第百七話「来客と、獣人と、あと本当の狙い」
食事が始まった。
「んんっ!」
最初に声を上げたのはリアだった。
焼き立てのギガントファングの白焼きを口に入れた瞬間、目を見開く。
「おいしっ!」
表面は香ばしく焼けている。
噛めば中から脂と肉汁が溢れ、塩がその旨味を引き立てる。
琥珀焼きのような甘辛い味付けはない。
その分、肉そのものの味が強い。
「すごい。前の料理もおいしかったけど、こっちも全然違う!」
当然だ。
同じモンスター肉でも調理方法が違えば、味が変わる。
「アニキ!これヤバいっす!肉!肉そのものっす!」
メイトはすでに二切れ目へ突入していた。
「この脂がいいっすね!噛むとジュワーって!見た目はすこし地味かなーって思ったけど、全然そんなことないっす。むしろこの白さが食欲そそるっす!」
「うるさいな、こいつ。料理評論家かよ」
ジェイルも口いっぱい頬張っていた。
ナイフが止まらない。
「しかし、これは確かに旨いな」
一口。
もう一口。
「塩だけなんだよな?不思議なもんだ。……肉が良ければ、余計なことしなくても旨いってことか」
分かってるじゃねぇか。
アルドは少しだけ機嫌を良くした。
セレスティアも静かに肉を口へ運ぶ。
「……美味しい」
小さく呟いた。
「琥珀焼きは強い味でしたが、こちらは肉そのものの味を感じます」
「そうですよね!」
なぜかリアが得意げである。
作ったのはお前ではないはずだが?
そして。
「…………」
グレゴールは無言だった。
黙々と。
ひたすら食っている。
「グレゴールさん?」
「むぐっ」
呼ばれて、ようやく顔を上げた。
「す、すまん。あまりに旨くてな」
再び肉を口へ運ぶ。
鋼槍のグレゴール。
歴戦の武人が、完全にノックアウトされていた。
「皆さん普段は、何食べてるんですか?」
リアが尋ねる。
「最近は……そうだな」
グレゴールは少し考えた。
「朝は黒パンと豆の煮汁。昼は干し肉が少し入った麦粥。夜は芋と野菜のスープだな」
「お肉は?」
「干し肉が入っていると言っただろう」
「少しだけ?」
「少しだけだ」
リアが悲しそうな顔をした。
王都は食糧難。
守備隊長でさえ、その程度なのだ。
「それに比べてこれは……」
グレゴールが白焼きを見る。
脂が乗った肉。
焼き立て。
塩が合う。
「こんなに旨い肉を食ったのは、いつ以来だろうな」
また一切れ。
止まらない。
このオッサン。
さっきから一番食ってないか?
マジで遠慮しねーな!
「そうだ!」
リアが何か思いつき、硬いパンを手に取る。
半分に割り、そこへ野菜を乗せる。
さらに白焼きを挟んだ。
「こうしたら、おいしいんじゃない?」
大きく口を開く。
がぶっ。
「んーっ!おいしい!」
足をばたつかせる。
「こら、行儀悪いぞ」
ジェイルが呆れる。
「でもおいしいよ!ジェイルさんもやってみて!」
「子供じゃあるまいし……」
そう言いながらも、ジェイルも真似する。
なんだかんだと、気のいい奴だった。
そして一口。
「……あ」
もう一口。
「確かに……旨いな!」
「でしょ!」
アルドも試してみる。
パンは古く、少しパサついている。
野菜もしなびていて、水気が少ない。
だが。
それが逆にいい。
脂の強いギガントファングの肉を、乾いたパンが受け止める。
しなびた野菜の僅かな青臭さが脂を軽くしてくれる。
悪くない。
むしろ、この貧相なパンと野菜だからこそ合う。
「私もやってみよう」
セレスティアも肉を挟む。
育ちのいい貴族令嬢が、パンに肉を挟んでかぶりついた。
「……!」
目が少し大きくなる。
「確かに。こちらの方が食べやすいですね」
「でしょう!」
またリアが得意げだ。
作ったのはお前じゃないんだが。
グレゴールも真似をする。
がぶり。
「なるほど……これは旨い!」
気に入ったらしい。
その時だった。
コンコン。
扉が叩かれた。
全員の動きが止まる。
ジェイルの空気が変わった。
さっきまでの、陽気な若者の顔ではない。
歴戦の冒険者のそれ。
扉の向こう。
複数人。
そして。
強い。
ジェイルが立ち上がる。
「俺が行こう」
扉へ近づき、ゆっくり開けた。
「失礼いたします」
