第百十二話「暗示と、忠告と、あと所有」
そして意識は再び、現在のファスタ城へ。
「リア」
「……はい」
リアは目を閉じたまま、エルネストの呼びかけに答えていた。
アルドも同じように目を閉じている。
ただし寝てはいない。
豚寝入りを続けながら、エルネストの一言一句を聞いていた。
「お前はこれから、寄生竜とあのオークを使い、魔王軍の情報を集めなさい」
「……はい」
「特に欲しいのは、勇者アルドの情報です」
「勇者……アルド……」
「いつ来るのか。どこから来るのか。どの程度の戦力を有しているのか。分かったことは、どんな小さなことでも構いません。必ず報告しなさい」
エルネストはリアの耳元へ、ゆっくりと言葉を落としていく。
「そして、その情報は誰にも伝えてはならない」
「……誰にも……」
「セレスティアにも。ジェイルにも。もちろんファスタ王にもです」
「……はい」
「そう。いい子だ」
エルネストが満足そうに笑った。
なるほどね。
ずっと根に持ってたわけだ。
五年間も。
俺は、こいつのことなんてほとんど忘れてたんだけど。
何とも申し訳ない。
ごめん。
やっぱ悪いと思えないや。
落としたの俺じゃねーし。
それよりも、アルドにとって重要なのは、別の部分だった。
エルネストは人を操れる。
しかも、この程度ではないだろう。
あのファスタ王の、異常なまでの依存。
エルネストが一言口を挟むだけで、処刑命令すら簡単にひっくり返った。
王もこいつに何かされている可能性が高い。
ファスタ王すら傀儡にできるのなら、他の冒険者を動かすことなど造作もない。
銀詩の旅団。
王直属の冒険者たち。
城門を守っているAランクパーティ。
ファスタ軍。
うまく使えば……。
アルドはずっと考えていた。
カナたち相手に、どうやって隙を作るのか。
正面からの戦いはNG。
カナ一人でもSランクパーティ以上。
そのうえ、アルドの身体を使うデモンレイアまでいる。
だったら、別の奴らを戦わせればいい。
使えるものは全部使う。
別に仲良くする義理なんてない。
勝手に潰し合ってくれれば最高だ。
そう考えると、この男、思ったより使えるかもしれない。
ただ、このままリアに、余計な命令まで残されることは避けたい。
アルドはリアに逆らえないのだから、間接的に服従することになる。
「ではもう一度。お前の主人は?」
「エルネスト様……」
「命令には?」
「絶対……服従……」
これ以上好き勝手にはさせない。
いきなり立ち上がるのは駄目だ。
催眠が効いていなかったと知られる。
なら。
「ぶぇっ――」
溜めて。
「ぶひっくしょん!!」
アルドは盛大にくしゃみをした。
「っ!?」
エルネストの肩が跳ねた。
「ん……?」
「うぅ……」
「何だ……?」
ジェイルが目を開く。
続いてグレゴール。
セレスティア。
リアも。
メイトまで、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「……きゅ?」
全員が周囲を見回す。
「私……眠って……?」
セレスティアが額へ手を当てる。
「俺もだ」
ジェイルが眉をひそめた。
「いつの間に寝たんだ?」
グレゴールも困惑している。
「演奏を聴いていて……それから……」
ガストベルグも首を傾げた。
ヴェロニカは少し恥ずかしそうに口元へ手を添えている。
「私まで寝てしまったのね」
「よく寝たにゃー」
ミャルだけは平然とのびをしていた。
エルネストは僅かにアルドを見る。
その表情に、一瞬だけ苛立ちが浮かんだ。
ちっ。下品なオークめ。
そう言いたそうな顔。
アルドは何も知らないふりをして、鼻をすすった。
「ぶひ」
いやぁ。すまんね。わざとだ。
もっとも、エルネストも大きな不満はなさそうだった。
必要な暗示はある程度入れた。
リアから情報を得るための道も作った。
予定より少し早く切り上げることになっただけ。
「申し訳ございません」
セレスティアが頭を下げた。
「せっかく演奏していただいたというのに、眠ってしまうとは」
「いえいえ」
エルネストは、いつもの柔らかな笑みに戻っていた。
「むしろ光栄です。それだけ心を休めていただけたのであれば、バードとしてこれ以上の喜びはありません」
「そう言っていただけると助かります」
「今夜は、セレスティア殿とお話しできて良かった」
「私もです」
二人が微笑み合う。
数分前まで「私の物だ」と言っていたのだが。
知らないって怖いな。
「さて、夜も遅くなりました。私たちはそろそろ失礼しましょう」
エルネストが立ち上がった。
「そうですな」
銀詩の旅団も立ち上がる。
ガストベルグ。
ヴェロニカ。
しかし。
「ミャル」
「…………」
「帰りますよ」
ミャルはソファへ座ったままだった。
