第百十四話「恫喝と、切り札と、あと伝令」
ミャルの話を聞き終えると、しばらく誰も口を開かなかった。
重苦しい沈黙が客間を覆っている。
誰が洗脳されているのか分からない。
誰が人質に取られているのかも分からない。
下手にエルネストへ逆らえば、その誰かに何が起こるかも分からない。
疑心暗鬼とは、まさにこういうことを言うのだろう。
「……グレゴール叔父様に相談する、というのはどうでしょうか?」
セレスティアが言いかけて、すぐに口を閉ざした。
無理だ。
つい数時間前、自分たちはファスタ王の一言で処刑されかけている。
その王が、今、異常なほど信頼を寄せている相手こそエルネストだ。
そんな状況で「エルネスト殿が王を操っているかもしれません」などと訴えれば、どうなるか。
火を見るより明らかだった。
結局のところ、ミャルの忠告に従うしかない。
エルネストには逆らうな。
それが今もっとも賢明な選択なのだ。
「…………」
セレスティアは、ふとアルドを見た。
トンソク。
皆が暗く沈んだ顔をしている中、このオークだけは様子が違う。
目が死んでいない。
それどころか。
何だか生き生きしている。
まさか話を理解できていない、というわけではないだろう。
これまでアルドを見てきたセレスティアは、それくらいは分かる。
ならば。
きっと何かを考えている。
この絶望的な状況から抜け出す手段を。
それだけで、セレスティアの胸に僅かな安息が生まれた。
頼もしい。
心強い。
本当に、一緒に来てもらって良かった。
彼が諦めていないのなら自分も諦めない。
心の底から、そう思えた。
話し合いは、そこでお開きになった。
時刻も遅い。
ミャルも『銀詩の旅団』のもとへ戻り、セレスティア、ジェイル、リアも、それぞれ用意された部屋へ引き上げていった。
アルドに与えられた部屋には、メイトもいた。
「アニキアニキ」
「なんだ?」
「どうしたんすか、その悪い顔」
誰の顔が悪いって言ってんだ、このチビドラゴンが。
俺様の顔に文句あるってか、この野郎。
ちょっと見た目が可愛いからって、なんでも許されると思うな!
俺は小動物にだってグーパンできる男だ!
「ち、違うっすよ!顔そのものじゃないっす!」
メイトが慌てて羽をばたつかせた。
「さっきからニヤニヤしてるじゃないっすか。何かいいことでもあったんすか?」
「まあな。思いもよらん収穫があった」
「?何か大変なことになってたみたいっすけど」
まあ、大変といえば大変だ。
あれだけ大仰な脅しをかけられたのだから、セレスティアたちが青くなるのも無理はない。
だが。
アルドにとっては、さほど深刻な話ではなかった。
エルネストがリアへ実際に刷り込んだ命令は、『勇者アルドについて調べろ』『それを自分だけに報告しろ』、今のところ、それだけ。
大したことはない。
しかし、やり口そのものには少し感心している。
誰が洗脳されたか分からない。
そこへ、被害者であるミャルを一人残し、「諦めろ」と言わせる。
たったそれだけで、あの場にいた全員の動きを封じた。
なかなか老獪だ。
アルドは、こういう奴を待っていた。
自分で剣を振るうだけではなく、人を使うことに長けた者。
王を動かし。
高ランク冒険者を動かし。
軍まで動かせる男。
こんな都合のいい駒が、向こうから転がり込んでくるとは。
これぞ僥倖。
カナにぶつける。
エルネストと、そのバックにあるファスタ王国の戦力を。
その混乱の中で、デモンレイアに隙を見出す。
アルドはベッドの端で羽を畳んでいるメイトへ視線を向けた。
「きゅ?」
切り札は、こいつだ。
魔王軍の内情を知り、デモンレイアのことも知っている。
使える。
勝てる。
ようやく勝利への道筋が、ぼんやりとではなく、はっきり形になって見え始めていた。
手札は揃いつつある。
残るはタイミング。
その時だった。
ガチャ。
ノックも挨拶もなく、扉が開いた。
「ねぇトンソク?まだ起きてる?」
リアだった。
来たか。
そろそろだと思ってたぜ。
アルドは口元を緩める。
「あ、起きてた。よかったぁ」
リアが部屋へ入ってくる。
「メイトも起きてるね。ちょうどいいや」
「きゅい?」
「実はね、メイトに訊きたいことがあるの」
でしょうね。
「ア、アニキ」
メイトがアルドへ顔を寄せ、小声で尋ねた。
「これって……さっき言ってたやつじゃないんですかぃ?」
そうだ。
催眠による刷り込みが、さっそく働いている。
勇者アルドについて調べろ。
だからリアは、メイトのところへ来た。
「付き合ってやれ。んで、知ってることは全部話せ」
「え?いいんすか?さっきのヤローに全部知られるんじゃ……」
「それでいいんだよ。有益なこと話したら、また美味いもん食わせてやるぞ?」
「マジっすか?」
メイトの目が輝いた。
「やるっす!誠心誠意、頑張らせてもらうっす!がぜんやる気が出てきたー!」
ちょろい。
「何の話してるの?」
リアが不思議そうに首を傾げた。
「きゅいっ!きゅいっ!」
「おっ、メイト、なんかやる気だね」
リアはベッドの端へ腰掛けると、膝に手を置いた。
「じゃあ、いい、訊くよ?」
「きゅい」
「勇者アルドって、今どこにいるの?」
メイトが首を傾げた。
「どこ……っすか」
少し考え込む。
「そういえば、決まったところに長居してるのは見たことないっすね」
「そうなのか?」
「廃墟とか、ダンジョンとか。薄暗くて人目につかない場所を転々としてたっす」
なるほど。
「侵略する側なんで、本拠地を一ヶ所に置かないって感じだったっすねー」
アルドはジェスチャーと鳴き声を駆使して、情報をリアに伝えた。
これがテイマーの能力なのか。
常人にはアルドがふざけているようにしか見えないが、正確に伝わっていく。
「えーっと……決まった場所にはいない?」
「ぶひ」
「いろんな場所を移動してるんだね」
リアは素直に頷く。
「じゃあ、連絡は取れるの?」
「連絡っすか?」
メイトが腕を組むような仕草をした。
「定期的に使者が来てたっす。それでやり取りしてやしたねー」
「直接会うことはないのか?」
「前は直接指示されたっすけど、最近はボイスイーターって連中を使ってたっすね」
ボイスイーター。
他人の声を記憶し、そのまま別の場所で再生できるモンスター。
「声を運べるから伝令には便利なんすよ。こっちで喋った声も持って帰ってくれるんで、返事もできるっす」
なるほど。
文字の使えないモンスター同士の手紙ってところだな。
「ただ、向こうから来るだけなんで。こっちから呼ぶのは無理っす」
アルドは、それもリアに伝えた。
「ふんふん。向こうから連絡が来るのを待つしかないんだね」
リアは何度も頷く。
今のところ大した収穫はない。
アルドが本当に知りたいのは、もっと直接的な情報だ。
それが分かれば、盤面はこちらで作れる。
「せめて、いつ攻めてくるか分かればな」
何気なく呟いた。
「え?」
メイトがきょとんとした。
「?」
「いや、たぶんっすけど。それなら、わかるっすよ」
メイトは不思議そうに首を傾げる。
「…………」
アルドが固まった。




