第百十六話「倉庫と、哀願と、あと有効活用」
翌朝、アルドは目を覚ますなり行動を開始した。
三日後の満月の夜。
デモンレイアたちが襲撃してくる可能性が高い以上、悠長に構えている時間などない。
準備に使えるのは実質あと二日なのだ。
考えなければならないことはいくらでもある。
だからこそ。
「ぶひっ!」
「え?トンソク、モンスターのお肉が欲しいの?」
リアが首を傾げた。
「ぶひ!」
まずは肉だ。
「…………」
ジェイルが、心底疲れた顔でアルドを見た。
「今、この状況で飯の心配か?」
「ぶひっぶひっ!」
「いや、そんな必死な声出されても、俺には分かんねぇよ」
ジェイルは深く溜息を吐いた。
昨夜、誰かがすでにエルネストの洗脳を受けているかもしれないという話を聞かされた。
普通なら食欲が失せてもおかしくない。
そんな朝に、オークが肉を要求している。
「飯のこと考えてる気分じゃねぇんだけど……腹減ってねぇし」
違う。
食いたいから欲しいんじゃない。
いや、腹は減っているが。
今はそれ以上に重要な理由がある。
新種のモンスターを食えば、レベルアップができる。
まして数を揃えられれば、能力アップどころではないかもしれない。
進化。
そこまで届かせたい。
「モンスターのお肉がいっぱい欲しいんだって。トンソク、いつもより必死だよ。なんとかしてあげられないかなぁ」
リアがセレスティアへ訴える。
「いっぱい……ですか」
セレスティアも困った表情を浮かべた。
現在の王都は極端な物資不足に陥っている。
普通の肉でさえ貴重なのに、わざわざモンスターの肉を探してほしいと言われても、簡単に用意できるものではない。
セレスティアもアルドを見た。
「…………」
何度もこちらへ身を乗り出し、「ぶひ、ぶひ」と訴えている。
いつもとは少し違う。
昨夜を思い出す。
全員がエルネストの存在に圧倒され、先行きを悲観していた中、このオークだけは何かを考えていた。
そして、そのトンソクが今、これだけ必死になっている。
「分かりました」
「ぶひ?」
「グレゴール叔父様に相談してみましょう」
「ぶひっ!」
「ただし、あまり期待しないでください。今の王都では、冒険者の活動自体がほとんど止まっているはずですから」
それでもいい。
可能性があるなら。
セレスティアはすぐに部屋を出ていった。
しばらくして戻ってきたセレスティアの後ろには、グレゴールの大きな姿があった。
「朝から何事だ?」
「叔父様。少々お願いがありまして」
「もちろん、お前の頼みなら聞いてやりたいが……何だ?」
リアが元気よく手を挙げた。
「モンスターのお肉が欲しいです!」
「…………」
グレゴールが固まる。
「肉?モンスターの?」
「はいっ」
「モンスターの肉なんぞ、何に使うんだ?」
「トンソクが食べるの!」
「…………」
今度は露骨に顔が引きつった。
「食うのか?」
「うん」
「モンスターを?」
「そうだよ?」
うげぇ。
口には出していないが、顔がそう言っている。
モンスターがモンスターを食う。
共食い。
さすがオーク、見下げ果てた種族だ。
アルドはグレゴールを睨んだ。
だいたい何を考えているか、言わずとも分かる。
この脳筋が。
お前だって昨日、さんざん旨い旨いって食ってたろうが!
そう言ってやりたい。
だが、今はそれどころではない。
脳筋一人の戯言に付き合っている暇などなかった。
「まあ……可能性があるとすれば、冒険者ギルドの倉庫だな」
グレゴールが顎を擦る。
「今は冒険者活動そのものがほとんど停止している。下級冒険者など、王都の外へ出ることすら許されていない」
ただし、完全に討伐がなくなったわけではない。
「武器や防具の材料。あるいは、アイテム生成に必要な素材を持つモンスターだけは例外だ」
角。牙。皮。骨。魔石。
そういった王都の防衛に必要な素材を確保するため、僅かながら討伐許可が出されているらしい。
「昨日か一昨日に持ち込まれたものなら、まだ解体前の死骸が残っているかもしれん」
それだ!
