第百十七話「油と、てへぺろと、あといいわけ」
アルドは上機嫌で調理場に立っていた。
理由は単純。
食べたことのないモンスターを、一気に八種類も手に入れたから。
しかも収穫は肉だけではない。
「ぶひひ……」
調理台の横には、大きな壺が置かれている。
中身は油だ。
これはただの油ではなく、モンスターから採れたもの。
この世界では、本来、油は貴重品である。
料理はもちろん、灯りを取るためにも使う。
植物油も獣脂も、それなりの値段で取引される。
だが、モンスターの油となると話は別だった。
臭いが強く、癖がある。
そもそも、モンスター由来というだけで忌避する人が多い。
角や牙、皮、魔石は喜んで使うくせに、脂だけは「気持ち悪い」の一言で捨てる。
実に、もったいない。
だから、きっちりガメて……もとい、回収してきた。
有効活用である。
アルドは壺の蓋を開け、鼻を近づけた。
なるほど。
確かに普通の獣脂とは少し違う。
香りが濃い。
肉っぽさの奥に、わずかに木の実を腐らせたような甘い匂いがある。
種類の違うモンスターの脂が混ざっているせいだろうか。
悪くないと思う。
てか、むしろ面白い。
次に調味料を確認する。
王都の調理場は食糧難の影響もあって、品揃えが良いとは言えなかった。
塩。
少量の胡椒。
乾燥した香草。
小麦粉。
それくらい。
しかし、アルドには秘密兵器がある。
イジェクト。
保管庫から、小瓶をいくつか取り出した。
ガルディアスから持ってきた調味料。
持ってきた。
そう、持ってきたのだ。
決して盗んではいない。
借りているだけ。
返却予定は未定。
細けぇことはいいんだよ!
アルドは万能包丁を取り出し、八種類の肉を、それぞれ一口大に切っていく。
同じ大きさに。厚すぎず薄すぎず。
火が均一に通るように。
獣型の肉は筋が強く、鳥型は繊維が細い。
虫型は見た目に反して白身魚のような弾力がある。
包丁を入れるたび、手応えが違う。
食材として見れば、これほど多彩なものもない。
アルドは切り分けた肉を皿へ並べ、軽く塩を振った。
次に小麦粉。
そこへ香草を少量混ぜる。
追加で、ほんの少しだけ、ガルディアスから借りてきた香辛料を加える。
混ぜると粉の色が僅かに変わった。
肉へまぶす。
厚くしすぎない。
表面を薄く覆う程度。
余分な粉は軽く落とす。
そして大鍋。
モンスター油を、どぼどぼどぼ。
惜しみなく注ぐ。
「ちょ、トンソク!?」
後ろからリアの声がした。
「油、そんなに入れるの!?」
入れる。
たっぷり。
これはそういう料理だ。
ケチったら負け。
魔導コンロへ鍋を乗せ、ゆっくり火力を上げる。
じわじわと油の表面が揺れ始めた。
温度を確認。
粉をほんの少し落とす。
しゅわっ。
底まで沈まず、中ほどから浮いてくる。
よし!
頃合い。
アルドは最初の肉を一切れ、油へ落とした。
ジュワァァァッ!
「わっ!」
リアが一歩下がる。
続けて、二つ、三つ。
一気に入れすぎない。
油の温度が落ちるからだ。
鍋の中で、衣が白から淡い黄金色へ変わっていく。
肉から出た旨味と脂が、モンスター油へ溶ける。
そして、その油が再び衣へまとわりつく。
香りが変わった。
「……なにこれ。すごくいい匂い」
そうだろ、そうだろ。
アルドは得意げに鼻を鳴らした。
最初の一群を油から上げ、網の上へ。
余分な油を落とす。
表面はサクッ。
中はジュワッ。
想像するだけで分かる。
これは……。
圧倒的。
次は、別の肉を油の中へ。
ジュワァァァッ!
香りがさらに重なる。
獣肉の濃い匂い。
鳥肉の軽い甘み。
虫型の淡泊な香り。
それぞれが油へ溶け込み、鍋全体が一つの出汁のようになっていく。
その匂いは調理場だけでは収まらなかった。
「何か、ものすごくいい匂いがしないか?」
ジェイル。
「しますね」
セレスティア。
「きゅいきゅいきゅい!」
(アニキィィ!たまらんっす!俺っちも!俺っちも食っていいっすよね!?)
