第十九話「城下町と、好青年と、あと違和感」
「あ、ロガードさん。なんすか?」
その青年——ジェイルが、近づいてきた。
二十代前半くらいか。
グレーの髪を、無造作に結わえている。
日に焼けた肌。
軽装の革鎧。
腰には、剣。
背中にも、剣。
全体的に、軽やかで、整った顔立ち。
町の若い娘たちが、振り返るタイプの爽やかな青年。
冒険者だと一目で分かる。
しかも、城門の兵士たちがジェイルに会釈をしていた。
どうやら知名度のある冒険者らしい。
「この子はリア。親父の村の娘でな、事情があってヴェルニードに滞在するんだが、見ての通りモンスター連れだ。普通の宿は無理だろう」
ロガードが、リアを、紹介した。
「あー、そりゃそうっすね、モンスターは厳しいっす、ましてやオークじゃ」
ジェイルが、アルドを見て苦笑した。
「で、だ、ジェイル。お前、確か小屋付きの宿知ってるよな?モンスターも馬車も入れられる、あの宿」
「あ、はい、知ってますよ。ヤッシュさんとこでしょ?」
「そうそう。案内してやってもらえんか?」
「いいっすよー。俺、ちょうど、そっちに用事あったんで」
「すまん、助かるよ」
「で、もう一つ頼みたい。明日、この子とオークを、冒険者ギルドまで連れて行ってほしい。素材の売却に行くんだが、子供一人とモンスターじゃ難しいだろう」
「うっす、了解、了解、隊長さんには世話になってるっすから、お安い御用」
「それより、どんな素材——」
ジェイルが、ふと馬車の方を見た。
ジャイアントゴブリンの素材を。
「……ふーん、こりゃまた」
ロガードが、苦笑した。
「確かに俺が付いて行った方が良さそうっすね。でないと——」
——ん?
アルドは、ぴくり、と、耳を動かした。
今、何か——
ジェイルの「でないと——」の続きの一言。
それは、何だ?
単なる興味があるだけじゃない。
もっと、別の何かが奥に含まれている感じ。
目の奥。
ほんの一瞬、よぎった、何か。
闘気?
殺気?
それとも——
(気のせい、か……?)
アルドは、首を傾げた。
しかし、勇者の直感が、何かを警告していた。
危険、というほどではない。
ただ何か引っかかる。
いい青年だ。
軽やかで、爽やかで、面倒見が良さそう。
ロガード隊長の信頼も、厚い。
しかし——
ジャイアントゴブリンの素材を見た時のあの目。
あれは普通じゃなかった。
「ジェイル、頼んだぞ」
ロガードが、ジェイルの肩を叩いた。
「リア、何かあれば警備所に来い。俺がいるからな」
「うん、ありがとう、ロガードさーん!」
リアが、無邪気に、手を振る。
「じゃ、お嬢ちゃん。俺についてきな」
ジェイルが、リアににっこりと笑いかけた。
「ヴェルニードへ、ようこそ」
「ありがとー!」
リアが、ぴょこんと御者台に乗るとジェイルの後に続いた。
城門をくぐると、そこはヴェルニードの内側、夕暮れの城下町。
メインストリートは石畳の、広い道。
両側には商店がぎっしり。
肉屋、八百屋、鍛冶屋、仕立て屋、酒場、宝石店。
看板が、賑やかに街を飾る。
人々が、続々と行き交っている。
商人、旅人、冒険者、職人、貴婦人、子供。
活気のある町だった。
ウルムとは大違いだ。
しかし——
アルドが入ってくると、人々が立ち止まった。
「お、おい、見ろよ、あれ——」
「オークか?なんで街中にモンスターが?」
「テイムされてるみたいだぞ……」
「あ、ジェイルがいる」
「ジェイルさんがいるなら、大丈夫か」
ざわつきは起きるが、パニックにはならなかった。
ジェイルの存在が大きいようだ。
町中の人々がジェイルを知っている。
ジェイルなら安心。
そういう、暗黙の了解があった。
(ほう、なかなか信頼されてるじゃないか……。まぁ俺だったら人だかりになってたがな。前はこんな風に街を歩けもしなかったぜ)
アルドは興味深く観察していた。
世界を旅していたが、世俗には明るくない。
というか、世間一般に疎い。
勇者時代に、何人かの一流冒険者には会ったこともある。
しかし、彼らがどんな扱いを受けて、どんな暮らしをしていたかは知らない。
興味もなかった。
力と、信頼と、評判。
それらが、町の人々にどんな影響を与えていたのか、初めて実感していた。
「あの——、ジェイルさんって、有名なの?」
御者台からリアがジェイルに話しかけた。
「うーん、あー、まあ、それなりかな」
ジェイルが、苦笑する。
「俺、ソロのCランクなんだ。結構珍しいかもね?」
「ソロ——っ!しかもCランク!?」
リアが、目を見開いた。
「すごーい!うちの村なんて、冒険者さんすら来てくれないのに!そんな凄い人見たことないよっ!」
「あはは、ま、ヴェルニードは大きい町だから。つっても王都に行けばもっと高ランク者がいくらでもいるさ」
ジェイルが、軽く笑った。
完璧な冒険者。
愛想がよくて、軽妙で、頼り甲斐がある。
完璧すぎる。
さっきの視線は何だったのか?
