第十六話「差し入れと、村会議と、あとヴェルニード」
翌朝、アルドはご満悦だった。
牛小屋の前——いや、すでに牛小屋とは呼べない。
オークしかいないのだからオーク小屋だ。
オークを飼う物好きが、リア一家以外にいるかどうか甚だ疑問だが。
その周りに——
山積みの、差し入れ。
新鮮な肉、野菜、果物。
まだ温かい焼きたてのパン。
干し肉の塊。
牛乳の入った壺。
チーズ。
村中から、続々と運ばれてくる。
「オーク様、ありがとうございました……!」
「これ、うちで採れた林檎です、どうぞ!」
「うちのカミさんが焼いたパンです、まだ温かいんで!」
村人たちが、頭を下げ、品物を置いていく。
昨日まで「ブタ」だの「処分しよう」だのと言っていた連中が。
人間ってのは、現金なもんだ。
もっとも、命がけで助けたのにブタ扱いの方がびっくりだけどな。
アルドは内心でにやにやしながら、林檎を一つ、丸ごと口に放り込んだ。
ガリッ。
旨い。
甘酸っぱい果汁が、口の中で弾ける。
ワイルドオークの歯は、林檎を芯ごと砕く。
何でも食う。
もったいない精神。
ちなみに、昨日の戦闘で負った傷は、レベルアップで完全に回復していた。
右腕も、ちゃんと生えている。
欠損した部位も復活するのはありがたい。
MPも、一晩寝たら2に戻っていた。
最大値が2なんだから、すぐ満タンになる。
ある意味、効率はいい。
いいのか?
まぁいいか。
(さて、メインディッシュちゃんはどうかな?)
アルドは、村の広場の方を見た。
そこには、昨夜倒したジャイアントゴブリンの巨大な死体が、横たわっている。
ご丁寧に布までかけた。
カラスに上前はねられてたまるか。
あれを食えば、確実にレベルが上がる。
大きく上がるかも。
もしかしたら、また進化したりして。
しかしまだ手を出せない——
今、リアの父親が、素材をどうするか村長たちと協議している最中だ。
(何でもいいから、はやく食わせてくれよ……)
---
村の集会所。
集まっていたのは、村長、リアの父、それに村の重鎮たち五人。
それと、リア。
リアは父親の隣に座っている。
なぜここにいるのか、と問われた時——
「だってトンソクのやったことだもん、私がいなきゃ始まらない!、でしょ?」
と、しれっと答えていた。
誰も反論できなかった。
昨夜の活躍を見せられた後では、リアの主張を無下にできる者は、ここにはいない。
誰もが、暗黙のうちに、それを了承していた。
白髪交じりの、六十代の男。
村長が、口を開いた。
「死人は、出なかった……奇跡だ。これは、本当に、奇跡だ」
集会所にいる全員が、頷いた。
「だが——」
村長は、報告を続ける。
「重傷者十一人。家屋全壊八軒。半壊十二軒。家畜二十三頭が被害にあった。さらに——」
眉間の皺が、深くなる。
「意味は分からんが備品の盗難」
「盗難……?」
誰かが聞き返した。
「ああ。農具に木材、あれこれと消えている」
その言葉に、とある場所で、一頭のオークが、大きなくしゃみをしていた。
罠を作るのに使った。
全部、アルドが「失敬」したものだ。
「話は変わるが、ジャイアントゴブリンの素材は、高級品だ」
「皮、骨、牙、装備品——どれも、城下町の冒険者ギルドに持ち込めば高値で売れる。チャンピオン個体ともなれば、なおさらだ」
「いくらくらい、になるのかのう……?」
誰かが、恐る恐る尋ねた。
「正確には、わからん。だが、おそらく一家庭が、五年は楽に暮らせる金額になるだろう」
集会所が、ざわついた。
「五年……」
「そんなに……」
リアの父が、静かに座っていた。
家族の生活が、五年保証される。
それは、貧しい農村の狩人にとって、想像を絶する金額だった。
「本来なら——」
村長が、続けた。
「あの素材は、討伐したトンソクのもの。つまり、その主人であるリア、リアの一家のものだ。村として、それに異議を申し立てる権利はない」
「……」
リアの父が、静かに目を閉じた。
「だが」
村長が、深々と頭を下げた。
「お願いしたい。村のために、一部を、被害を受けた者たちの補填に、回してくれないだろうか」
集会所が、静まり返る。
全員の目が、リアの父に向けられた。
リアの父は目を開け、ゆっくりと村長を見た。
次に、リアを。
「リア」
「うん?」
「お前は、どう思う」
リアは、ぱちくりと、目を瞬かせた。
それから、にっこりと笑い……。
「みんなで分けたらいいと思うよ」
即答だった。
「だって、私たちだけお金持ちになっても、村のみんなが困ってたら意味ないもん」
あっけらかんとした言葉に、集会所の全員が息を呑む。
「そうだな。父さんも同じ気持ちだ」
顔を上げ、村長を見る。
