第十八話「城門と、隊長と、あと冒険者」
翌日の、まだ日が沈まないうちに——
ヴェルニードの、城壁が見えてきた。
高さ十メートル。
灰色の石を積み上げて作られた、堅牢な城壁。
その上に見張り台。
兵士の姿もちらほら。
城門は開いていて、人と馬車が列を作って出入りしている。
馬車で三日かかる距離を、一日半で踏破。
ワイルドオーク恐るべし。
「ヴェルニードだー!ついたぁぁぁ——!!」
御者台のリアが、目を、きらきらさせて叫んでいた。
「お城だ!お城だよ、トンソク!大きいー!高いー!」
一方、アルドは——
「ブ……ヒ……」
半分、死んでいた。
全身、汗だく。
息は、切れ切れ。
舌は、出っぱなし。
脚は、ガクガク。
時速40キロ越えで一日半。
走って、走って、走り続けて。
今、アルドの魂は、ほぼ抜け殻だった。
(着いたのは、めでてぇ……が、町の移動で全力疾走させんなよ……人間なら死んでるぜ)
心の中で、絶叫。
全身の筋肉が、悲鳴を上げている。
しかし、リアはそんなアルドを、まったく、少しも、これっぽっちも気にしていなかった。
「ねぇトンソク!はやくお城の中に入ろう!ね、ねっ!」
アルドは、もう、ツッコむ気力もなかった。
笑うなんてもんじゃない。
大爆笑している膝で、ふらふらと城門の方角へ進んだ。
ガラガラ、ガラガラ。
城門に近づくにつれて、列に並んでいる人々の様子が変わっていく。
最初は何気なくこちらを見ていた人々が。
次第にざわつき始め……。
やがて、ざわめきが、悲鳴に変わった。
「な、なんだあれ——っ!?」
「おい!見ろ!モンスターじゃないのか!」
「オーク!?オークがいるぞ——っ!?」
「に、逃げろ——っ!!」
異常を察知した兵士たちが、慌ただしく動いた。
角笛が鳴り響く。
「襲撃だ——!!モンスター接近——!!」
「戦闘配置!!」
「弓兵に連絡を飛ばせ!!」
城門の前に兵士たちが駆け集まった。
槍を構えた者、剣を構えた者、斧を構えた者。
あっという間に、十人以上。
完全に戦闘態勢だ。
すべての武器が、アルドに向けられていた。
アルドは、止まった。
いや、止まらざるを得なかった。
兵たちの鋭い視線。
城門前は、完全な戦場。
(そりゃ、そうだ……オークが荷車引いてきたら、こうなるよね……)
当たり前の対応。
城下町は、モンスターから主を守る場所。
モンスターが堂々と近づいてきたら、即座に始末される。
むしろ、対応が遅いと心配するレベル。
(けどな、この方法はリアが提案したんだ。そのあたりは対策済みだよな?)
アルドは、助けを求めるように、御者台のリアを見上げた。
「あれー?」
リアは、ぱちくりと、目を瞬かせていた。
「みんな、なんで怖い顔してるの?」
嘘だろ!
状況を理解してやがらねーのか。
いや、ある意味、理解はしているのかもしれない。
ただ、この先の展開を予想できないだけで。
(おい、こら、お前のせいなんだぞ、これ……!)
心の中で、ツッコんだ。
が、声には出ない。
というか、ブヒッしか出ない。
「動くな!!」
兵士の一人が、叫んだ。
二十代後半くらいの、若い兵士。
「貴様たちは何者だ!ここをヴェルニード城と知っての狼藉か!?」
「うんっ!」
リアが即答し、御者台で意気揚々と立ち上がる。
「そのオークは私のテイムモンスターよっ!」
胸を、誇らしげに張った。
驚く顔を予想していたのだろうが、明らかに反応が違う。
兵士たちは、顔を見合わせ困惑していた。
「……テイムモンスター?」
「オークを?」
「テイマーには見えんが——」
「それにオークなんかテイムする者がいるか?」
ざわざわ、と。
怪訝な空気。
「嘘じゃないもん、テイマーだもん!」
リアが、頬を膨らませた。
「ウルムの村から来たの!ジャイアントゴブリンの素材を売りに来たの!」
「ジャイアント……?ゴブリン?」
兵士の一人が、ぽかんと口を開けた。
「お前みたいな小娘が、一人でジャイアントゴブリンの素材を?」
「うんっ!」
「……」
兵士たちが、また顔を見合わせた。
今度は、明らかに不信感を持って。
「あー、お嬢ちゃん」
別の兵士が、優しい声で言った。
「悪いが、ちょっと信じがたいな。怪しい者を城下町にいれるわけにはいかん」
「怪しくないもん!」
「いいから、武装解除して、馬車も置いて、こっちに来なさい。その『オーク』は——」
兵士が、剣を握り直した。
「討伐させてもらう」
ちょっと待てやぁぁぁぁ——!!
アルドは、心の中で、絶叫した。
いやいやいや。
いやいやいやいや。
勇者なんですけど、俺!
君たちの希望の星!
魔王討伐の宿命を背負いし者!!
