第百十八話「八獣揚げと、禁忌と、あと二匹」
「では、いただきましょう」
「いただきまーす!」
「きゅい!」
メイトまで食卓に上っている。
もはや、それが当たり前の顔で。
ここに、遠慮という言葉はなくなったらしい。
それはさておき、アルドはまず一切れ。
そのまま口へ放り込む。
「…………!」
サクッ。
衣が割れる。
次の瞬間には熱い肉汁。
……旨い。
そして濃い。
モンスター油は、それだけで味がある。
普通の油とは違う。
肉から出た旨味が溶け込み、そこへ元々の脂の風味が重なる。
衣。
油。
肉。
合わせて三つ。
三重奏。
それぞれ別なのに、初めから一つのモノだったように。
混然一体。
味に奥行きがあった。
「んんっ!おいしい!」
リアの目が大きくなる。
「こりゃ……とんでもねぇな」
ジェイルも、一瞬言葉を失った。
「昨日の焼いたお肉とは、また全然違いますね。衣が軽い」
セレスティアも一切れ噛むと目を細める。
そう、軽い。
油を大量に使っているのに重くない。
高温で短時間、肉の水分を閉じ込め衣だけを一気に乾かす。
それがコツであり、全て。
「これ、何のモンスターのお肉なんだろ?」
リアが次を取り、口の中に放り込みながら尋ねた。
知らん。
「こっちは?」
知らんて。
マイナー雑魚モンスターなんて覚えてないだろ普通。
トールならまだしも、俺は一振りで消滅するやつの名前まで憶えてられん。
アイツはモンスターマニアだったから、図鑑まで買い込んでいたが。
八種類。
もはや見分けはつかない。
つかないが……。
食べれば全部違う。
一つは牛肉のような濃い味わい。
一つは鳥肉に近く淡泊。
別の一つは弾力がある。
魚、いや、貝に近いか。
さらに、噛めば噛むほど甘みが出る肉。
少し匂うが、それがまた癖になる肉。
香草と相性が抜群の肉。
八種類。
八つの味。
「これは……これは……」
グレゴールが目の前の肉をじっと見つめている。
「旨い!」
「叔父様……禁忌では?」
「そうだが何か?これは全て、お前のために犯した禁忌である!安全確認よし!」
もう一つ口へ。
もぐもぐ。
「うむ!これも異常なし!」
何が『異常なし!』だ。
アルドは心底呆れた。
昨日グレゴールは、初めてモンスター肉の味を知った。
そして今日も。
普通の肉では、満足できない身体にされつつある。
「叔父様」
「何だ?」
「もう十個目ですが」
「まだだ。まだ安全とはいいきれぬ!」
「はぁ……そうですか」
そんな会話を他所に、アルドは食う。
というか気にしていられない事情があった。
一切れ。
また一切れ。
体の奥から、じわっと何かが湧き出てくる感覚。
力だ。力が溢れる。
筋肉が膨張し、魔力が漲る。
来たぜ。レベルアップ。
アルドは、さらに食う。
レベルアップ。
一口ごとにレベルアップ。
祭りじゃ祭り。
レベルアップ祭り。
「これ、つけてもいいんだよね?」
リアが果実入りのタレを指さした。
「ぶひ」
「じゃあ……」
ちょん。
一切れ、タレに浸す。
そして口へ。
「なにこれ!」
酸味と甘み。
塩味に旨脂に胡椒。
それが、一気に流れ込む。
「さっぱりしてる!食べやすい!」
そうだ。それが狙い。
揚げ物は確かに旨い。
しかし、大量に食えば、どんなに美味かろうと、どうしても脂が重くなってくる。
そこで果実の酸味。
脂を切る。
甘みが肉の味を持ち上げる。
ごくり。
ジェイルも揚げ物にタレをつける。
そして、もう一つ。
もう一つ。
もう一つ。
「ジェイル?」
「今は話しかけるな」
「え?」
「忙しい」
食うのに。
フォークが止まらない。
セレスティアのことは完全無視だ。
「こうしたらどうかな?」
リアが、また何か始めた。
葉野菜を広げ、その上へ八獣揚げを乗せ、包む。
そしてタレにつける。
「んー!」
リアの頬が緩む。
「これ、すっごくおいしい!」
アルドも真似してみた。
葉で肉をまき、タレへ。
そして、パクリ。
「…………!」
くそ。旨い。
完全に先を越された。
リアのくせに。
脂っぽさが消え、葉の水分、青い香り、果実の酸味が主張する。
そこへ揚げ物のコク。
悪魔的。
いくらでも食える。
「アニキ!これはたまらんっす!癖になるっす!いやーアニキについてきて正解だったなー。正直魔王様のとこで働いても、何にももらえなかったっすから。それに比べて今は天国みたいっす。天国といえば……」
メイトが騒ぐ。
うるさい。
食うか喋るかどちらかにしろ。
違う。
食うな、喋るな。
「冷たいっす!」
うるさい。
その間にもアルドは食う。
身体の中で変化が続いている。
輪郭が僅かに変わっていく。
だが。
今はそんなことより食わねば。
なぜなら、ここは戦場だから。
横からグレゴールが、また取った。
ジェイルも負けない。
取る。
セレスティアが神速の動きで取る。
リアはもはや手づかみだ。
メイトは山に直接かじりついている。
おい!お前ら!食いすぎだろ!
レベルも上がらねぇくせに!
俺はな!お前らのためにも強くなろうとして食ってんだぞ!
「ぶひぶひぶひ!」
「トンソク?早く食べないとなくなっちゃうよ?」
リアが振り向く。
分かってるわ!
だから食ってる!
一切れ。
二切れ。
三切れ。
そして。
頭の中に声。
『ハイドオークのレベルが九に上昇しました』
まだだ。
『ハイドオークのレベルが十に到達しました』
「…………!」
『進化条件を満たしました』
来た!
『進化しますか?』
当たり前だ!
今すぐやれ!
俺は止まらねぇ!
止められねぇからよ!
「ぶひぶひっ!」
アルドは、進化を承認しながら皿へ手を伸ばし続けた。
進化の確認は後だ。
飯がなくなる。
それから、どれくらい経っただろう。
「もう……無理ぃ……」
リアが椅子へ倒れ込んだ。
腹を押さえている。
「食べすぎた……」
さすがに限界。
「私も……少し」
セレスティアも苦しそう。
ジェイルとグレゴールも、さすがにフォークの速度が落ちた。
アルドも、いつの間にか席を立っていた。
腹が膨れたのだろう。
少し離れた場所から食卓を眺めている。
「…………?」
リアがアルドを見る。
何か変。
「あれ?」
「どうしました?」
セレスティアが聞く。
「トンソク……こんな顔だったっけ?」
リアが目を細めた。
「?」
「なんか……雑?」
少し考える。
「雑?」
「うーん」
首を傾げる。
「豚っぽい?」
「元からオークですよ」
「そうなんだけど……」
何か違う。
輪郭。
鼻。
目。
全体的に。
少し間の抜けた豚。
いや、元々豚っぽかったけど。
リアが隣へ顔を向ける。
「ねえトンソク」
「ぶひ?」
「トンソクって、あんな顔だった?」
リアが、少し離れた場所に立っている、もう一匹のオークを指さす。
知らん!
俺様は忙しいんだ!
遊ぶならチビドラゴンと遊べ!
リアは隣のアルドを見る。
次に、向こうにいるオークを見る。
そして。
もう一度、隣。
「…………あれ?」
目をぱちぱち。
「トンソク、増えてない?」