穏やかな声だった。
エルネスト・レイヴァン。
と、後ろに三人。
『銀詩の旅団』。
全員揃っていた。
一人は、四十歳ほどの男。
歳を重ねているが、妙に色気がある。
無精髭を綺麗に整え、長い黒髪を後ろで束ねている。
上質な革鎧。
腰には長剣。
名はガストベルグ。
落ち着いた雰囲気の、いわゆるイケメンおじさんである。
その横。
長い赤紫色の髪。
切れ長の目。
身体の線が出る黒いローブ。
笑っているだけなのに、どこか妖艶。
名はヴェロニカ。
そして最後の一人。
小柄で、頭からすっぽりとフードをかぶっている。
顔は見えない。
性別すら分かりにくい。
「おっと、お食事中でしたか」
エルネストが室内を見た。
にこり。
「これは失礼しました。出直した方が良さそうですね」
その言葉が終わる前だった。
「…………」
フードの人物が前へ出た。
「ミャル?」
エルネストが呼び止める。
止まらない。
ジェイルの横をすり抜け、部屋へ入る。
「おい!いきなり入って来る奴がいるか!」
ガストベルグも声をかけた。
無視。
すんすん。
鼻を動かしている。
明らかに料理の匂いを嗅いでいた。
アルドは、その様子を見ながら目を細める。
この匂い、覚えがある。
ファスタ王との謁見。
エルネストたちから感じた匂いの中に、一つだけ妙なものが混じっていた。
純粋な人間とは少し違う。
モンスターでもない。
あれは、こいつの匂いだったのか。
フードの人物は、テーブルまで近づいた。
というより、皿に顔まで寄せている。
「これは……たまらんにゃーっ!!」
「は?」
フードが勢いよくめくれた。
そこから、ぴょこんと二つのお耳。
猫のお耳。
「……え?」
リアが瞬きをする。
十代後半くらいに見える少女だった。
大きな瞳。整った顔立ち。
人間ならば美少女と呼ばれる容姿。
だが。
頭には猫の耳。
頬には薄く獣の毛。
口元から伸びる細いひげ。
瞳孔も、人間より縦に細い。
「獣人……」
ジェイルがぽつりと呟いた。
名はミャル。
ミャルは白焼きを掴むと。
「あっ」
とリアが声を上げる間もなく。
ぱくっ。
「んんんんんっ!」
尻尾がフード付きの外套の下から飛び出した。
「うっまいにゃー!!」
もう一切れ。
「うまっ!」
もう一切れ。
「うまいにゃ!これうまいにゃ!」
「ミャル!」
エルネストが呼ぶが聞いていない。
「こんなの食ったことないにゃ!」
「おいおい、待てって!勝手に食うな。人様の飯だぞ」
ガストベルグが慌てて部屋へ入る。
「ミャル、はしたないわよ」
ヴェロニカも続く。
二人が両側から少女を引きはがそうとした。
その瞬間。
ふわっ。
白焼きの香ばしい匂いが鼻へ入った。
「……」
ガストベルグの手が止まる。
「……これは」
ごくり。
喉が鳴った。
ヴェロニカも同じだった。
「随分と……いい匂いね」
二人とも料理に見とれる。
「隙ありにゃ!」
ミャルがさらに一切れ食った。
「お前!」
「うまいにゃ!うまいにゃー!」
「……ミャル」
声が変わった。
エルネストだ。
決して大きな声ではない。
むしろ静かだった。
しかし、ミャルの動きが止まった。
肉を持ったまま動かない。
「こちらへ戻りなさい」
「…………」
さっきまで立っていた猫耳が、ぺたんと横になる。
少女の身体が小さく震えはじめた。
「私に、婚約者の前で、恥をかかせないでもらえると、ありがたいのですが」
エルネストは笑っている。
「……ご、ごめんなさいにゃ」
顔は笑っている。
声も穏やか。
なのに。
一瞬空気が凍った。
アルドには分かる。
殺気。
だだ漏れだ。
ミャルは俯き、エルネストの後ろへ戻ろうとする。
「……あの、よろしければ、皆さんもご一緒にいかがですか?」
セレスティアが声をかけた。
「セレスティア殿?」
「ちょうど多めに作っていますし」
実際は多めに作っているわけではない。
アルドの保管庫に、まだ肉があるだけだ。
「せっかく来ていただいたのですから」
エルネストは少し驚いた顔をした。
「いえ。しかし、皆様のお食事を邪魔するわけには」
「構いません。どうぞ」
セレスティアは微笑む。
