第十三話「聖騎士剣と、串刺しと、あとブヒーッ(前)」
ジャイアントゴブリンが、一歩踏み出した。
ズシン。
たったそれだけで大地が悲鳴をあげた。
アルドは剣を構える。
手に汗がにじむ。
これは怖いんじゃねーからな?
やる気の現れだ!
たぶんな。
勇者時代なら、剣の一振りで終わっていただろう。
くそっ過去の自分が懐かしいぜ。
こんなウドの大木、目をつぶってたって真っ二つだったのに。
残念だが、今の俺は、ブタだ。
しかしな。
ただのブタじゃねーぞ。
ブタだってよー、剣技くらい使えるんだぜ!
アルドは剣を中段に構えると、丹田に気を集めた。
気——ベルガ聖騎士剣における精神の具現化。
魔力とは別物の、闘気の一種。
心・技・体の「心」を支える内なる力。
今のアルドの闘気も、ほぼゼロに近い。
オークになってから、ろくに剣技が使えていない。
しかしレベルが上がれば、闘気もまた、上がる。
今のアルドは、レベル9。
ぎりっぎり、初級技なら——イケる、はずだ。
まずは、隙を作る。
アルドは地を蹴った。
巨体に向かって、真っ直ぐに。
「ヴッ!」
ジャイアントゴブリンが、棍棒を振り下ろした。
ブオオォン!
空気を断つ風切り音がすさまじい。
アルドは半歩、左にずれ、最小限の動きでかわす。
棍棒が地面に叩きつけられると土埃が舞った。
その攻撃を読み切って、アルドはすでに次の動きに入っている。
体を低く沈め、ジャイアントゴブリンの右脚の内側へ。
剣を、下から斜めに斬り上げる。
シャッ。
刃が、緑の皮膚を裂いた。
浅いが、確かに入った。
返す刃で、左脚も狙う。
が、ジャイアントゴブリンも即座に反応。
膝蹴りで反撃、が回避。
アルドは、跳んだ。
巨体の懐から、後方へ宙返り。
着地と同時に、上段斬り。
走り抜けながら、肘の関節めがけて、振り下ろす。
ガキィン!
刃が、ジャイアントゴブリンの持っていた鎖に当たった音。
図体のわりに器用に防ぐ。
それで構わない。
ジャイアントゴブリンが、走り抜けたアルドに振り向こうとした。
遅い。
すでに背後に回り込んでいる。
(俺に剣を持たせてる愚行、思い知りやがれ!)
勇者時代の感覚が、戻ってくる。
いや、全然戻ってはいない。
ほとんど失われている。
だが、染み付いた剣技だけは、魂に刻まれている。
ベルガ王立学校で叩き込まれた基本の型。
無駄のない足運び。
最短距離の斬撃。
骨格を見極めた、急所への一閃。
オークの体でも、これくらいは出来る。
達人ってのは、そういうもんだ。
突き、薙ぎ、斬り上げ、踏み込み、引き斬り。
ジャイアントゴブリンの巨体に、次々と細かい切り傷が刻まれていく。
深くは入らない。
今のアルドの腕力では、皮膚を裂くのが精一杯。
筋肉の鎧までは、破壊出来ない。
(数だ。手数だ。失血でも殺せる。血を流させるんだ)
アルドは舞った。
ブタの体で、舞った。
巨体の死角を縫い、棍棒の軌道を読み切り、鎖の振り回しをすり抜ける。
ベルガ王立学校で、教官に「お前の剣筋は天才のそれだ」と言わしめた、あの太刀筋で。
ただし——時折、足がもつれそうになる。
オークの脚のリーチは、勇者時代の半分ほど。
歩幅が出ない。
あと一歩、間合いが届かない。
それでも、戦況はアルドが優勢——に、見えた。
ジャイアントゴブリンの巨体に、十数本の切り傷。
脚、腕、脇腹、背中。
血が、緑の皮膚に流れている。
そして、隙が出来た。
巨体が、棍棒を大振りに振った——その、振り終わりの刹那。
(今だ!)
アルドは飛び退いて、距離を取り、丹田に気を集中。
使えるだけの闘気を絞り出す。
体の奥から、かき集めて剣先に。
(喰らえ!ラディカルショット!)
振り抜く剣先から——
斬撃が飛翔する!
ヒュンッ。
(……しょっぼ)
斬撃は、本来なら巨木を両断するはずの威力。
だが、今アルドの剣から飛んだのは、手のひら大の、小さな刃だった。
それも、ひょろひょろと。
素人が初めて技を覚えた日の、そのくらいの威力。
ラディカルショットは、ジャイアントゴブリンの巨体に届いた。
が……。
分厚い緑の皮膚に、傷一つつかない。
通常剣術で付けた傷の方が何倍もマシ。
コケ脅し、いや、それ以下。
ジャイアントゴブリンが、自分の体を見下ろした。
何十本も切り傷を刻まれた、自分の巨体を。
そして——
笑った。
「グ……グ、ググ……」
低い、地響きのような笑い声。
アルドの背筋が、ぞわりと粟立った。
ジャイアントゴブリンが、棍棒を、ゆっくりと持ち上げる。
今までの動きとは、明らかに違う。
本気。
それが伝わる動きだった。
次の瞬間。
巨体が、消えた。
いや、跳んだのだ。
ドンッ!
アルドの目の前に、ジャイアントゴブリンが、いた。
あの巨体が、一瞬で間合いを詰めた。
はぁー?そりゃねーだろ!
あまりのことに、一瞬反応が遅れた。
棍棒の側面が、アルドの胴を直撃する。
ゴッッッ!!
アルドの体が、横方向に吹き飛んだ。
数メートル先の木に激突し、幹を半分へし折って、地面に転がった。
「がっ……ぼ……」
肺の空気が、全部抜けた。
あばらが、何本か持っていかれた。
あれだけの傷を負わせて——
動きが速くなっただと?
いや、違う。
(こいつ……今までは、本気じゃ、なかったのか……よ)
悟った。
これまでの攻防。
あれは様子見だったのだ。
不可思議なオークが何をやらかすのか、冷静に見ていただけだった。
通常の冒険者なら、複数パーティで連携して、ようやく倒せる相手——
それが、普通のジャイアントゴブリン。
目の前のこいつは、その遥か上を行く。
チャンピオン個体。
ゴブリンどもの王。
森の支配者。
勇者時代のアルドなら、それでも楽勝で倒せた。
今のアルドは——
地面に這いつくばりながら、剣を構え直そうとするが、その手が震える。
(やべ……勝て、ねぇ……)
ジャイアントゴブリンが、こちらに歩いてくる。
ズシン、ズシン、と。
今度は、本当に、殺す気で。




