第十二話「小競り合いと、樽と、あとバケモノ」
先手必勝!ってやつだな。
アルドは地を蹴った。
先頭のゴブリンが、斧を振り上げる前に懐に飛び込む。
ドシャッ……
一匹、倒れた。
胴が切断されている。
返す刀で、右のゴブリンの脇腹を裂く。
蹴りで左のゴブリンを吹き飛ばす。
後ろの奴も巻き込んで転がっていった。
戦況は悪くない。
が。
「ブヒッ!?」
背後。
振り向きざまに剣で弾くが、槍の穂先が鼻先を掠めた。
あっぶね——だろ馬鹿!
ゴブリンは集団戦においては手練れだ。
一匹一匹は雑魚もいいところ。
だが集まると厄介極まりない。
囲む、死角に回る、連携で攻める。
頭は悪いくせに、狩りの本能だけは一丁前。
アルドは一歩下がると、ゴブリンたちが半円を描いて囲みにかかる。
致命傷を避けるため、距離を保たれる。
たったそれだけで神経を使う。
正面の敵に全力を出すと、次の瞬間には横から突かれる。
オークの体は頑丈だが、急所を貫かれれば死ぬ。
そこは人間と変わらない。
剣を振るい一匹の首を落とした。
同時に横から来た槍を身をよじって避ける。
脚を使って別の一匹をけん制。
数を減らしてはいる。
減らしてはいるが……。
しかし——
群れ全体が、動いた。
後列のゴブリンが、アルドの後方へと視線をずらす。
村の方角へ。
(やっべ……)
こいつらの目的は、アルドじゃない。
村だ。
若い女と、食い物と、略奪破壊。
アルド一匹を相手に手間取るくらいなら、無視して村になだれ込めばいい。
そういう判断を、ゴブリンの頭でもするだろう。
むしろ、ゴブリンだから、か。
散り散りに村へ突撃された場合、アルド一匹では対処できない。
村にはろくな戦力がないのだ。
そうなれば、詰みだ。
だから——
(手を抜くか……)
アルドは、わざと剣を鈍らせた。
振りが雑になり、呼吸が乱れた演技をする。
攻撃を受けた時もよろけてみせる。
「ブヒィッ……」
苦しげな鳴き声。
我ながら上手すぎだろ、オークの演技。
まさか魂までオークになってないよな、俺?
そんな心配をよそに、ゴブリンの目つきが変わった。
薄ら笑い。
勝てる、と思い込んだ顔。
群れの意識が、再びアルドに集中した。
そうそう、それだ。
俺を……俺だけを見てな。
ゴブリンが密集体系をとり、我先にと獲物に殺到する。
囲みが、より狭くなった。
(……ちゃーんす!)
アルドは一声、叫んだ。
「ブヒィイイイィ——!!」
大げさに後ずさると、背中を向けて逃げ出した。
走る。
ゴブリンたちが、歓声のようなものをあげて追いかけてくる。
予定通り。
大岩のそばまで走った。
お待たせ!俺の切り札ちゃん!
ゴブリンの群れが数メートルの距離まで迫ったところで、アルドは大岩を抱える。
昼間、目印として設置した岩。
普通に考えて持ち上げるなんて出来る大きさじゃない。
だけど普通じゃないんだな、これが。
「ンッッ——!」
オークの太い腕が、岩を下から掬い上げた。
さすがに背筋が軋むが、脚を踏ん張り耐える。
ここが正念場。
ゴブリンたちが驚き、立ち止まった。
大岩を抱えたオーク。
さすがに警戒する。
先頭の一匹が、槍を構え直していた。
時すでに遅し。
アルドはにやりと笑い、大岩を投げた。
なんという剛腕。
大岩が、ゴブリンの集団に向かって弧を描く。
しかし、そんなものに潰されるような間抜けはいなかった。
ゴブリンたちは——軽々とそれを避けた。
岩は、誰にも当たらず、群れの真ん中を通過。
「ケケケッ」
ゴブリンたちが笑っている。
ブタが悪あがきしてやがるぜ、と嘲る声が聞こえた気がした。
さすがオークだ、頭の中身がからっぽだ。
そう、思ったろうな。
ご愁傷様。
岩が、地面に落ちた。
ドゴンッ。
重い音。
直後。
ミシ。
地面から、別の音がした。
ゴブリンの足元。
岩が落ちた地点から、放射状に——
ビシィッ!
