表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/36

第十七話「馬車と、燻製と、あと旅」

「ブヒィィィィ——!!」


 アルドの絶叫が響く。


 全身、汗だく。

 茶色の剛毛が汗で湿って、てかてか光る。

 息は荒く、舌は出っぱなし。


 なぜか。


 馬車を、引いているからである。


 元勇者がだぞ。

 この俺がだぞ。

 おかしいだろ?どう考えても! 


 ガラガラと、車輪が音を立てる。

 背中には、革製のハーネス。

 その先に繋がっている、木製の馬車。

 馬車の中には、ジャイアントゴブリンの燻製、樽詰めの野菜、麻袋に入った果実、水樽、パン、リアの旅支度——大量の荷物だ。


 重い。

 くっそ、重い。


(馬車って、乗るものであって引くもんじゃねぇんだよ——!)


 アルドは内心で叫んでいた。


 勇者時代、何度も馬車に乗ったことはある。

 引く側になったのは、生まれて初めてだ。


 いや。

 勇者でなくても、馬車を引く人間はいないだろ。

 あれは、馬がやることだ。

 だから馬車だ。

 馬の仕事だ。

 馬の仕事を取ったらダメだろ。

 俺は、ブタだ。

 それもどうかと思うが。


 断じて、馬ではない——


 ヒュッ、と。

 空気を切る音。



 ピシッ!


「ブヒッ!」


 尻に、鞭が当たった。


「もっと速くー!」

 御者台から、リアの可愛らしい声。


 子供みたいに、にこにこしながら、鞭を振り回している。

 いや、子供だった。

 見た目12歳くらい?もっと幼い?

 本当に子供。


「馬さんなら時速80キロ出すんだよ?トンソクなら、もっといけるでしょ?」


 何だよその馬。

 そんなの知らねぇぞ

 会わせてみろよ。


 ピシッ!


 また、鞭。


「ブヒッ!」


 アルドは、後ろを振り返って、リアを睨んだ。


 気安くたたくんじゃねぇ馬鹿野郎、と。

 目で訴えた。


 リアはにっこり、と笑った。


「ふぁいと!あとちょっとで休憩だよ!」


 ……全然通じていない。

 完全に楽しんでいる。


 全力で旅を満喫してやがる。


 ちなみに、なぜアルドが馬車を引く羽目になっているか。


 答えは、出発前の段階に遡る。


 昨日、村で旅の支度を整えていた時のこと。


 ジャイアントゴブリンの素材を馬車に積み込んだ。

 皮、骨、牙、爪、武器——換金できるものは、すべて。


 馬車の荷台は、ぎちぎちに埋まった。


 しかし——

 誰かが言った。


「あれ……トンソクの食料、どこに乗せる……?」


 全員が固まった。

 完全に忘れていた。


 オークになったアルドの食事量は、ハンパじゃない。


 一日に、人間の十倍は食う。


 道中往復六日分の食料、なんて積もうものなら人は乗れない。


「……どうする」

「……乗らんな」

「……どうしよう」


 村人たちが、頭を抱えた。

 その時——


「ねぇねぇ」

 リアが、ぴょこんと、手を挙げた。

「トンソクに荷車引いてもらえばいいんじゃない?」


 誰もが、ハッとした。

 その手があったか、と。


 全員の目が、アルドに向いた。


(嘘だ……)

 アルドは、即座に首を、ぶんぶんと横に振った。


(絶対嫌だ……)

 ワイルドオークの腕力なら、馬車くらい引けるかもしれない。

 しかし、それは「やればできる」だけであって、「やりたい」のとは違う。


 リアが、ニコッ、と笑った。


「お願い、トンソク」


 潤んだ瞳。

 可愛い顔。


 力いっぱい首を振る。


(無理だって!)


「お願い」


「おーねーがーい——」


(嫌……だ……)


 アルドの抵抗が、徐々に、弱まっていった。


 首には、テイムの首輪。

 逆らえば、激痛。

 一度、こっそり外そうとしたことがある。

 爪を引っ掛けて、引っ張ってみた。


 その瞬間。


 脳天から、つま先まで、雷が落ちたような激痛が走った。

 剥き出しの神経に触るような激痛。


 しばらく、地面に倒れて、痙攣していた。


 そりゃ逆らえんわな。


 普段は何ともないが、かなり凶悪な仕組みだ。


 完全な奴隷契約。

 リアが、悪魔に見えてきた。



 ---



 そして、現在。


 アルドは、馬車を引いていた。


 しかし——


 腐っても、堕とされても、ワイルドオーク。

 走り続けることで、最高速度が上がっていく。


 ガラガラ、ガラガラ。


 馬車の車輪が、軽快な音を立てた。


 まずは時速20キロ。

 次に30キロ。

 40キロ。


 ふと気づいたら、普通の馬車の倍近い速度で走っていた。


 リアの言う80キロは嘘、早馬車の平均時速でも20キロだ。


(……あれ?俺、もしかして、馬より優秀なんか?)