「素材を換金した金はすべて村に差し出す。重傷者の治療、家を失った者への見舞金、家畜を失った者への補填、盗難被害の弁償——それらに回してくれ」
「だ、だが、それでは、お前たちの取り分が——」
「俺たちは、生きている」
リアの父は、静かに言った。
「家もある。家族もいる。それで、十分だ」
集会所の、何人かが、目元を拭った。
誰かが、鼻をすすった。
村長が、深々と、頭を下げる。
「……ありがとう、感謝する。本当に……」
リアが、誇らしげな顔で、にこにこと笑っていた。
集会所の議論は、次の段階に移った。
「問題は、どうやって素材を運ぶか、だな」
村長が、机に城下町までの地図を広げた。
「ここから一番近いヴェルニード城まで馬車で三日。山道もあるが、馬車が通れる」
「冒険者ギルドが、ありますな」
「うむ。そこに持ち込めば、確実に換金できる」
全員が、地図を覗き込む。
「だが——あの素材は、大きすぎる」
村長が、難しい顔をした。
「馬車一台に積めるだろうが、人が多くは乗れん」
「大荷物だ。最低でも男手二人は必要だろう」
「だが、村はゴブリンの後始末で人手が足りん上に、そもそも二人で運べるのか」
「うむ、厳しいな」
全員が、頭を抱えた。
その時——
「あのー」
ぴょこん、とリアが手を挙げた。
「私が、行くよ」
集会所が、また静まり返った。
「だってさ、みんな村でやることがあるんでしょ? じゃあ、私が行ってあげる」
「いやいや、お前一人じゃ、運べんだろ。あの素材の量は——」
「トンソクが運ぶから平気だよ?」
「……トンソクが?」
「うん」
「あ、あの、ワイルドオークが?」
「うん」
リアが、にこにこと笑った。
「トンソクなら、どんなに重い素材だって運べるよ。いざとなれば、馬車も引けるし。何より——強いよ?」
集会所の全員が、思った。
確かに。
ジャイアントゴブリンを倒したワイルドオーク。
馬車を引かせるなら、馬の何頭分になるか。
道中の盗賊やモンスターも、トンソクがいれば、排除できるだろう。
ある意味、最強の輸送手段。
「……理にかなっとるわな」
誰かが、ぽつりと言った。
「いや、しかし、リア一人とトンソクだけで、ヴェルニードまで旅させるなんて……」
「父さん」
リアが、父親を見上げた。
「お願い!」
潤んだ、薄茶色の瞳。
「私、行きたい。城下町、見てみたい。ずっと、ずっと、憧れだったんだもん」
リアの父は、固まった。
顔が、ひきつった。
こうなったリアは引かない。
勝手に動く。
しかも隠れて。
ろくでもない結果を伴って。
「……心配だ」
リアの父が、絞り出すように言った。
「城下町は、お前が思ってるような、楽しいだけの場所じゃない。悪い人間だって沢山いるんだ」
「うん」
「お前みたいな娘が、一人で行く場所じゃない」
「うん」
「だから——」
「でも、トンソクがいるよ」
リアが、にっこりと笑った。
「ジャイアントゴブリンを倒したトンソクだよ?悪い人間とか、モンスターとか、ぜーんぶ、トンソクがやっつけてくれるよ」
リアの父が、口をぱくぱくさせた。
反論しようとして、できない。
昨夜のあの戦いを思い出せば、それは、まったくもって、その通りなのだから。
チャンピオン個体を、単騎で討伐したワイルドオーク。
あれより強い者など、この辺り一帯を探したとて、いるはずがない。
冒険者ギルドの、熟練冒険者くらいしか、相手にならないだろう。
「……」
リアの父が、助けを求めるように村長を見た。
が、村長も、苦笑いを浮かべて、首を横に振った。
「ワシも、それしか方法がないと思っとる」
「し、しかし——」
「他に、誰が行ける?お前か?」
「……」
リアの父が、項垂れた。
力が抜けた。
完全敗北。
「……わかった。お前と、トンソクで行ってこい」
「やった——っ!」
リアが、両手を上げて、飛び跳ねた。
はしゃぎ方が、完全に城下町観光モードだった。
「では、明後日。リアとトンソクが、ヴェルニードへ向け出発する。準備は、明日一日でする。村から、可能な限り物資を提供する。道中、不便のないようにしておくでな」
「ありがとうございます」
リアの父が、村長に頭を下げた。
やはり、その顔は、まだ引きつっていたが。
「リア」
「なに?」
「絶対に、トンソクから離れるな。絶対に、だ」
「うん、わかった」
「トンソクが食事をしている時も、寝ている時も、すぐそばにいろ」
「うん」
「とにかく、一人で出歩くな」
「うん」
「変なヤツに、声をかけられたら、すぐにトンソクを呼ぶんだぞ」
「うん」
リアが、にこにこと頷いていた。
が、完全に城下町への期待で、頭がいっぱいだ。
話を半分も聞いていない。
ここからリアの小さな大冒険が始まる。