亀裂が走った。
「ギャッ!?」
ゴブリンの一匹が、地面に飲み込まれた。
続いて二匹。
三匹、四匹。
蓋になっていた板が、大岩の重量で砕けたのだ。
隠されていた穴が、口を開けた。
鋭い杭が底で待っている、大きな口を。
ゴブリンたちは逃げられない。
板が崩壊する速度の方がはるかに速い。
先に落ちた奴らが、他のゴブリンを掴んで一緒に落ちていく。
面白いように次々と落下。
落ちた先には。
ズブッ……
ドシュッ……
ギャアアアァ——
簡易槍に貫かれた悲鳴。
折り重なって落ちる音。
貫かれる音。
悲鳴。
呻き声。
穴の底は、すでに緑色の山だった。
転落、串刺し、下敷き。
(気持ちわりーな……。だがお前らが仕掛けた戦だ。存分に後悔しな)
次いでアルドは樽を肩に担いで運ぶ。
穴の縁まで歩いて——
傾けた。
とくとくとくと、液体が注がれる。
「……?」
濡れた。
雨か。
生き残っているゴブリンたちが、頭上を見上げる。
違う。
鼻を、ひくつかせるゴブリン。
良く知る、その独特な匂いに気づいたようだ。
油。
油だ——!
ゴブリンの目が、限界まで見開かれた。
アルドの持っている物を見たから。
松明。
ちろちろと燃える、橙色の火。
オークが、ニヤついている。
ブタ顔の口角が、有り得ないほど吊り上がっていた。
ゴブリンたちが、悲鳴を上げ始めた。
穴の縁から仲間を踏みつけてでも、這い上がろうとする。
だが遅い。
遅いって。
アルドは松明を、ひょいと投げた。
ボンッ——!!
穴の中が、火の海になった。
油の膜が一気に燃え広がり、ゴブリンたちを包む。
緑の肌が、黒く変色していく。
毛が焦げる、脂が溶け、肉が焼ける。
ゴブリンの断末魔が、風に消されていく。
炎の柱が、夜の森を赤く染めた。
アルドは、穴の縁で、それを眺めていた。
よし、ゴブリンのかまど焼きいっちょあがりっと。
と、思った瞬間。
アルドの鼻が、ひくりと動いた。
どうやら、まだあがっていない。
焼けた肉のにおいに混じって、別のにおいがある。
濃い、獣臭。
汗と、鉄と、血。
ただのゴブリンじゃない。
普通では、この匂いは出せない。
殺気。
森の奥から、ズシンッ、と地面が揺れた。
ズシン、ズシン、ズシン。
足音が、近づいてくる。
木々が揺れた。
枝が折れる音。
太い幹が、押しのけられた。
アルドは剣を構え直す。
松明の光の届かない、森の闇の中から——
それが、姿を現した。
(……でっっっけーーー)
思わず、心の声が漏れた。
身長、三メートル。
違う、もっとある。
肩幅はアルドの四倍。
腕は、アルドの胴回りより太い。
緑の肌には黒い古傷が縦横に走り、額には赤い刺青のようなもの。
片手には、鉄の塊のような棍棒。
もう片手には、鎖。
鎖の先には——生首が、五つ。
ジャイアントゴブリン。
知ってる。
勇者時代、遠目に見たことがある。
結構な強敵らしい。
勇者パーティには関係ないが、通常の冒険者なら複数パーティで連携して、ようやく倒せる相手。
しかも。
目の前のこいつは、アルドの知ってるジャイアントゴブリンよりも、一回りも二回りもでかい。
群れを率いるボスの、そのまた上。
ジャイアントゴブリンの、チャンピオン個体とでも言うべきか。
(おいおいおい……冗談は顔だけにしとけって!)
アルドは、ブヒ、ヒヒ、と乾いた笑いを漏らした。
ジャイアントゴブリンが、アルドを見下ろす。
小さな赤い目が、怒りに満ちていた。
穴の中で焼かれている、仲間たちを、そしてアルドを見た。
棍棒を握る手に、みしり、と力がこもった。
対するアルドには。
策はない。
固有スキル・フルバーストは、MPゼロで封印中。
残ったものは、オークの体と、一本の剣。
それだけ。
勝てるか?
こいつに?
ジャイアントゴブリンが、一歩、踏み出す。
ズンッ。
地面が、鳴いた。
アルドの背筋に、冷たいものが走った。