 アルドの中で、何かが芽生えた。

 謎の、馬への対抗心。


 速く。

 もっと、速く。

 その先へ!


「うわぁ、トンソクすごい!」


 御者台のリアが、大はしゃぎだ。


 風が、彼女の薄茶色の髪を、なびかせる。


「すっごい速い!お馬さんより全然速いよ!やっぱり私のトンソクは特別だね!」


 私の。


 所有物。


 リアの言葉には、常に「私の」が付く。

 私のトンソク。

 私のテイムモンスター。

 私の自慢。


 アルドは、嫌な顔をしたが、リアには、それも「人懐っこい顔」にしか見えないらしい。


「もーっと速くー!みんなに見せつけてー!」


 誰にだ。

 森の木にか。

 何が見えてるんだお前は。


 ガラガラガラガラ!


 馬車が、街道を、爆走していく。


 森を抜け、川を渡り、丘を越え。


 すれ違った旅人たちが、口をぽかんと開けて、後ろの方で見えなくなっていく。


「な、なんちゅう速さじゃ……」

「普通の馬車の倍は出とるぞ……」

「あれ、馬じゃなくて、ブタじゃないか……?」


 砂塵を上げて、馬車——もとい、豚車——は、街道を駆け抜けていった。



 ---



 日が傾いた。

 森の中の、適当な空き地。


「ストーップ!ここで野営しよっ」


 リアが、馬車を止める指示を出しすと、アルドは即座に止まった。


 ワイルドダッシュの急制動。


 慣性で前のめりになりかけたリアが、危うく御者台から落ちかける。


「あぶなっ!もうちょっとゆっくり止まってよ!ケガするでしょ!」


 ちっ、うっせーな。

 心の中で、悪態をつく。


「ブッヒー……」


 長い、長い、ため息。

 全身、筋肉痛。

 脚は棒のようだ。

 肩はこわばっている。


 ジャイアントゴブリンと戦った時より、疲労感がひどい。


 戦闘より、肉体労働の方がきつい。

 これが社会の底辺ってやつだ。


 アルドが、しみじみと、現実を噛みしめていると。


「トンソクー、おなかすいたー」

 リアが、駄々をこねだした。

「ごはん、まだー?」


(……は?)


 アルドは、顔を上げた。

「だってトンソク、お料理上手だよね?」


 リアが、にっこりと笑った。


 おい!


「私、火起こすの苦手。お料理も、ママに任せっきりだったし……だから、お願いね!」


 そして、リアは馬車の御者台に戻った。

 毛布を出して、その上に座る。


 完璧な、待ちの姿勢。



(こいつ……マジで、何もできねぇのか……)


 アルドは、絶望した。

 テイムされたモンスターは、かくも理不尽なものなのか。


(……もう、いいや)


 諦めた。

 漬物石を動かすよりも、自分でやった方が百倍はやい。


 筋肉痛の体に、鞭を打つ。


 メシを食うには、俺がやるしかない。



 ---



 まず、火起こし。


 乾いた枝、乾燥した苔、火打ち石。

 馬車の荷台から、必要な道具を、太い指で器用に取り出す。


 オークの指は、人間時より太く、不器用そうに見える。

 しかし、慣れればそれなりに細かい作業もできる。

 慣れれば、だが。


 石を、ぐるりと円形に並べる。

 その中に乾いた葉と細い枝。

 火打ち石を、カチ、カチ、と打つと火花が散る。

 乾いた葉に移る。


 ふっと息を吹きかけると、ぱちっ、と炎が立ち上った。


(よし、火、ついた)


 アルドは、自分の手際に、ちょっと満足。

 御者台のリアが、パチパチと拍手をしていた。


「すごーい、トンソク、やっぱり火が起こせるんだねー!」


(なめんな!料理どころか、世界も救えるわ!)


 とりあえずふんぞり返っておく。


 次に、調理。


 馬車の荷台から、布で包まれた塊を、いくつか降ろした。


 ジャイアントゴブリンの燻製。

 昨日、村人総出で一日かけて加工したものだ。


 部位ごとに、薄切りにし、塩を擦り込み、燻製小屋で煙にいぶした。

 女衆の指導の下、リアの父も汗を流して作業した。

 燻製の煙は、村中に立ち上って、夜遅くまで香ばしい匂いを漂わせていた。


 今、アルドが取り出したのは、その中の一塊。


 布を解くと——



 うっ……。


 アルドの鼻が、ぴくり、と動いた。


 いい匂い。


 燻製独特の、薫煙香。

 その奥に肉の旨味の濃さ。

 脂の芳醇な香り。


 まだ食ってもいないのに、唾が口の中に溢れた。


 アルドは、厚切りの燻製肉を串に刺した。

 炎の上にかざす。


 ジュッ、と、脂が火に落ちた音が響く。


 ジュウウウウ……


 肉の表面が、じわじわと、色を変えていく。

 燻製の茶色が、火に炙られて、より濃い飴色に。

 脂が滲み出て、つやつやと光った。


 煙が、立ち上った。


 燻製の煙とは、また違う、焼いた肉の香ばしい煙。

 二つが混ざって、空き地中に香りが広がる。


「うわぁ、いい匂い……」


 リアがひょっこり近づいてきて、鼻をすんすんと鳴らしている。


(まだだ、待て)


