第百十話「選抜試験と、吟遊詩人と、あと狂気(前)」
時は五年前。
勇者パーティ選抜試験。
世界各国から、名だたるSランク冒険者たちが集められていた。
この時点で勇者パーティに所属していたのは、勇者アルドと聖女エリスの二人だけ。
会場にはその二人に加え、各国の王族や勇者機関の重鎮まで顔を揃えている。
もっとも、試験会場といっても普通の部屋ではない。
建物内部ではあるが、候補者が存分に力を見せられるよう、広い空間が用意され、壁や床には何重もの強固な魔力結界が施されていた。
剣を振るうもよし。
魔法を放つもよし。
特殊な技能を披露するもよし。
自分が勇者パーティに必要な人材だと示せれば、それでいい。
アルドとエリスは、会場の奥に用意された椅子に腰掛け、次々と現れる候補者を眺めていた。
「どいつもこいつも似たようなレベルだな」
「そうですねえ」
「もう誰でもいいんじゃないか?」
「そうはいきません」
エリスが即答した。
「今日中に二人。できれば三人は選抜したいところです」
「うげー、そんなに?」
アルドは椅子へだらしなく身体を預ける。
「無理じゃね?だって弱すぎるもん。無理無理」
「それはあなた基準だからでしょう?」
エリスが呆れたようにアルドを見る。
「私の役目は、あなたを回復し、戦闘継続させることです」
「知ってる」
「つまり、勇者アルドの生命線。そして、聖女である私を守る人間が必要なのです。あなたほど強くなくとも結構です」
「なら全員採用しとけばいいんじゃね?」
「…………」
エリスが頭を押さえた。
「戦争なら、それでもいいでしょう」
「だろ?」
「では、その人数でどうやって旅をするのですか?」
「…………」
「何十人も連れてダンジョンへ潜るのですか?宿は?食料は?移動は?まさか大所帯のまま魔王城まで行くつもりではないでしょうね?」
「んー」
アルドは少し考える。
「なら雑用係もいっぱい採用するか」
「…………」
エリスが白目をむいた。
「冗談、冗談だって!」
アルドは笑いながら前を指差した。
「ほら。次が出てきたぞ」
会場中央へ、一人の青年が歩いてくる。
細身。
柔らかな栗色の髪。
整いすぎているほど整った顔立ち。
そして、背中には弦楽器。
「って、なんだおい?バードか?」
吟遊詩人。
Sランクの吟遊詩人など珍しい。
というより、アルドも今まで見た記憶がなかった。
青年は会場の中央で足を止め、優雅に一礼する。
「お初にお目にかかります。勇者アルド、聖女エリス」
綺麗な声だった。
「ファスタ国より参りました、エルネスト・レイヴァンと申します。職業はバード。よろしくお願いします」
ざわっ。
会場がざわついた。
理由はいくつもある。
一つ。
バードという職業。
歌や演奏によって味方を鼓舞し、敵を惑わせることを得意とする。
が、どうしても補助職という印象が強い。
魔王討伐を目的とした勇者パーティの選抜。
各国からSランク冒険者が集められたこの場では、明らかに異色だった。
次に、その容姿。
男であるにもかかわらず、思わず見惚れる者が出るほど美しい。
女性陣だけではない。
男ですら一瞬目を奪われる。
そして。
ファスタ出身。
ファスタは王都こそ、そこそこ栄えているものの、国土の多くは辺境に近い。
中央諸国ほど、冒険者を育てる環境に恵まれていない。
そんな土地からSランクまで昇った。
それだけで、相当な才を持っていることになる。
最後に。
レイヴァンという家名だ。
この世界で家名を持つ者は限られている。
王族。
貴族。
平民に落ちた没落貴族。
エルネストの服装。所作。言葉遣い。
どれを見ても、庶民の生まれには見えない。
貴族、そう考えるのが自然だった。
だが普通、貴族は冒険者になどならない。
今は、魔王軍との戦争の真っ最中。
本来なら国の存亡をかけて戦う立場の貴族ですら、勇者へ戦いを任せ、少しでも後方へ退こうとする。
そんな中、わざわざ冒険者になり、戦いに身を投じるため、選抜試験へやって来た。
嫌でも目立つ。
「それでは、貴公の力を見せてもらおう」
審査員の一人が口を開いた。
「私の得意なことでよろしいでしょうか?」
「うむ。相手が必要なら申し出るがよい」
「ふふっ。それは結構です」
