第百二十七話「勅命と、逆関節と、あと弾丸」
「探し物……自ら……?」
カナが、きょとんとした顔で、デモンレイアの言葉を繰り返した。
頬は涙で濡れたままだ。
刹那の装束をぎゅっと掴んでいる。
探し物。
魔王の勅命。
カナは、その言葉を知っていた。
知っているどころではない。
この半年、カナ自身も血眼で探していたのだから。
一年前、ダンジョンの最深部。
デモンレイアの儀式で、勇者アルドの魂はモンスターに堕とされた。
醜いオークへ。
そのあと、どこかへ飛ばされたらしい。
ただ、生きていることだけは分かっていた。
デモンレイアが、アルドの身体の反応で感じ取っていたからだ。
そして、魔王様は仰せになった。
『アルドを探してほしい。そして余の前に連れてきてもらえないだろうか』
オーク。
たったそれだけを手がかりに、カナはこの国を歩き回った。
オークなら、そこらじゅうにいる。
森にも、山にも、洞窟にも。
片っ端から見て回ったが、それらしいオークは見つからなかった。
当然だ。
そのオークは、人間にテイムされて、首輪をつけて、料理をしていたのだから。
魔王の探し物。
それは、オークになったアルド。
なら、デモンレイアの言葉の意味は?
何を見ている?
カナは、刹那の顔を見上げた。
それから、デモンレイアを見た。
デモンレイアの視線の先にいるのは、刹那。
いや、刹那の身体を通り越して、その奥を見ている。
カナは盗賊だ。
人の視線を読むのは、得意だった。
だから、分かってしまう。
「……ねぇ」
カナの声が、小さくなる。
「デモンレイア。あんた、さっきから何言ってるの?」
「分からぬか?」
デモンレイアは、楽しそうに首を傾げた。
「この身体が、先ほどから騒いでいる。元の持ち主を見つけて、な」
元の持ち主。
カナの指が、ぴくりと動いた。
「どうやったのかは知らん。だが、間違いない。そこにいるのは『勇者アルド』だ」
アルド。
カナの頭が、真っ白になった。
意味が分からない。
アルドはオークになったはずだ。
目の前にいるのは、人間。
刹那だ。
刹那がオーク?
刹那がアルド?
あるはずがない。
デモンレイアの勘違いだ。
そうに決まっている。
そうでなければならない。
そうでなければ……。
「……うそ」
カナの顔から、血の気が引いていく。
「うそ……でしょ?うそだよね?」
カナは、刹那の顔を見上げた。
穏やかな目。
静かな口元。
どこからどう見ても、刹那だ。
「違う……違うよ……」
カナは、首を振った。
「だって、この人、刹那だよ。刹那の立ち方だよ。刹那の、手だよ……」
さっき、頭に置かれた手。
あの手は、確かに刹那のものだった。
刹那が生きていた。
ずっと後悔していた。
その願いが、今、腕の中にある。
それを、アルドだなんて。
信じられない。
信じたくない。
カナの腕から、力が抜けかけた。
だが、離れない。
離したら、本当に終わってしまう気がして。
アルドは、黙っていた。
刹那の目で、カナを見下ろす。
何も言わなかった。
「魔王様が、お前をお探しだ」
デモンレイアは、カナを無視して口を開いた。
視線は、アルドだけを見据えている。
「話をしたいと仰せでな。この半年、ずっと待っておられた」
魔王が、俺と話を?
どういうことだ。
何のために?
俺に用があるなら、なぜ逃がした。
最初から捕まえておけばよかったろうが。
俺が無意識で逃げ出したのか?
分からない。
なぜ殺さなかったのかも分からない。
魔王、お前は何を考えている。
「さぁ、ついてこい」
デモンレイアは、聖剣の柄を軽く叩いた。
かちり。
「抵抗するなら、それでも構わん。手足がなくとも、口さえあれば話はできるだろうからな」
にやりと笑う。
「命が惜しいなら、大人しくしていることだ。今のお前に、我を相手にする力はあるまい?」
その通りだった。
今のアルドでは勝てない。
オークの身体では。
だが。
アルドは、デモンレイアを見た。
聖剣の柄に置かれた手は、まだ抜いていない。
視線は、アルドだけに注がれている。
周囲のことなど、気にしていない。
なぜなら、余裕だからだ。
負ける理由がないからだ。
勝ちを確信している。
だからこそ。
勝機がある。
「……話、か」
アルドは、刹那の声のまま、ゆっくりと言った。
「魔王が、俺に何の用だ」
「それは魔王様が直々に話される」
「ここで言え」
「断る」
「なら、行かん」
デモンレイアの目が、愉快そうに細くなった。
「そう言うと思っていた。お前は昔から納得しないと動かない男だそうだからな」
どこかで聞いた台詞だった。
一年前、ダンジョンの最深部で、カナが言った言葉。
『アルドって昔からそうだよね。なんでも納得しないと動かない。めんどくさい』
カナの肩が、びくりと震えた。
違う。
違う、違う、違う。
違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う。
カナの思考が、ぐちゃぐちゃに絡まる。
その瞬間、アルドは動いた。
カナの両腕は、刹那の背中に回されている。
しかも、力が抜けかけたまま。
その腕を、アルドは自分の腕で、ぐっと締めた。
「……っ!?」
カナの目が見開かれる。
アルドの両手が、カナの肘を外側から押さえ込む。
背中で組まれた腕は、そのまま逆に固められた。
肘の関節が、曲がってはいけない方向へ、ぎりぎりまで押し込まれる。
ベルガ聖騎士流徒手空拳「ボルトロック」。
組み付かれた時の返し技。
相手の拘束を、そのまま自分の拘束へ変える。
「い……っ」
カナが呻いた。
逃げようとする。
だが、両腕を極められた状態では、どうすることもできない。
身体の芯を、刹那の腕の中に縫い止められている。
抜けるには、相手を壊すしかない。
カナは、それができなかった。
関節が痛いからではない。
目の前の男の顔が、刹那だからだ。
「……なんで」
カナの声が、震えた。
「なんで、刹那が、そんなことするの……」
アルドは答えなかった。
答える代わりに、叫んだ。
「メイト!」
一言だけの合図。
次の瞬間、木箱の陰の暗闇から、黒い影が弾け出た。
「きゅい!」
小さな身体から想像できないほど大きく、翼が広がる。
急加速。
謁見の間の暗がりを、黒い弾丸が切り裂いていく。
あまりにも速い。
カナが顔を向けた時には、もうそこにいない。
デモンレイアが振り向こうとした時には、もう視界の外。
刹那の出現。
カナの拘束。
そして、暗闇からの黒い影。
次々と変わる展開に、二人とも反応が追いつかない。
余裕だったはずの四天王と四天聖。
その思考の隙間を、パラスワイバーンが一直線に駆け抜ける。
ぺたり。
メイトが、勇者の背中に張りついた。
「……なに?」
デモンレイアの声が、遅れて漏れた。
メイトの額から、ぬるりと触手が伸びる。
先端が枝分かれし、細い糸のようになって、勇者の首筋へ潜り込んでいく。
ずぶり。
侵入成功。
勇者の身体が、びくりと強張った。