「では行ってみるか。倉庫の責任者には私から話を通してやろう」
こうして、王都襲撃まで残り僅かという状況で、一行は朝からモンスターの死骸を探しに行くことになった。
馬車に揺られ、到着したのは王都冒険者ギルドの裏手にある巨大な倉庫だった。
「うわぁ……すごい匂い」
リアが鼻を押さえる。
血と獣臭に混じって、生物にはない異様な匂い。
一般人が立ち入るような場所ではない。
「あった!」
リアが声を上げた。
倉庫の奥。
大きな作業台の周囲に、いくつものモンスターの死骸が並べられていた。
アルドの目が輝く。
結構いる。
当然ながら、大したモンスターではない。
小型の獣種。巨大な鳥。硬い甲殻を持つ虫型。
見るからに雑魚ばかり。
だが、アルドにとって強さなどどうでもいい。
重要なのは、食ったことがあるか、ないか。
同じ種類を何度食べても、レベルアップには繋がらない。
逆をいえば、初めて口にする種なら、弱いモンスターでも全然OK。
本当ならボスクラスを狙いたいが。
強力な個体なら、一体食べるだけで数段階レベルが上がることすらある。
しかし、そんな希少種を探している時間はない。
今は質より量。
「ぶひぶひ!」
「これ欲しいの?」
「ぶひ!」
「こっちも?」
「ぶひ!」
「これも?」
「ぶひっ!」
全部だ。
食ったことない奴は全部欲しい。
リアが倉庫の職員へ尋ねた。
「このモンスター、買えますか?」
「買う?」
解体職人らしい男が怪訝そうな顔をする。
「全部かい?」
「うん!」
「何に使うんだ?」
「えっと……」
リアがアルドを見る。
「トンソクが欲しいんだって」
「…………」
男もアルドを見る。
「まあ、売れなくはないが……な」
提示された金額を聞いた瞬間、アルドは固まった。
高い。
クソ高い。
何だ、この値段。
以前なら二束三文で取引されるような雑魚モンスターに、とんでもない金額が付いている。
「今は物価が上がってるからな」
解体職人が説明した。
「それに、こいつらはもう納品先が決まってる。それ以上の価格でないと無理だな」
「どこですか?」
「ファスタ城」
「え?」
「国が買い取るんだよ」
武器。防具。魔道具。薬品。
利用できる部位は全て、国が優先的に確保している。
「悪いが、勝手に値引きするわけにもいかないんだよ」
「そんなぁ……」
リアが肩を落とした。
アルドは目の前の死骸を見た。
次に値段を考える。
そして。
また死骸を見る。
アルドにとって、宝の山。
目の前にある。
なのに食えない。
くそっ、どうする。
視界にセレスティアが入った。
「?」
アルドに見つめられ、セレスティアがたじろぐ。
アルドはキラキラ目を輝かせた。
「ど、どうしたのですか?」
何だろう。
妙に可愛い。
見上げてくる目が必死に何かを訴えている。
自分に何かを哀願している。
頼られている。
セレスティアには、そう見えた。
傍から見れば、美女と野獣。
いや。
美女と薄汚い豚である。
「ぶひぃ……」
「分かりました。分かりましたから、そんな顔をしないでください。私に何とかしてほしいのですね?」
「ぶひ!」
王国へ納める品。
いくらセレスティアでも、勝手に持ち出すわけにはいかない。
そこに、嫌な考えが浮かんだ。
使いたくない。
できれば。
本当に。
だが、背に腹は代えられない。
「私は……エルネスト殿との婚姻を、陛下より命じられております」
「え?」
その言葉に、解体職人の表情が変わった。
「まだ正式な婚姻前ではありますが、王命によるものです」
「あの……エルネスト様の……」
効いた。