メイト。
ぞろぞろ集まってくる。
狭い!
アルドが振り返って、ふごふご叫ぶ。
「あれ?トンソクが怒ってる?」
「多分、邪魔するなと言っているのでしょう」
「きゅいきゅい!」
「お前は飛び回るな!」
ジェイルが手で追い払う。
狭い調理場。
そこに、なぜかグレゴールまでいた。
「ほう?随分と旨そうな……」
そこまで言って止まった。
「…………」
鍋。
肉。
オーク。
そして。
作業台の端に置かれた、冒険者ギルドの札。
「待てい!」
グレゴールの顔から血の気が引いていく。
「それはまさか……さっき倉庫でもらってきた肉じゃないのか?」
指をさす。
そうだけど?
「…………」
グレゴールが、ゆっくりとセレスティアを見る。
「こんなことないとは思うが……昨日の晩餐も……」
セレスティアの目が泳いだ。
「ええと……」
「セレスティア?」
「…………はい」
申し訳なさそうに笑う。
「あれも、モンスターのお肉でした」
「なっ……!なんてものを食わせてくれたんだ!」
グレゴールの顔が真っ赤に変わった。
まるで赤オーガだ。
「ごめんなさい……てへ」
セレスティアが。
ぺろっと舌を出した。
「てへ、ではない!モンスターを食うなど禁忌だぞ!何ということを!」
怒号が調理場へ響く。
「でも叔父様、昨日はあんなに美味しいと……」
「味の問題ではない!」
「おかわりもしてましたよね?」
「それを言うな!」
その後ろで、リアは食器を並べていた。
ことん。
皿を置く。
「じゃあグレゴールさんの分はいらない?」
「もちろんだ!私は食わん!」
即答。
「そっかぁ」
「モンスターの肉など口にするのもおぞましい!昨日は知らずに食べてしまっただけだ!」
ぷんすか怒っている。
だが。
「…………」
口の端から。
つう。
涎。
「叔父様」
「何だ!」
「よだれが」
「そんなもの出てない!」
「出てます」
「出てない!」
思いっきり出ていた。
一度味を知ってしまった身体は正直だった。
アルドはそんなグレゴールを無視し、仕上げに入る。
揚げた肉へ、細かく挽いた胡椒を軽く振る。
香りが立つ。
さらに秘蔵のタレ。
ガルディアスで手に入れた、甘辛い濃厚なもの。
そのままでも旨い。
が。
揚げ物には少し重い。
そこで果実を絞る。
酸味と、少しの甘み。
タレへ加え混ぜる。
一口舐めてみた。
よし!
甘酸っぱさが、揚げ物の脂を切る。
完成。
八種類すべて。
黄金色に揚がった肉を、大皿へ山のように盛る。
見た目は、どれも似ている。
だが、一切れごとに中身が違う。
アルドは料理名を考えた。
八種のモンスターの揚げ物。
なら、これでいい。
――特製八獣揚げ。
「わぁ!」
リアが目を輝かせる。
大皿が食卓へ運ばれた。
横には葉野菜。
レタスに似た、大きく柔らかな葉。
そして、果汁入りのタレ。
「…………」
全員が席につく。
ジェイル。
セレスティア。
リア。
メイト。
アルド。
そして。
グレゴール。
無言。
さっきまで。
絶対食わん。
そう言っていた男が普通に座っている。
フォークまで握って。
「叔父様?」
「…………」
「食べないのでは?」
「いや」
グレゴールは咳払いした。
「よく考えれば、禁忌ではあるが」
一拍。
「法による罰則規定はなかった」
「…………」
視線をセレスティアへ。
「それに万が一、モンスター肉など食って、お前に何かあったらどうする」
「昨日も食べましたけど」
「うるさい」
「はい」
グレゴールは真剣な顔で言った。
「私が先に味見して、安全を確かめねば」
「…………」
全員思った。
食いたいだけだろ、と。
どうやら。
禁忌より、食欲の方が勝ったらしい。