冗談じゃない。
こんなところで、『怪しいから』なんて理由で死ねるかよ。
「だめー!」
リアも、慌てて馬車から降りて両手を広げた。
「トンソクはいい子なのっ!殺しちゃだめ!」
「しかしな嬢ちゃん、許可書は持ってるのか?ないなら討伐しなきゃならん」
「だめったらだめーっ!」
兵士たちが、困惑している。
子どものやる事だけに、強引に進めるのは気が引ける。
どう処理するか、迷っている。
しかし、規則は規則。
モンスターを城下町の門前まで連れてきたのだ。
たとえ、本当にテイマーだったとしても、放置はできない。
兵士の一人が、剣を抜こうとした、その時——
「待て」
低く、よく通る声が、響いた。
兵士たちが、一斉に、振り返る。
城門から、ゆっくりと歩いてくる男がいた。
四十がらみ。
短く刈り込んだ黒髪。
立派な鎧。
胸には、警備隊長を示す、銀の徽章。
目つきが鋭い。
精悍な顔立ち。
しかし、表情の奥に、不思議と温かみがあった。
「お前ら、騒ぎを起こすな」
男が兵士たちに命じると、即座に姿勢を正した。
「ロ、ロガード隊長!失礼しました!」
(隊長?だと……どうなるんだ?)
その男——ロガードが馬車に近づいてきた。
まず、馬車を引いているアルドを、じっと見て、次に御者台のリアを見上げた。
「……もしかして、リアじゃないのか?」
「えっ」
リアが、目を、見開いた。
「あ……あれ?ロガードさん——っ!?」
「おお!やっぱりリアか!」
ロガードの硬かった顔が、急に柔らかくなる。
「大きくなったな。最後に会ったのは、お前が十の時か」
「うん、そうだよ!久しぶり——っ!」
そう叫ぶと、そのままロガードに飛びついた。
ロガードは優しくリアの頭を撫でた。
兵士たちが、ぽかんと口を開ける。
「あの……隊長、お知り合いで……?」
「ああ。俺の出身の村の娘だ」
ロガードは、リアの頭を撫でながら言った。
「親父は——ウルム村の村長でな、俺も村の住人のほとんどは把握している。もちろんリアのこともな」
兵士たちが、驚きの表情を浮かべた。
「で、リア、お前、なんでこんな所まで来たんだ?まさかウルムから一人で来たのか?」
「一人じゃないよ! トンソクと一緒!」
リアが、アルドを、指差した。
「ウルムの村が、ゴブリンの大群に襲われたの。最後にね、すっごく大きなジャイアントゴブリンが来たの。みんな殺されそうだったの。でも、トンソクが、ぜーんぶ、やっつけたよ!」
ロガードの表情が、変わった。
「……ゴブリンの大群が?ウルム村に?」
「うん!百匹くらい?」
「百……」
それは少々、いやかなり盛っているが、アルドが説明できるはずもない。
ブヒブヒ。
「で、ジャイアントゴブリンは、すっごく大きくて、強くかったんだけど、トンソクが倒したの!」
ロガードの目が、すうっと、細められた。
「……オークが?」
「うん」
「村に被害はあったのか?」
「ケガした人や建物も壊れたけど、誰も死んでないって村長さんが言ってたよ」
「……そうか」
ロガードは改めてアルドを見た。
じっと。じっと、観察するように。
ロガードが、ふっ、と笑う。
「そうか、村が世話になったようだな。リアの祖父さんが、テイマーだったのは、知ってる。血は争えんな」
「うん!おじいちゃん、すっごいテイマーだった!」
「ああ、覚えてるよ」
ロガードが、頷いた。
「で、その素材を、売りに来たんだな?冒険者ギルドに」
「うんっ!村のみんなで分けようと思って!」
「そうか、立派なことだ」
ロガードが目元を緩め、兵士たちに向き直った。
「この子と、このオークは、俺が身元を保証する。武装解除も討伐も必要ない。馬車の検査だけ済ませて通せ」
「は、はい!」
兵士たちが、慌てて動き出す。
「リア」
ロガードが、リアの頭をもう一度撫でた。
「親父——村長に代わって俺が便宜は図ってやる。安心して、商売してこい」
「ありがとう、ロガードさん——っ!」
リアが、ぎゅっ、とロガードに抱きついた。
すぐに兵士たちが馬車の周りに集まり、形式的な検査を始める。
ジャイアントゴブリンの素材を一瞥して、何度か頷き、すぐに通行許可が出た。
(助かったぜ……いくらなんでも人間をぶち殺すわけにはいかないからな。そうなったら完全にモンスターの仲間入りだ。いや見た目はそっち寄りだが心は人間だってば、たぶんな)
アルドは、内心で、深く息を吐いた。
世界の英雄が討伐される、というシュールな展開を、ぎりぎり回避。
ナイス。
「あ、そうだ。リア、お前泊まるアテはあるのか?」
「ううん、全然」
「そうか、困ったな。普通の宿屋はモンスター連れは、まず断られるぞ」
「えっ……」
ロガードが城門の周りを見回すと、ちょうど城門を通って入ってきた一人の青年が目に入った。
「おう、ジェイル!いいところに!ちょっと来てくれ」
ロガードが、その『ジェイル』と呼ばれた青年に声をかけた。




