第百二十話「焦りと、襲撃と、あと単独行動」
笑い声がまだ食堂に残っていた。
ジェイルは腹を押さえ、セレスティアも口元を隠したまま肩を震わせている。
グレゴールに至っては、先ほどまで威厳たっぷりにモンスター肉の禁忌を語っていた男とは思えないほど、テーブルを叩いて笑っていた。
原因はもちろんアルド。
正確には三匹のアルド。
本物。
雑アルド。
雑アルド二号。
三匹並ぶと、どうにも締まらない。
「きゅいきゅい!」
メイトだけは純粋に嬉しそうだった。
(アニキが三人!最強っす!最強部隊が結成されたっす!狙うはもはや国!国落としっす!)
何が最強だ。何が国だ。
お前はクニじゃなくニクにしか興味ねーだろが。
アルドが内心悪態をついた、その時だった。
ドカドカドカッ。
廊下の向こうから、荒々しい足音が近づいてくる。
「?」
リアが振り返った、次の瞬間。
バンッ!
部屋の扉が勢いよく開いた。
「セレスティア殿!」
一瞬でセレスティアの顔から笑みが消えた。
入ってきたのは、エルネスト・レイヴァン。
その後ろにはガストベルグ、ヴェロニカ、ミャル。
銀詩の旅団だ。
ジェイルも即座に表情が引き締まる。
露骨な警戒心。
殺気すら滲んでいる。
「エルネスト殿……」
セレスティアも硬い声を出す。
ただ、リアだけは。
「あ、ご主……ん、もごもご!」
少し嬉しそうに口を押さえた。
グレゴールは、何とも居心地が悪そうに俯いたままだ。
そして。
今日のエルネストは様子が明らかにおかしかった。
いつもの余裕、優雅さ、柔らかな笑顔が全くない。
それどころか。
額には汗まで浮いている。
「あなた方は……」
エルネストが食卓を見る。
食い散らかされた八獣揚げ。
感情のまま食卓へ歩み寄ると。
バンッ!
掌をテーブルへ叩きつけた。
「あなた方は、今どういう状況に置かれているのか分かっているのか!」
「っ……!」
セレスティアが思わず身を竦ませた。
普段のエルネストからは想像もつかない怒声だった。
「笑い声が廊下まで響いていましたよ!」
エルネストの堪忍袋の緒は、完全に切れているらしい。
「え、えっと……」
リアが困ったように首をすくめる。
「応接室を確認しました!」
「応接室?」
「天井です!」
セレスティアたちの頭に、揃って疑問符が浮かぶ。
「間違いありません!転移魔法陣でした!」
エルネストが叫ぶ。
「…………」
しん。
誰も反応しない。
エルネストの頬が、ぴくっと動く。
「まさか、本当に何も知らないのですか?」
そりゃそうだろ。
お前自身が『自分以外には喋るな』、そうリアへ刷り込んだんだろうが。
覚えてねぇのか。
「…………」
エルネストが止まった。
どうやら、思い出せたらしい。
「……失礼」
一度目を閉じ、深呼吸。
そして、まるで何事もなかったかのように、いつもの口調へ戻った。
「順を追って説明しましょう」
切り替えが早い。
「二日後の満月の夜、逆賊アルドが、この城を襲撃します」
「…………!」
セレスティアが息を呑んだ。
ジェイルの表情も変わる。
「戦力はアルド、元勇者パーティのカナ、そして、アークデーモン約二十体」
「侵入経路は、応接室の天井に設置された転移魔法陣」
アルドは内心で頷いた。
ちゃんと伝わってる。
セレスティアはエルネストを見ていた。
どうやって、その情報を?
視界の端、ぱたぱたと飛ぶメイト。
そして嬉しそうなリア。
セレスティアの顔が硬直した。
ジェイルを見る。
ジェイルも分かったらしい。
誰がエルネストの暗示を受けているのか。
なぜエルネストが、自分たちも情報を知っていると思い込んでいたのか。
リア。
彼女だ。
エルネストの手に落ちたのは。
この場で、この状況が分かっていないのはグレゴールだけ。
セレスティアは小さく息を吐いた。
怒り。恐怖。
そして。
嫌悪。
全部が入り混じっている。
だが今は、それを口にする時ではない。
代わりに紡いだ言葉は。
「事前にこの情報を得られたのは僥倖ではないのですか?対処はいくらでもできます。最も簡単なのは、転移魔法陣の撤去」
「…………」
「それだけで敵は城内へ直接侵入できなくなります」
正論。
「あるいは、王都そのものを放棄する選択肢もありますね。もっとも、そこまでする必要はないかもしれませんが。王と民を守るなら、それも選択肢のうちの一つ」
「……あの……魔法陣の撤去は、済んだのですか?」
グレゴールが恐る恐る口を挟んだ。
エルネストが、ちらりと見る。
いや睨む。
「……馬鹿が」
小さい。
が、確かに聞こえた。
グレゴールが、しゅん、と縮こまる。
これでも王都守備槍兵隊隊長。
かなり上の役職である。
なのに完全にモブ扱い。
「魔法陣を撤去する?」
エルネストが笑う。
「とんでもない」
「え?」
「これはチャンスなのです!」
空気が変わった。
「アルドは我々が魔法陣の存在に気づいたことを知らない」
そうだ。
アルドも同意する。
「ならば……これを利用しない手はありません!」
エルネストの口角が上がる。
だんだん声が大きくなる。
目が輝いている。
いや、血走っている。
「ここで、逆賊アルドを討ちます!」
来た。
そうだ。
いいぞ。
それでいい。
俺が期待してたのはそれだ。
エルネスト・レイヴァン。
こいつにとって、何よりも優先されるもの。
名誉でも、王位でも、女でもない。
勇者アルドに、ほえ面をかかせる。
それが、こいつの一丁目一番地。
そこまで執着しているなら。
動く。
絶対に。
そして。
今のアルド一人では、できないことを、こいつならやってくれる。
「それで?」
今度はジェイルが口を開いた。
冷静な声。
ただし、目は怒りに燃えている。
「俺たちに何を求める?」
「…………」
「当然、タダで協力しろって話じゃないんだろ?見返りは?」
エルネストは、ジェイルを見る。
双天のジェイル。
有能。
そして。
美しい。
エルネストの表情から、先ほどまでの焦りが少しずつ消えていく。
「ふふっ、話が早いですね」
いつもの柔らかな笑み。
「皆さんにはアークデーモン二十体を引き受ける手伝いをしていただきたい」
「は?」
「王都にいる冒険者、城の兵士、彼らと協力し……」
「待てよっ!」
ジェイルが声を荒らげた。
「アークデーモン二十だぞ!」
「分かっています」
「銀詩の旅団を入れて、Sランク一、Aランクが六。それに城の兵を全部合わせても……」
「ええ、勝算は低いでしょう」
「…………」
空気が凍る。
「おい……ふざけてんのか?」
「いいえ」
エルネストは笑う。
さらに。
「アークデーモン戦に、銀詩の旅団は参加しません」
ジェイルだけではない。
セレスティアも。
グレゴールも。
言葉を失った。
ジェイルが一歩出る。
「お前、俺たちに死ねって言ってんのか?」
「まさか」
エルネストは穏やかに笑う。
「こちらも、アルド以上の策を用意します。ですから安心してください」
「……で?あんたたちは?」
ジェイルが睨む。
「銀詩の旅団は、アルドを単独で討ちます」
「ぶーーーっ!」
三匹のオークが同時に吹き出した。




