第百二十四話「結界と、書き換えと、あと作戦会議」
満月の夜、王都グランファスタは、息を殺していた。
家々の灯りは落とされ、通りに人影はない。
城壁の上には兵士。
塔の上には弓兵。
聞こえるのは、鎧の擦れる音と、遠くで鳴く犬の声だけ。
空には、真円を描く月がある。
もうすぐだ。
アルドは、ファスタ城の王の謁見室の床に、尻を下ろしていた。
手には、骨付き肉。
夜食である。
決戦前の腹ごしらえは大事ってね。
腹が減っては戦はできぬ。
とりあえず、腹は膨らませておく。
「アニキ、俺っちも、俺っちもっ!」
足元で、メイトが首を伸ばした。
「ほーれ」
投げられた肉を空中でキャッチ。
「うまいっす!」
アルドは骨をしゃぶりながら、昨日のことを思い返した。
エルネストは、ヴェロニカに天井の魔法陣を調べさせていた。
応接室の長卓の上に梯子をかけ、ヴェロニカが天井にへばりつく。
身体の線が出る黒いローブで梯子に上るので、警備の兵士たちは目のやり場に困っていた。
グレゴールは露骨に見ていた。
鼻の下を伸ばしながら。
ダメおやじだった。
「どうですか、ヴェロニカ」
エルネストが下から問う。
「……だいじょうぶ、任せて」
ヴェロニカは、天井の蔓模様をなぞりながら答えた。
「複雑な術式になるけど……なんとかしてみせるわ」
「出口の複数分岐。条件指定……それに……」
魔法陣に細工をする。
転移してきた者をさらに転移させる。
それも使用者によって行先を変更させる高度な術式。
つまり、アークデーモンとカナだけを別の場所に飛ばそうというのだ。
アルドを孤立させる。
条件指定はレベル。
アークデーモンをはるかに凌ぐ力を持つものだけ、そのまま転移。
それ以外は別の場所へ。
エルネストの考えでは、アルドに数で押すのは愚策。
逆に弱者を利用される。
少なくとも自分ならそうする。
ならば少数精鋭が基本。
絶対無敵のアルドにも弱点はある。
アルドの代名詞、『フルバースト』だ。
あれを使わせれば、全滅しなければ勝ち。
MP切れを待てばいいのだから。
ただし、MPが切れる前に全滅必至なのが問題。
だからこそのミャル。
エルネストの切り札だ。
アルドに仲間がいなければ勝算は高い。
これはまさに、千載一遇のチャンス。
その様子をアルドはこっそり覗いていた。
そして現在、作戦会議が始まった。
場所は、ファスタ城の大礼拝堂。
エルネスト。ガストベルグ。ヴェロニカ。ミャル。
グレゴールを隊長とする長槍隊。
冒険者『ミスリルの刃』に、『宵闇の燐』。
セレスティア。ジェイル。リア。
当然アルドとメイトはいない。
エルネストは、穏やかな顔で語りはじめる。
「では、説明いたしましょう」
見取り図に置かれた指が、応接室を指す。
「今日まもなく、天井の魔法陣から敵が来ます。アークデーモン約二十。盗賊カナ。そして逆賊アルド」
ジェイルの拳が、テーブルの下でぎゅっと握られた。
「ヴェロニカが陣に書き足した命令は一つ。『最高レベルを持つ者は、そのまま。それ以外の者は別の出口へ』」
「別の出口?ですか」
セレスティアが問う。
「ええ。それがここです」
礼拝堂の床に魔法陣が書いてある。
俗にいう、受け陣だ。
受け陣とは、転移の着地点。
「すなわち、逆賊アルドだけが、応接室へ降りてくる」
エルネストは笑みを深めた。
「そこを、我ら『銀詩の旅団』が討ちます。その間、陛下には地下倉庫に避難していただきます。そして、今宵、アルドの死体を、陛下の御前に献上させてもらいましょう」
陛下の御前。
そこを強調した。
なるほど。
王に手柄を見せつけ、英雄になる気だ。
それが、こいつの一番の目的。
「で、残ったアークデーモンとカナはどうする気だ?俺たちが全滅すれば、すぐに合流されるぞ」
ジェイルが厳しい現実を突きつける。
「そこで――」
エルネストは、礼拝堂の四隅をみた。
「これを使用していただきたい!」
四隅に配置された人の大きさほどの石柱、いやクリスタル柱。
それは人の祈り、という名の生命力を吸い取り、力に変える『聖なる宝』。
聖宝。
悪魔に絶大な威力を発揮し、侵入を拒む。
逆に、これを四方に配置すれば、どこにも侵入させない。
というより逃がさない。
しかも、弱体化のおまけ付き。
まぁこちらが本命。
多数の兵士の生命力を犠牲に、クリスタル結界を発動。
その中にアークデーモンを閉じ込め弱体化。
冒険者たちが各個撃破。
ただし、アークデーモンの能力は低くはなるが、生命力は変わらない。
おそらく、持久戦に突入。
それでかまわない。
夜が明ければ、デーモンたちの能力は半分以下に落ちる。
あとは殲滅させるのみ。
やられてダメなことは、兵士の数を減らされて、聖結界が維持できなくなること。
防衛戦の不利は必然。
だから、こちらから攻勢をかけねばならない。
二十体に対して。
だからエルネストは数を揃えたかった。
これには、セレスティアもジェイルも納得。
エルネストは汚いだけではない。
知略、才能、ずば抜けている。
まさに英雄の器。
これなら本当にアルドを倒してしまうかもしれない。
「あなた方には期待していますよ、ジェイル殿?それにミスリルの刃、宵闇の燐。ここでアークデーモンを抑えてください」
「……カナは。勇者パーティのカナはどうする?」
ジェイルだ。
あくまでも、勇者パーティを警戒する。
エルネストは、ほんの少しだけ肩をすくめた。
「も・と、勇者パーティですね。彼女は盗賊でしょう?」
「どういう意味だ?」
「魔法も使えない、剣術もない。身軽なだけの小娘。アークデーモンの影に隠れているのがせいぜいかと」
ジェイルは、何か言いかけて、やめた。
カナを舐めている。
確かに二つ名は『神足通』。
どこへでも行ける。
だが、この戦況でどこに行こうというのだ。
逃げ出すので精一杯。
万が一、アルド合流に備えて、グレゴールを配置する。
万全の策。
「何か質問は?」
エルネストが見回す。
「はいっ」
リアが手を挙げた。
「トンソクは、どこにいればいいですか?」
全員の視線が、少女に向いた。
何をいっているのだこいつは。
オークなど、食堂でも納屋でも好きなところにいればいい。
というより、そもそも、ここにいないではないか。
「……邪魔をしないなら、お好きなように」
エルネストは、心底どうでもよさそうに言うと、笑いが起こった。
さすがはオーク様、期待度が違うぜ!と嘲笑される。
リアはセレスティアの袖を引いた。
セレスティアには分かっている。
トンソクはきっと、何かを企んでいるのだろう。
いつもの悪い顔で。