「もうちょっとゆっくりしてから帰るにゃ」
「…………」
エルネストが苦笑する。
「ミャル。帰りますよ」
「だから、あたいはもう少しゆっくりしていくにゃ」
先ほどとは違う。
エルネストに冷たい視線を向けられた時、身体を震わせていたミャル。
今は怯えていない。
猫耳をぴんと立て、堂々とエルネストを見返している。
「…………」
エルネストが困った顔をした。
「皆様にご迷惑でしょう?」
「いえ」
セレスティアが間に入った。
「私は構いません。ミャル殿さえよろしければ、もう少しゆっくりしていってください」
「しかし、それでは」
「お気になさらず」
セレスティアが微笑む。
エルネストは少し考えたあと。
「……ありがとうございます」
丁寧に頭を下げた。
「では、ミャルをよろしくお願いいたします」
「はい」
「ミャル。あまりご迷惑をおかけしないように」
「分かってるにゃ」
「では」
エルネストはガストベルグとヴェロニカを連れ、客間を出ていった。
その少し後。
「私もそろそろ戻るとしよう」
グレゴールが立ち上がった。
「今日は顔を見に来ただけのつもりだったからな。随分長居してしまった」
「叔父様、ありがとうございました」
「いや。セレスティアが無事なら、それでいい」
グレゴールは笑う。
そして。
ちらとミャルを見た。
「…………」
ミャルは何も言わない。
「ではな」
「はい」
グレゴールも部屋を出ていった。
扉が閉まる。
残ったのは。
セレスティア。
ジェイル。
リア。
アルド。
メイト。
そしてミャル。
「ミャル殿。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
セレスティアが声をかけた。
社交辞令。
「…………」
ミャルは答えない。
ソファへ座ったまま、尻尾だけが、ゆっくり左右へ揺れている。
誰も喋らない。
「…………」
ジェイルの端正な顔が険しくなった。
「おい」
「にゃ?」
「何か言いたいことがあるんだろ」
ミャルの尻尾が止まった。
「わざわざ一人で残ったんだ。何もないってことはねぇだろ」
「…………」
「あるなら早く言え」
ミャルはしばらくジェイルを見ていた。
そして。
小さく息を吐いた。
「うちのリーダーは怖い人にゃ」
ミャルの表情が変わる。
セレスティアの笑顔が消えた。
「エルネスト殿がですか?」
「そうにゃ」
「どういう意味です?」
「色々言いたいことはあると思うにゃ」
ミャルはセレスティアを見る。
「でも、絶対に逆らわない方がいいにゃ」
「…………」
「あんたのためにゃ」
セレスティアの顔から、血の気が引いた。
「おいっ!どういうつもりなんだ。そもそも、そんなこと言っていいのか?」
ジェイルが口を挟む。
「何がにゃ?」
「リーダーの陰口みたいなもんだろ。バレたら、お前が困るんじゃないのか?」
「大丈夫にゃ」
「何でだ?」
ミャルは答えた。
「これが、あたいの役割だからにゃ」
「……役割?」
意味が分からない。
アルドは黙って聞いていた。
ミャルが続ける。
「リーダーは欲しいと思ったものは、どんな手段を使ってでも手に入れるにゃ」
「…………」
「欲しいと思ったら、絶対に諦めにゃいし、何でもするにゃ」
そして、ミャルの指が上がる。
まっすぐセレスティアを指した。
「それは、あんたも同じにゃ」
「私……ですか?」
「そうにゃ」
ミャルは大きく頷く。
「リーダーは英雄になりたいにゃ」
「英雄?」
「そんで、王様になりたいにゃ」
「……王……だと?」
ジェイルの目が真剣だ。
「だから、あんたと結婚するにゃ」
「…………!」
セレスティアの身体が固まった。
「待ってください。エルネスト殿は……陛下から突然婚姻を命じられて……」
「ちがうにゃ。全部リーダーが仕向けたものにゃ。馬鹿じゃなきゃわかるにゃ?」
ミャルは首を傾げる。
「どういう……」
「リーダーは今、貴族じゃないにゃ」
「え?」
「前は貴族だったらしいけど、今は地位を剥奪されてるにゃ。理由は知らにゃいけど」
あっ!分かった。
あの時の、あれだ。
勇者パーティ選抜試験の時。
聖女エリスを催眠で自分のものにしようとして。
胸を触ろうとして。
そして。
エリスにコテンパンに叩きのめされた。
そりゃ問題になるわ。
「だからあんたと結婚して、王になる権利を得るにゃ。そんでアルドを倒して英雄になって、すべてを手に入れるにゃ。そんで……」
「まだあるのですか?」
セレスティアが恐る恐る聞く。
「あるにゃ」
ミャルは、ごく普通のことを話すように言った。
「リーダーは、自分の気に入ったヤツは、全部自分のモノにするにゃ」
「自分のモノ?」
「そうにゃ」
尻尾が揺れる。
「人間を所有するにゃ」
「…………」
部屋が……静まり返った。




