↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

131/132

第百三十一話「夢と、鏡と、あと蘇生」

 


 土の匂いがした。


 青い空が、やけに高い。


 アルドは、地面に大の字で倒れていた。


 十七歳。


 まだ勇者修行中、生意気盛りの頃だ。


「くっそー……勝てねー……」


 息が上がって、肺が焼けるように熱い。


 腕も足も、鉛のように重かった。


「なんでだ!なんで一発も当たんねーんだよ!」


 アルドは、拳で地面を叩いた。


 見上げた先に、男が一人立っている。


 無精髭に、着流し。


 腰には一本の刀。


 刹那だった。


「お前は力任せすぎなんだよ」


 刹那は、にやりと笑った。


 汗ひとつかいていない。


 さっきまで、アルドの全力の剣を受け流していたというのに。


「力が強けりゃ、それで押し切れると思ってる。だから全部読まれる」


「うるせー!」


 アルドは、がばっと上半身を起こした。


「俺が本気出せば、ぜってー負けねーし!」


「フルバーストか?」


「そうだよ!」


「ま、確かに強力だわな」


 刹那は、顎の髭をざりざりと撫でた。


「よくもまぁ、あんな能力が人間にもたらされたもんだ。神の気まぐれか、悪ふざけか」


 感心したように言う。


 褒められているのか、けなされているのか分からない。


「でもな」


 刹那は、アルドの前にしゃがみ込んだ。


「お前にとって、勝ちと負けってのは何だ?」


「……は?」


 意味が分からない。


 勝ちは勝ち、負けは負けだろ。


 それ以上でも以下でもない。


「相手を殺せば勝ちか?屈服させたら満足か?」


 アルドは、あぐらをかいて考えた。


 考えたが、答えは一つしか出てこない。


「そりゃ、そうだろ」


「なら」


 刹那は、指を一本立てた。


「俺は、殺されもせず、屈服もしなければいいわけだな?」


「……あ?」


「そうすれば、俺の勝ちってわけだ」


「いや、そりゃちがわねーか?」


 アルドは眉をひそめた。


 なんか、ずるい。


「違わねぇよ」


 刹那は、あっさりと言った。


「勝利条件ってのは人によって違う。自分が勝ちだと思えりゃ、それが勝ちだ」


 刹那は、腰の刀の柄をとん、と叩いた。


「俺はな、フルバースト相手なら逃げる」


「はぁ!?」


「逃げて、逃げて、逃げまくって、お前のMPが切れるのを待つ。そうすりゃ――」


 刹那の目が、すっと細くなった。


 一瞬だけ……背筋が、ぞくりとした。


「俺は、お前を殺せる」


 アルドは、言葉に詰まった。


 確かに。


 フルバーストは強い。


 だが、MPが尽きれば終わりだ。


 その後の自分は、ただの超強い、一般人でしかない。


「つまり、俺の勝利条件は生き残ること。違うか?」


「……まぁ、確かに」


 確かに、そうだ。


 そうなのだが。


 なんだか、腑に落ちない。


 アルドは、口を尖らせた。


 刹那は、それを見てくつくつと笑った。


「お前は強いよ」


 笑ったまま、刹那は言った。


「まさに怪物だ。その歳で、その力。俺が十七の頃なんざ、足元にも及ばねぇ」


「そ、そうか?」


「でもな。どんなに強くても、一人じゃ限界がある」


「そりゃわかってんよ」


 アルドは、むっとして言い返した。


「だから、仲間と一緒にいるじゃねーか!」


 ライン。


 カナ。


 トール。


 エリス。


 世界中から選び抜かれた、最高の仲間たち。


「お前は、仲間を勘違いしてる」


「は?意味わかんね」


 アルドは、刹那を睨んだ。


「俺はあいつらを認めてるし。俺についてこれるヤツなんて、あいつらくらいしかいねーよ。今のところ、あいつら以上は見たことねー」


 本気だった。


 あいつらは強い。


 だから、一緒にいる。


 それの何が悪い。


 刹那は、何も言わなかった。


 ただ、大きな手を伸ばして、アルドの頭をぽん、と撫でた。


「俺は、お前が好きだ」


「キモっ」


 アルドは、思わず身を引いた。


「何言ってんだオッサン!」


「聞けって」


 刹那の声は、いつもの軽口とは少し違った。


「俺は、お前の真っ直ぐさが好きだ。こんな真っ白な魂は、見たことがない」


 無明朧流。


 魂を読む剣。


 その刹那が、アルドの魂を見て言っている。


「でもな。それは、人間の白さじゃないんだ」


「……」


「お前は鏡だ」


「鏡ぃ?」


「見るものを、そのまま写す鏡。心善いものが覗けば、お前は善く見える。邪なものが覗けば――」


 刹那は、アルドの目をまっすぐに見た。


「お前は、邪悪に見えるだろう」


 風が、二人の間を抜けた。


 アルドは、しばらく黙っていた。