 アルドは、慎重に、火加減を見ていた。


 焦がしてはいけない。

 しかし、生焼けでもいけない。

 燻製は、表面をぱりっと焼き、中の旨味を閉じ込めるのが正解。


 肉の表面が、ぱりっと焼けた。

 脂が、しっかりと出てきて火に滴る。

 燻製の香りと、焼き目の香ばしさがピークに達した。


 完璧な、頃合い。


 アルドは、串を火から引き上げた。


 まず自分の分。


 ガブッ。


 牙が、肉に、深く食い込む。

 燻製の表皮が弾けた。

 その下から——



 ジュワッ。



 肉汁が口の中で爆発した。



 ……うっっっま!!


 アルドの目が見開かれた。


 まず、燻製の香り。

 桜の木の薫煙。

 甘く、香ばしく、深い。


 次に、塩。

 ジャイアントゴブリンの肉に、ほどよく染み込んだ村の岩塩。

 肉の旨味を、最大限に引き出している。


 そして、肉そのもの。


 ジャイアントゴブリンの、密度の高い筋繊維。

 噛むと、繊維の一本一本から、旨味が溢れ出す。

 甘い。

 ほんのり甘い。

 脂は、軽やか。

 くどくない。

 しかし、しっかり、舌に絡む。


 噛めば噛むほど、味が出る。

 奥深い。

 無限に、出てくる。


 なんだ、これ……なんだ、これ……。


 アルドの体が震えた。


 今まで食べたモンスター、最高級の肉料理。

 それを、軽々と超えていた。


 モンスターの強さに、味は比例するのか——


 ジャイアントゴブリンの、チャンピオン個体。

 その肉は、アルド史上最高の味。


「トンソクー、私のはー?」


 横からリアが催促の声を上げた。

 目を、きらきら、と輝かせて。


(……ったく、人使いのヤツだぜ)


 アルドは、ため息を吐いて、もう一本、串に刺した。

 火にかざす。


 焼き上がったそれを、リアに、差し出した。


「わーい、ありがとうトンソク!」


 リアが、嬉しそうに、串を受け取った。


 もぐ、と。

 噛んだ瞬間——


 彼女の目が、まん丸になった。


「……っ、おいし——っっ!!」


 目を、ぱちぱちと瞬かせた。


「な、なに、これっ、なに、これっ!」


 ぶんぶん、と首を振る。


「私、こんなおいしい肉、はじめて食べた——っ!」


 はしゃいだ声だ。


 アルドは、自分の二本目を焼きながら、横目でリアを見た。


 心の中で頷いた。

 別に嬉しいわけじゃない。

 ただ、自分が美味いと思ったものを、子供も美味いと言っている。

 それだけ。

 嬉しいわけじゃないってば!


 子供も夢中にさせるジャイアントゴブリン、恐るべし。



 ……あ、レベルが上がった。


 体の奥底から力が湧き出す。

 残念ながら、上昇は1。

 他のモンスターと上昇値は変わらないらしい。


 しかし——


 今のアルドにとって、それはどうでもよかった。


 目の前の、この旨さ。


 レベルアップなど、二の次。


 俺は、今、人生最高の肉を食っている。



「トンソク、もっとー!」


 リアが、二本目を、催促していた。


 アルドは、新しい串を火にかざした。


 今度は、自分の三本目と、リアの二本目を、同時に。

 二本同時の調理も、慣れればなんてことない。


 焼ける音。

 立ち上る煙。

 夜空に、ゆっくりと、流れていく。


 パンと、ミルクと、ジャイアントゴブリンの燻製。


 最高のご馳走、最高の夜。


 リアは、すっかり満腹になって、毛布にくるまっていた。


「ふぁー、おいしかったぁ……」

 もぞもぞ、と毛布の中で動いている。

「トンソク、明日もよろしくねー」


 眠そうな声で、呟いた。


 アルドは、満足だった。


 しみじみと、満足だった。


 さて、もう一つ焼くか……。


 アルドは、串に肉を刺した。


 夜は、まだ長い。

 メシも、まだある。


 悪くない。


 悪くない、夜だ。


 たぶんな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