エルネストは微笑んだ。
「バードの私がすることといえば、これですから」
背中へ手を回す。
取り出したのはライアー。
「へえ」
この時。
初めてアルドが少し興味を持った。
エルネストは用意された椅子に腰を下ろす。
ライアーを膝へ置き、弦へ指を添えた。
ポロン。
一音。
それだけで会場の空気が変わった。
「……」
アルドが目を細める。
二音。
三音。
柔らかな旋律が流れ始めた。
誰も喋らない。
ここは勇者パーティの選抜試験だ。
戦闘能力を見せろ。
そんな野暮なことを言い出す者は、一人もいなかった。
美しい。
その一言に尽きる。
王たちも。
勇者機関の重鎮たちも。
審査員たちも。
皆、目を閉じて聞き入っている。
アルドも椅子へ身体を預けながら、演奏を聞いていた。
「…………」
演奏が続く。
心地いい。
頭の中から雑念が消えていく。
会場は、静かになった。
あまりにも静か。
そして、演奏が終わった。
「…………」
誰も拍手をしない。
誰も声を上げない。
エルネストはライアーから手を離すと、ゆっくり立ち上がった。
ツカ。
ツカ。
そのまま会場の奥へ歩いていく。
向かう先には勇者アルド。
そして聖女エリス。
だが、エルネストが向かったのはアルドではなかった。
エリスの前で足を止め、顔を覗き込む。
「…………」
反応はない。
エルネストは満足そうに笑った。
指を伸ばし、エリスの顎へ触れる。
「美しい」
先ほどまでの上品な笑顔とは違う。
「そそられる」
ぺろり。
舌なめずりをした。
「お前は今日から私の僕だ」
眠っているはずのエリスへ語りかける。
「私に絶対服従しろ。可愛がってやるぞ」
下品な笑みが浮かぶ。
「何人も物にしてきたが……」
エリスの顔。
髪。
身体。
じっくりと眺める。
「これほど美しく、才のある者は初めてだ」
手を伸ばす。
「勇者のものにしておくには惜しい」
エリスの胸へ触れようとした、その瞬間。
パンッ!
「っ!?」
手を跳ね除けられた。
「私は別に勇者のものではありませんが?」
エリスが目を開く。
「なっ……!」
エリスは笑っていた。
顔を引きつらせながら。
「もっとも……あなたのものでもありませんよ」
「お、お前……!」
エルネストが後ずさる。
「催眠にかかっていなかったのか!?」
「聖女に状態異常が効くわけないじゃん。じょーしきだよ。じょーしき」
別の声がした。
「っ!」
エルネストが振り返る。
勇者アルド。
頬杖をついたまま、普通に起きていた。
「ゆ、勇者まで!?」
「おう」
アルドも勇者として、高い状態異常耐性を持っている。
加えて、当時から常時使用していた、ベルガ聖騎士剣の精神統一法『アイアンハート』。
この時のアルドは、無明朧流も、エルヴィント魔剣術も習得していない。
それでも、この程度の精神干渉なら十分に抵抗できた。
「いやぁ、聖女に手ぇ出す奴、初めて見たわ。こいつ面白くね?」
アルドは楽しそうに笑う。
「アルドさん?」
エリスが振り返る。
笑っている。
「仲間にしようぜ!なぁ!ははは!」
エリスのこめかみに。
ぴく。
青筋が浮かんだ。
「アルドさん」
「はい?」
「私は」
笑顔。
「私はとても不愉快です」
「……はい」
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
エリスはエルネストへ向き直った。
「残念ながら、不採用です」
「なっ……!」
「あなたは終わっています」
一拍。
「特に下半身が」
「…………!」
「悔い改めなさい」
エリスは胸の前で手を組み、祈った。
「神よ。この迷える者の性根が、来世では少しでもマシになりますように」
「死ぬの?」
アルドが突っ込む。
エルネストの顔が、みるみる赤くなっていった。
「……馬鹿に」
「ん?」
「馬鹿にするなよ……小娘」
声が怒りに震えている。
屈辱。
それまで貼り付けていた優雅な笑顔は、完全に消えていた。
「私の力が……音楽だけだと思うなよ?」
腰へ手を伸ばす。
剣の柄を握った。
「私は英雄になる男だ」
ゆっくり剣を引き抜く。
「勇者すら超える力は、私にはあるのだ!」
白刃が。
狂気が。
静かな会場に煌めいた。