 それから、頭をがしがしと掻いた。


「なんだ?ゼンモンドーってやつか?オッサン好きだよな、そういうの」


「まぁな」


 刹那は、また笑った。


 少しだけ、寂しそうに。


「お前にも、わかる日が来るさ」


 立ち上がり、背を向ける。


「いや……来てもらわないと困る。でなければ……」


「なんだよ」


 アルドは、立ち上がった。


「はっきり言えよ!」


 刹那の背中が、遠い。


 さっきまで、手を伸ばせば届くところにいたのに。


 一歩ごとに、遠ざかっていく。


 輪郭が、白く滲んでいく。


「アルド……」


 声だけが、聞こえた。


「仲間を……大切にな……」


「なんだよっ!」


 アルドは、走った。


 走っても、走っても、追いつけない。


「何がいいたいんだよ!おい!」


 刹那の姿が、光に溶けていく。


「行くなって!」


 手を伸ばす。


 届かない。


「消えてんじゃねーよ!刹那!馬鹿野郎!」




 ぼんやりと、天井が見えた。


 高い天井。


 ひび割れた梁。


 謁見の間だ。


 アルドは、何度か瞬きをした。


 夢。


 夢を見ていた。


 ずいぶん昔の。


 顔の上に、何かが覗き込んでいる。


 猫の耳。


 金色の瞳。


 獣人の娘だった。


 確か、ミャルとかいったな。


 エルネストのところの。


「お?」


 ミャルの耳が、ぴくんと立った。


「生き返ったにゃ」


 生き返った?


 生き……。


 そうだ!


 記憶が、一気に押し寄せてきた。


 瘴気。


 斬られた足。


 カイって、だーれ?


 転がった手首。


 横一文字に裂けた腹。


 俺は、カナにやられて――。


「ぶひっ!」


 アルドは、跳ね起きようとした。


 床に手をつき、足に力を込める。


 手が、ある。


 足も、ある。


 膝の下から消えていたはずの両足が。


 ころりと床に転がったはずの両手首が。


 ちゃんと、くっついている。


 指が動く。


 握れる。


 だが、腹に力を入れた瞬間。


「……ぶひっ……!」


 激痛が走った。


 自分の身体を見下ろすと、横一文字の傷が、まだそこにあった。


 ふさがりかけてはいる。


 だが、薄い皮一枚で、かろうじて閉じているだけだ。


「まだ無茶すんにゃって」


 ミャルが、アルドの胸を、軽く片手で押し戻した。


 それだけで、アルドの身体は床に戻された。


 力が入らない。


「じっとしてるにゃ。お前、さっきまで死んでたんだからにゃ」


 ミャルは、両手をアルドの腹の上にかざした。


 白い光が、溢れ出した。


 柔らかい光だった。


 満月の明かりよりも白く、それでいて温かい。


 光がアルドを包み込む。


 腹の奥から、じんわりと熱が広がっていく。


 痛みが、溶けていく。


 これは……。


 アルドは、この光を知っていた。


 エリスだ。


 聖女エリスが使っていた、聖光。


 傷を癒やし、穢れを祓う、癒しの光。


 それに、よく似ている。


 いや。


 似ているどころではない。


 俺は、死んでいたと言った。


 腹を裂かれ、手足を落とされ、血を流し尽くして。


 確かに、闇に沈んだ。


 あれは、死だった。


 それが、生き返った。


 まさか、この娘――。


 蘇生魔法が、使えるのか!


 アルドは、目の前の猫の獣人を見上げた。


 蘇生魔法。


 それは伝説のスキルだ。


 死者を、この世に呼び戻す。


 神の領域に踏み込む、禁忌の奇跡。


 聖女エリスですら、そう簡単には使えなかった。


 清められた聖域。


 膨大な魔力と、捧げ物。


 いくつかの条件を揃えて、ようやく発動。


 それほどの大技だ。


 それを、この娘は単体でやってのけた。


 聖域もない。


 散らかった謁見の間の、血の海の中で。


 ただ、両手を合わせただけで。


 これが、ミャルの秘密。


 エルネストが、是が非でも、手に入れようとした理由。


 母親を人質に取るという、膨大な手間をかけてまで、縛りつけていた理由。


 蘇生魔法の使い手は、世界でも数人しかいない。


 だが、条件なしで発動できる者となれば。


 もしかしたら。


 世界中でも、ミャルだけかもしれない。


「……なんにゃ、その顔」


 ミャルが、眉をひそめた。


「言っとくけど、一回だけにゃ。次はないにゃ」


 ぷい、とそっぽを向く。


 尻尾だけが、落ち着きなく揺れていた。


 アルドは、何も言えなかった。


 まぁ言えたとしても、ぶひ、としか鳴けないのだが。


 ただ、さっきまで見ていた夢の声が、まだ耳の奥に残っていた。


 ――仲間を、大切にな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。