先ほどまで、一考の余地もないという態度だった男が、明らかに悩み始めた。
「少々……お待ちいただけますでしょうか」
アルドは内心で笑う。
おおっ!効いてる。
あのチャラ男。こういう時には役に立つじゃねぇか。
エルネストは、今やファスタ王が最も信頼している男。
そして、その婚約者がセレスティア。
下手をすれば、近いうちに王族へ連なる存在になる。
それでも、職人は渋い顔をする。
「素材を持っていかれるのは、やはり困りますね」
「ちょっと待ってもらえないか」
ジェイルが口を挟んだ。
朝からほとんど喋っていなかった男が、並べられた死骸を前に、何か思いついたようだ。
「トンソクが欲しいのは『肉』だけなんだろ?」
「ぶひ」
「必要な素材は、先に取ればいいんじゃないか?」
「は?」
「角、牙、皮、魔石。国が欲しいのは、そのあたりだろ?」
「それは、まあ……もちろん、そうです」
「肉は?」
「…………」
職人が少し考えて答えた。
「捨てますね」
「なら、それを貰えないか?」
「肉だけで?」
「ああ」
職人がアルドを見る。
「ぶひ!」
アルドは力強く頷いた。
「いや……肉なんて持って帰って、どうするんですか?」
男は完全に困惑している。
「トンソクが食べるの!」
リアがあっけらかんと答えた。
「…………」
沈黙。
解体職人の顔が、僅かに歪んだ。
またこの顔。
食い意地のモンスター、オーク。
何でも食う。
共食いまでする。
理性も品性も……欠片も持ち合わせていない。
人の倫理の外側にいる外道。
そういう目。
殺そうか、一瞬本気でそう思った。
だが、遊んでいる暇はない。
アルドは何も言わず、職人の返事を待った。
「まあ……肉なんか、どうせ廃棄しますしね」
男が肩をすくめた。
「廃棄の費用が浮くんだ。こちらとしても万々歳。金はいりませんよ」
タダ!?
「なら、すぐにでも、解体に入りましょう」
話が決まれば早かった。
職人たちが一斉に動き出す。
刃が走り、皮を剥ぎ、角を落とす。
牙を抜き、魔石を取り出す。
必要な素材だけが、手際よく仕分けられていった。
その様子を、アルドはじっと見ていた。
一、二、三、四、五、六、七。
そして。
八。
八種類。
全て食べたことがない。
アルドの鼓動が高鳴った。
これだけあれば、レベルアップは間違いない。
いや。
進化まで届く。
来た。
「結構な量だな」
グレゴールが腕を組んだ。
素材を取り除いた肉だけで、かなりの量がある。
「荷馬車一台で運べるか?」
「何往復かした方がいいかもしれませんな」
「保存も考えなければ」
「箱を用意して……」
「氷も必要か」
「もう一台馬車を……」
まどろっこしい。
残り二日。
ことここに及んで、肉の運び方を相談している場合か。
アルドは肉の山へ歩いていく。
一番近くの肉へ手を置いた。
(ストレージ!)
肉が消えた。
「…………」
グレゴールと、職人たちの口がぽっかりと開いた。
アルドは何事もなかったように次の肉へ。
また消える。
「え?」
次。
「ちょっと待て」
さらに次。
次。
次。
先ほどまで山になっていた肉が、触れるたびに保管庫へ吸い込まれていく。
(ストレージ!)
最後の肉が消えた。
倉庫に積まれていた山が、きれいに無くなった。
「…………」
グレゴールが目をぱちぱちさせる。
報告したければ好きにしたらいいぜ。
きっと今頃、それどころじゃないだろうけどな。
お前らが、生きるか死ぬか。
この国の存亡がかかった正念場だ。
俺の素性を探ってる場合じゃなかろ?
さて、と。
次は調理だ。




