第百十九話「ダブルと、豚顔と、あと永久封印」
「トンソク、増えてない?」
リアの言葉に、その場にいた全員の視線が一点へ集まった。
アルドによく似たオークが、アルドから少し離れた横に、ぬぼっと立っている。
「…………」
誰もがまず、自分の目を疑った。
似ている。
確かに似ている。
体格も同じくらいで、肌の色もほぼ同じ。
遠目に見ればトンソクが二匹いるようにしか見えない。
だが、そっくりかと訊かれれば?
「……なんか違うね」
リアが率直な感想を漏らした。
そう、何かが違う。
偽物。
分身。
そう呼ぶには、あまりにも出来が雑だった。
まず目が小さい。
しかも、微妙に外側へ離れている。
鼻も妙に前へ突き出しており、顔全体の輪郭が動物的だ。
現在のアルドはオークとはいえ、造形そのものはかなり人間に近い。
全体的に知性を感じさせるものがある。
それに比べて、隣のオーク。
かなり豚寄り。
「ねぇ、ちょっと、それ誰?」
リアがアルドの肩をつついた。
うるさいガキだな。
飯食ってる時くらい静かにしろ。
マナーを知らんのか。
アルドはそう思いながら、最後の八獣揚げを口へ放り込もうとして。
何気なく横を見た。
「…………」
オークがいた。
「ぶひぃっ!?」
アルドは反射的に椅子を蹴り、後方へ飛び退く。
そのまま腰を落とし、両手を構える。
何だコイツ!いつからいた!
気配を感じなかったぞ!
かなりの使い手か!
しかし。
襲ってこない。
目の前のオークは、ただぬぼっと立っているだけだった。
敵意どころか、意志そのものが感じられない。
アルドは眉をひそめる。
あらためてオークを見る。
見れば見るほど、自分に似ている。
似ているというか。
これ……俺?
俺ってこんな豚顔だったっけ?
アルドは自分が使える数少ない魔法を発動する。
(ステータス)
視界の中に、情報が浮かび上がった。
――オークファイター。
オークファイター?
知ってる。
確か……。
旅の途中で聞いたことがある。
名前だけでいえば、いかにも戦闘特化型のオークだ。
ファイター。戦士。
強そうな響きである。
だが、実際は、コケ脅しモンスターの代表格。
素手での戦闘を好むとされているが、単に武器を上手く扱えないだけだという噂も。
身体能力も、オーク系統の中では多少高い程度で、とても高位モンスターと呼べるような存在ではない。
ただし。
一つ変わった特技を持っていた。
――ダブル。
自身によく似た分身を生み出す技能。
もっとも、その分身にまともな戦闘能力はない。
数だけ増やし、相手を威嚇する。
それだけ。
小魔法一発。範囲攻撃で、本体も分身もまとめて吹っ飛んでいく。
そんなイメージ。
ハズレか?
一瞬そう思った。
だが、次の項目を見て、アルドの目が見開かれた。
HPが増えている。
それも倍以上に。
「ぶひっ!」
アルドは拳を握り締めた。
これはデカい。
戦闘能力がどこまで伸びたかなど、今はどうでもいい。
HPが増えた、それが重要。
メタモルフォーゼ。
現在のアルドにとって、最大の切り札の一つ。
ワイルドオーク。そして刹那。
強力な形態ほど、HPの消費が激しく、長時間維持できない。
しかし。
最大HPそのものが増えれば、維持できる時間が伸びる。
特に刹那。
あの圧倒的な戦闘能力を、今までより長く使える。
アルドは渾身のガッツポーズを決めた。
「…………」
しん。
静まり返っている。
「?」
アルドは周囲を見る。
全員、何とも言えない顔でこちらを見ていた。
それはそうだ。
トンソクが雑に一匹増えた。
と思ったら。
次の瞬間、意味もなくガッツポーズ。
何が嬉しいんだ、この豚は。
そういう目だった。
「ぶひ……」
アルドは改めて、横に立っている分身へ視線を向けた。
思ったより豚だな。
少し傷ついた。
アルドは確認するように、分身へ手を伸ばした。
すると、分身アルドも手を伸ばす。
「?」
アルドが止まる。
分身も止まる。
もう一度、ゆっくり手を動かす。
分身も同じように手を動かした。
なるほど。
自分が何かをしようと思うと、その意図が、ある程度こいつにも反映されるらしい。
その結果。
ぱちん。
意図せずハイタッチ。
「何してるの?」
リアが真顔で尋ねた。
ハイタッチしたまま、二匹のオークが、揃ってこちらを見る。
「ぷっ」
誰かが吹き出した。
誰だ。
アルドが睨む。
「くっ……」
ジェイルが口元を押さえている。
肩が震えている。
「だ、だってよ……!」
ジェイルがもう一度、二匹を見る。
同じ格好。
同じ動き。
片方だけ……。
微妙にブサイク。
「ぶっ……はははははは!」
耐え切れなかった。
爆笑。
「…………ぷっ」
セレスティアも口元を押さえた。
「す、すみません……」
肩が震えている。
「でも……並ぶと……少し……」
リアまで笑い始める。
「あはは!トンソクが変なトンソクと仲良しだ!」
変なトンソクって言うな!
「あはははははは!ちょ、やめてくれ!食ったもんが出そうだ!」
ジェイルが腹を押さえる。
何がそんなに面白いんだコイツら!
その時。
「きゅいぃぃぃ!」
メイトが興奮した声を上げた。
「アニキが増えたー!すげぇっす!アニキが二人っす!やったぜ!」
嬉しいのか?
俺が増えて。
「きゅいきゅい!もう一人増えないんすか!?」
増える?
そういえば技能として使えるなら、もう一体いけるのか?
アルドは意識を集中した。
(ダブル!)
身体の奥から、ごっそりと何かが抜ける感覚。
(うおっ……?)
そして。
何もなかった空間に。
ぬっともう一匹。
最初の分身より、少しスタイルがいい。
スラリと手足が伸びていて、全体的に引き締まっている。
だが。
顔。
顔がさらに豚だった。
雑アルド。
二匹目。
並んだ。
団子三兄弟。
「ぶっ!」
「はははははは!」
「あはははは!」
グレゴールまでテーブルを叩いて笑っている。
「アニキ三人っす!最高っす!」
メイトが喜んで飛び回っている。
何がおもしれぇんだ。
だが、アルドは身体の違和感に気づいた。
身体が重い。
妙な倦怠感。
HPが減った。
しかも。
ごっそり半分近く。
どうやら、ダブルで分身を作る際、現在HPの半分を消費するらしい。
そして、消費したHPそのものが、分身のHPになる。
最初の分身が現れた時に消耗した感覚がなかったのは、八獣揚げを爆食いしていたから。
減ったHPが、食事によって、すぐに回復していた。
だから気づかなかった。
つまり……この豚一匹を作るために。
HP半分。
「…………」
アルドは並んだ自分たちを見た。
雑。
そして雑。
なんてこった。
こんなもん作るためにHP半分?
ないな。
絶対にない。
アルドの中で、新技能『ダブル』は、習得から僅か数分で永久封印が決定した。