---
しばらく歩いて——
メインストリートから、一本、脇道に入った。
徐々に建物が古びていく。
石畳が不均一になり、ところどころ欠けている所も。
看板が剥げ落ちている店もあった。
通行人も、だんだん減っていく。
いわゆる、裏町。
「ここだ」
ジェイルが一軒の宿屋を指差した。
古い二階建ての木造建築。
看板は辛うじて「ヤッシュ亭」と書いてあるようだ。
壁は剥げ落ち、戸はぎぃぎぃと悲鳴を上げている。
おいおい、なんだこれ?宿か?
アルドは、心の中で、げんなりした。
しかし、建物の脇に、馬小屋がある。
なるほど、馬小屋付き。
モンスターを連れた客でも入れる宿。
なら、これしかないか。
「ヤッシュさーん、いるー?」
ジェイルが戸をノックした。
中から、ぼそぼそと返事があった。
「あいよー、ジェイルかい」
戸が開いた。
禿げ頭の五十代の男。
目つきは悪いが、悪人ではなさそう。
「客連れてきたよ。テイマー見習いの嬢ちゃんと、その、テイムモンスター」
「うへぇ……オークかい」
ヤッシュは、アルドを見て、顔をしかめた。
「……まあいいや。ジェイルの紹介なら、断れねぇ。馬小屋、空いてるよ。一泊銀貨一枚な」
「俺が払うよ」
ジェイルが、銀貨を放り投げると、ヤッシュが器用に片手でキャッチした。
「あ、ジェイルさん、お金は私たちが——」
リアが、慌てて、財布を取り出そうとした。
「いいよ、これくらい」
ジェイルが、にっこり笑った。
「明日、ギルドで素材売ったらメシでもおごってよ。それで貸し借りなしだ」
「あ、はい! ありがとうございます!」
アルドは、内心で唸った。
いい人ぶってる、というほどではない。
粋な気遣い。
好青年の立ち振る舞い。
しかし——
なんでだ。
なんで、こんなにザワつくんだ?
---
「じゃ、お嬢ちゃんは二階の一番奥の部屋ね」
そう言ってヤッシュがリアに鍵を手渡した。
「オークは馬小屋ね。馬車もそこに止めときな」
「わかりました!」
リアが嬉しそうに、鍵を受け取った。
馬小屋は宿屋の隣。
木造の簡素な建物。
藁が敷いてあるが馬はいない。
空だ。
はいはい、馬小屋ですね……。
もう慣れちまったよ!
ブヒッ!
アルドは入り口でハーネスを投げ飛ばすと、慣れた手つきで藁を整える。
元勇者の一番の友が馬小屋。
しかし、そんな事は言ってられない。
脚の力が抜けた。
へろへろ上にふらふらだ。
藁の上に、どっかりと倒れ込んだ。
藁がふかふか。
体が沈み込む。
甘美な寝心地に意識が遠のく。
(……まあ、いいや。寝るとこあるなら、文句言わねぇでやる……)
疲労困憊。
馬小屋だろうが城だろうが、もうどうでもよかった。
「じゃ、トンソク、ご飯、後で持ってくるね!」
リアが、馬小屋の入口から手を振った。
「じゃ、俺は明日の朝、迎えに来るからな。ギルドが開いたら、すぐの方がいいだろ?」
「はい!よろしくお願いします!」
ジェイルが、軽く手を振って宿屋を出ていった。
---
馬小屋に、アルド一人が残された。
外はもうすっかり暗い。
月明かりが、馬小屋の隙間から差し込み幻想的な景色を作り出している。
藁の上で横たわりながら、ぼんやりと考えていた。
あのジェイル、ってやつ……いい奴、なんだろう。
たぶん。
リアにとって頼れる味方。
ロガードって隊長の信頼も厚い。
町の人々からの評判も最高。
いるのか?そんな奴?
冒険者は一癖も二癖もあるやつが多い。
それはむしろ誇るべき。
いい奴から死んでいく。
世の常だ。
冒険者はSランクからGランクまでの8段階ある。
もちろんSが上でGが下。
ほとんどがパーティだ。
あの若さでCランクはかなりデキる。
一生かけてもCになれない奴の方が多いからな。
あ?勇者パーティは何ランクだって?
Sの上、言ってみればSS、いやSSSか。
勇者パーティはこの世界で1組だけ。
勇者アルドがパーティを組んだら、それが勇者パーティだ。
ちなみに勇者パーティに欠員がでたらSランクから補充する。
いわば補欠、だな。
S、Aは国が直轄で管理しているから、ギルドが動かせる最高戦力はBランク。
それを考えればCがどれだけすごいか分かるだろ。
それが、純粋な好意でリアを助ける?
不自然だ。
アルドは目を閉じた。
勇者の直感。
それが、警告している。
危険はない。
なにせアルドが付いているのだ。
アルドの腹が、ぐぅーと、鳴った。
(……くそっ、リア、メシ、はやく持ってこいよ!)
不穏な空気の中でも、結局腹は減る。
明日が始まる前に、まずは今夜も燻製を食うか。




