第百二十一話「取引と、婚姻と、あと自由」
エルネストの視線が、ようやくアルドへ向いた。
正確には三匹のアルドへ。
「…………?」
一瞬理解できない。
(なぜ……三匹に増えている?)
アルド。
雑アルド。
豚寄り雑アルド二号。
三匹並んで、こちらを見る。
エルネストの顔に隠しきれない嫌悪。
(以前に増して……醜い)
「…………」
アルドの眉が動く。
おい。
お前、今失礼な事考えてるだろ?
まあ、こっちも似たようなもんだが。
アルドも、エルネストを同じくらい軽蔑した目で見ていた。
馬鹿だろ、こいつ。
憎しみが強すぎて、理性が飛んでやがる。
デモンレイア入りの俺の身体。
そして。
カナ。
そいつらをたった四人で?
無理無理無理のエスカルゴ。
一瞬で消し炭。
時間稼ぎにすらならない。
注意を引くことさえ、ままならん。
違うだろ?お前の役目は。
攪乱。混戦。隙作り。
カナを舐めるなって。
同じSランクでも格が違う。
あいつは一人でSランクパーティ一つ分。
いや、今はそれ以上か。
さらにデモンレイア。
俺の身体を使って、聖剣まで持ってるってよ。
能力は完全に未知数。
それを正面からってお前……。
無駄死にしたいのか。
総力戦だ。総力戦。
それでも、たぶん全滅。
だが、我に秘策あり、だ。
だからお前は、余計な願望を出すな。
歌でも歌ってろ。
「…………」
エルネストは、睨めあげている三匹の不気味なオークを見なかったことにした。
「話を戻しましょう」
切り替えた。
「皆さんに求めているのは、アークデーモンを倒すことではありません」
「……何?」
「時間を稼いでほしいのです」
エルネストは窓の外へ視線を向ける。
「襲撃は満月の夜。アークデーモンは、夜間、特に満月の下で大きく力を増します」
エルネストが続ける。
「しかし夜が明ければどうなるでしょうか?」
「大きく力が落ちるな」
「その通り」
「…………」
「つまり」
エルネストは、ゆっくりと全員を見る。
「夜明けまで耐えればいい」
「簡単に言うな!アークデーモン二十だぞ!」
ジェイルが吐き捨てる。
「承知しています。だからこそ……」
エルネストの視線が。
ジェイル。
そして。
セレスティアへ。
「今は、一人でも多く戦力が必要です」
ジェイル。
Cランク。
だがその実力は、その枠には収まらない。
セレスティアも、その実績からすれば、最低でもB。
いや。
Aランクパーティに所属していても、全くおかしくない。
エルネストは、そう判断している。
ガルディアス奪還は伊達ではないはずだ。
「…………」
だが、今の話を聞いて、素直に『分かった』とは言えない。
当然だ。
そこでエルネストは、次の一手を出した。
「もし」
微笑む。
「この戦いに協力していただけるなら、リアさんに良いことが起こるかもしれませんよ」
ジェイルの目の色が変わった。
セレスティアも意味を理解する。
暗示。洗脳。
それを解く、そう言っている。
直接は言わない。
だが、明らか。
「……それが見返りか?」
ジェイルが低く言う。
「さあ?」
エルネストは笑う。
上手い。
アルドは内心で、ちょっとだけ感心した。
リアの利用価値。
エルネストにとっては、アルドの情報を得るための道具。
じゃあ、アルドを倒した後は。
必要?
ない。
時間をかけ、支配を深め、そして得られるもの。
醜いオークが一匹。
今は三匹か。
いらんだろうな。
なら、支配など不要。
それでも、それを対価にする。
ジェイルたちは、リアを救える。
エルネストは、戦力を得る。
Win-Win。
表面上は。
実際には、ほぼ全部、エルネストだけが得をする。
セレスティアは深く頭を下げた。
「ジェイル」
「…………」
「この戦い、協力していただけませんか」
「セレスティア……」
「お願いします」
ジェイルは彼女を見る。
セレスティアにはファスタ貴族としての責務がある。
王のため。
民のため。
国のため。
魔王軍の侵攻を、見て見ぬふりなどできない。
ましてや、今回の敵は、ヴァルデマールを利用していた連中。
父を苦しめていた。
許せるはずがない。
ジェイルも当然分かっている。
しかも、これは勇者アルドへ近づく、またとない機会。
本人に直接確かめられるかもしれない。
だが、すぐに了承してはいけない。
それでは取引にならない。
セレスティアも、それを分かっている。
だから、あえて頭を下げた。
長い溜息。
「分かった」
渋々……そう見せる。
「そこまでされちゃあ、な」
「ありがとうございます」
「約束は守れよ」
ジェイルがエルネストを見る。
「もちろん」
どこまで信用できるか分からない。
エルネストは次にグレゴールを見た。
「グレゴール殿」
「は、はい!」
姿勢がぴん。
「あなたには、一部の兵を率いて、私のサポートにあたってもらいます」
「承知しました!」
「私の指示に従うこと。決して、でしゃばらないでください」
声が冷たい。
「はい!決して!」
それだけ答えるのが精いっぱいのグレゴール。
エルネストは満足そうだった。
焦り。怒り。
先ほどまでの感情は、もうない。
完全に、自分のペースを取り戻している。
そこで、セレスティアは、ずっと胸に引っかかっていたことを口にした。
「エルネスト殿」
「何でしょう」
「婚姻の件はいかがいたしましょう?」
一瞬、エルネストの顔が、『ああ、そんな話もあったな』、そんな風に見えた。
「どちらでも結構ですよ」
「……え?」
柔らかい。
初めて会った時のような穏やかな笑顔。
「どちらでも?」
「ええ」
エルネストにとって、王の座は魅力的だった。
アルドを討つため。
アルドを超えるため。
そのために。
セレスティアとの婚姻は、使える道具だった。
だが。
今、勇者アルドを討てる。
それが目前。
ならば、優先順位は必然的に変わる。
セレスティア自身も魅力的。
美しい。才能もある。
欲しい。
それは間違いない。
だが、代わりが絶対にないか?と問われればそうではない。
他に、いくらでもいる。
セレスティアは、エルネストを見つめた。
そして、予想外の言葉を口にする。
「婚姻は了承いたします」
今度はエルネストが、僅かに驚いた。
「そうですか」
「ただ」
セレスティアが続ける。
「この戦いに勝てた時、もう一つ、お約束していただきたいことがあります」
エルネストの表情が、一瞬だけ歪んだ。
露骨に嫌そう。
すぐに元へ戻ったが。
「伺いましょう」
この世間知らずのお嬢様が、何を言い出すのか。
少し興味もあった。
セレスティアは一度息を吸った。
そして。
「ミャルさんのお母様を解放してください」
空気が変わった。
「そして……ミャルさんを自由にしてください」




