でけぇ、ありえねぇ……」
「チャンピオン級じゃねぇか、これ……!」
冒険者たちが、わらわらと集まって来る。
好奇心と、興奮で、目が輝いている。
さっきまで笑っていた連中も、今は真剣な眼差し。
「……お嬢ちゃん、これジャイアントゴブリンだろ?どうしたんだい?」
受付の男が、リアを、見つめた。
「私のトンソクが倒したの!他にも素材いっぱいあるよ!」
「オークが?ジャイアントゴブリンを?冒険者たちと協力したのかい?」
「違うよ!トンソクだけだもん!」
「うーん、わかったわかった。そういう事にしておくよ」
「もーっ!」
いつの間にか、ギルド中の視線が奇異なものを見る目に変わっていた。
「……とにかく鑑定士を呼んでくる」
そういうと、受付の男が立ち上がり、奥の部屋に消えていった。
仕方ない、待つか。