「そうですか。それでは、お言葉に甘えさせていただきましょう」
「やったにゃ!」
ミャルが跳ねる。
「トンソク!大至急追加お願い!」
リアがアルドに指示を飛ばす。
普段なら。
嫌だ。
自分でやれ。
俺は料理人じゃない。
そのくらいは思う。
だが今回、アルドは何も反抗しなかった。
そのまま、黙って調理場へ向かう。
「トンソク?」
リアが少し驚いていた。
当然だ。
アルドには目的がある。
『銀詩の旅団』。
こいつらの情報を引き出したい。
そして。
自分の情報は、出来るだけ与えたくない。
表で座っているより、料理をしていた方がいい。
ただのオークに見える。
都合がいい。
アルドは、そそくさと調理場へ引っ込んだ。
「あっ、私も手伝う!」
リアが追いかける。
本当に手伝うつもりで行ったのではない。
リアもエルネストから少し離れたかったのだろう。
「……オークが調理するのですか?」
エルネストの声が聞こえた。
目ざとい。
セレスティアは答えなかった。
「そうなのです!」
代わりにグレゴールが答えていた。
「見事なものですぞ!しかも絶品です。私は長く生きておりますが、あれほど旨い肉料理は滅多に――」
あのオッサン余計なことを。
飯の恩を仇で返しやがって。
だから脳筋はいやなんだよ。
「グレゴール殿」
「ん?」
ジェイルがにこりと笑った。
「料理を前にして、引き延ばすのは酷というもの。食べましょう」
「お、おう」
ジェイルも心の中で舌打ちした。
喋るな。
何でも喋るな。
少しして、別のモンスター肉の照り焼きが運ばれてきた。
エルネストたちの前に皿が置かれる。
「それでは」
エルネストが一切れ口へ運んだ。
「…………」
止まった。
ガストベルグも。
「…………」
ヴェロニカも。
「……まあ」
目を見開く。
「うまいにゃーっ!」
ミャルだけは普通に叫んでいた。
「さっき食ったヤツとおんなじくらい、うまいにゃ!」
「これは……」
エルネストが肉を見る。
もう一口。
「驚きました」
笑顔は変わらない。
しかし、今度は本当に驚いているように見えた。
「上貴族の晩餐に出てもおかしくない」
一度止まる。
「いえ」
もう一口。
「それ以上……かもしれませんね」
ジェイルの目が細くなった。
「へえ。冒険者が、貴族の食事をよく知ってるんですね」
エルネストを見る。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
エルネストの目がジェイルへ向いた。
しかし。
すぐに笑顔へ戻る。
「以前、依頼主に招待されたことがあるだけですよ」
「そうですか」
「ええ」
にっこり。
それ以上踏み込むな。
言葉はない。
だが。
そう言われた気がした。
ジェイルはそれ以上聞かなかった。
「それより!これ何の肉にゃ!?」
ミャルが肉を持ち上げる。
「確かに」
グレゴールも頷いた。
「私も気になっていた。随分と変わった味だが、牛とも豚とも違う」
「ガルディアス周辺にだけ生息する獣の肉のようです」
セレスティアが答えた。
「獣?」
「はい。ただ、詳しいことは私にも」
ちら。
調理場へ視線を向ける。
「あのオークしか分からないのです」
「ほう」
エルネストが興味深そうに声を漏らした。
「リア殿なら分かるのでしょうか?」
調理場の中でリアの肩が跳ねた。
「モンスターテイマーなのでしょう?」
「……はい」
「テイムモンスターと意思疎通ができると聞きました」
情報を知っている。
「ならば、あのオークが何を考えているのかも分かるのでは?」
「そ、そうかもしれませんが、そこまで詳しく意思疎通ができるわけではないと思います」
セレスティアが答える。
「そうですか」
「はい」
「人間並みの知能を持つオーク」
エルネストが白焼きを切り分ける。
「料理までこなし」
一口。
「さらにモンスターの言葉まで理解する」
調理場の中。
アルドとリアは黙っていた。
エルネストは笑みを絶やさない。
「セレスティア殿は、なかなかユニークな仲間をお持ちですね」
その声を聞きながら、アルドは鉄板の上の肉を返した。
じゅう、脂が弾ける。
エルネスト……こいつの狙いは何だ?




