第百六話「客間と、聖剣と、あと白焼き」
セレスティアたちに用意されたのは、城の客間の一室だった。
一室、と呼んでいいのか迷うほど広い。
扉を開けると、まず大きな居間がある。
厚い絨毯に、大きなテーブル。
ソファに暖炉。
さらに部屋の中にも扉があり、それぞれ個室になっていた。
調理場まである。
湯浴みもできる。
もちろん生活用の魔法陣も完備されており、風呂と洗濯の代わりを担えるようになっていた。
明らかに一般客用ではない。
国賓。
あるいは、それに近い身分の者へ使わせる部屋だ。
「わあっ!」
リアが真っ先に個室へ飛び込んだ。
ぼふん。
「ふっかふかー!」
ベッドへ飛び乗る。
そのまま、ぴょんぴょん跳ね始めた。
「リア、やめろ。壊したら洒落にならんぞ」
ジェイルが呆れる。
「だってすごいよ!ほらほら!ジェイルさんもやってみ?」
「俺を引きずり込むな」
案内してきた兵士の態度も、先ほどまでとはまるで違っていた。
深々と頭を下げ、言葉遣いも妙に丁寧。
扉を閉める直前まで、必要なものがあれば何なりと、と繰り返していた。
王族に対するような扱い。
理由は簡単だ。
セレスティアが、エルネスト・レイヴァンの婚約者になったから。
本人の意思とは無関係に、だが。
「……」
セレスティアは、豪華な部屋の中央に佇んでいた。
喜んでいるようには見えない。
むしろ、沈んでいる。
その様子を見ていたグレゴールが、重い口を開いた。
「……セレスティア」
「はい」
「……いいのか?」
セレスティアは、一瞬だけ黙った。
「ファスタ王がお決めになられたことですから」
静かに答える。
「光栄に思います」
「だからといってだな……」
「逆らって」
セレスティアがグレゴールの言葉を遮った。
「また処刑の話を思い出されても困りますから」
「むぐっ」
グレゴールが黙った。
反論できない。
自分も処刑されかけた。
グレゴールは王都守備隊の隊長。
ヴァレンシュタイン家の一員。
長年ファスタ王国に忠誠を捧げてきた。
それでも。
一言、アルドを『勇者』と口にしただけで殺されかけた。
頭を下げ、許しを請うしかできなかった。
セレスティアをエルネストへ差し出すことで、自分たちは生き延びたのだ。
そう考えてしまうと、心配することすら、おこがましいような気がしてくる。
「……すまん」
結局。
それしか言えなかった。
「グレゴール殿。一つ聞いていいか?」
今度はジェイルが声をかける。
「あ、ああ、なんだろうか」
「あのエルネストという冒険者は何者だ?どう見ても、ただの冒険者って立場じゃないよな」
王からの信頼。
発言力。
そして何より。
あの強さ。
冒険者一人が持つには、あまりにも大きい。
「王は、逆賊アルドを討つために、ファスタ国内にいるSランク、Aランク冒険者へ招集をかけた」
「全員に?」
「そうだ。もっとも、すべてが王都まで来られたわけではない。任務中の者。他国に行っている者。連絡がつかぬ者もいる」
グレゴールは指を折る。
「招集に応じられたのが、七パーティ」
「七……」
「Sランクは一組。『銀詩の旅団』」
エルネスト率いる四人組。
「Aランクが六組。そのうち『ミスリルの刃』と『宵闇の燐』が王の直接護衛として任務についておる」
「じゃあ、残りは?」
「四組。それぞれ王城の東西南北の門を守っている」
なるほど。
徹底している。
Sランク一組。
Aランク六組。
それだけの戦力を、たった一人の男を恐れて王都に集めた。
その男がアルドである。
今はソファで、鼻をほじっているが。
グレゴールが続けた。
「……ああ見えて、繊細なお方なのだ」
ジェイルが何とも言えない顔をした。
「ああ見えて……」
「昔からな。豪胆に見えるが、実際には物事を深く考える方だった。慎重になっておられる」
グレゴールは苦々しく笑う。
「私としても、あの光景を見てしまってはな。ファスタ王のお気持ちもわかるのだ」
「あの光景?」
「勇者……いや」
一瞬。
グレゴールが周囲を確認する。
ここに王はいない。
それでも癖になってしまったのだろう。
「逆賊アルドだ」
ジェイルの顔色が変わった。
「アルドを見たんですか!」
グレゴールへ詰め寄る。
「う、うむ」
「それで!」
「近い近い」
「勇者アルドは本物だったんですか!?」
「本物?」
グレゴールが眉を寄せた。
「むぅ……偽物には感じなかったが」
「なぜです!」
「なぜ、と言われてもな」
「何か根拠があったはずです!」
ジェイルの勢いに、グレゴールが後ずさる。
「元勇者パーティのカナを連れていた」
「……カナ」
「それに」
グレゴールが続ける。
「聖剣も持っていた」
何だと?
このオッサン今なんつった?
「聖剣……?」
ジェイルも目を見開く。
「ああ。間違いない。あれは勇者に託されし聖剣だ」
アルドは、固まったままグレゴールを見る。
聖剣。
勇者の剣。
それは、ただの強力な武器ではない。
持ち主を選ぶ。
勇者と認められた者でなければ、触れることすらできない。
それが、たとえ魔王であろうとも。
アルドは、ゆっくりとメイトへ顔を向けた。
「おい」
「何すか、アニキ」
「デモンレイアだけどよ」
「ああ、デモンレイア様っすか」
「聖剣持ってんのか?」
メイトは少し考えた。
「あー、そういや持ってたっすね」
とてつもなく軽い返事だった。
アルドの頬が引きつる。
マジか。
クソ厄介なんだが。
聖剣まで使えるのかよ!
いや待て。
おかしいだろ!
普通、こういうのは魂に従うもんじゃないのか!
勇者の魂。
勇者の意志。
勇者の資格。
つまり、俺!
俺!俺!オーレ!
何で身体の方に従ってんだよ!
体が目的だったのか!
あの節操なし!
ナマクラ!
アルドは内心で聖剣を罵倒する。
勇者時代。
何度も何度も命を預けた相棒。
それが、中身が別人になったくらいで、平然と使われている。
最低である。
「ぶひぃぃ……」
「トンソク?なんか元気ないね?」
リアが振り返る。
ねーよ。
めちゃくちゃ凹んだ、ってか怒りがわいてきた。
あの剣、一度へし折ってやる。
「その日以来だな」
グレゴールが話を続ける。
「ファスタ王は四六時中、冒険者の護衛を手放さなくなった」
「そこまで?」
「ああ。特にエルネストは特別だ」
「特別?」
「王の寝室まで同行する」
全員の目が点になった。
「……寝室まで?」
「ああ。王が眠りにつくまで、傍で見守っているそうだ」
それで、あの依存っぷりか。
赤ちゃんかよ。
いくつなんだ。
ジェイルは俯いていた。
それでもまだ、信じたくないのだろう。
「洗脳……という線は……ないんでしょうか」
ジェイルが小さくつぶやいた。
グレゴールは少し間をおいて答える。
「あるかもしれん」
ジェイルがはっと顔を上げた。
「魔王の力は未知数だ。人を操る術があっても不思議ではない、と思う」
「なら――」
「だが」
グレゴールが遮った。
「洗脳であろうがなかろうが、結果は変わらん。敵として剣を向けてくるならば、討つしかない」
「……」
「それが、たとえ勇者であってもだ」
そらそうだ。
正論。
敵になったのなら事情は関係ない。
解除方法が分かっているなら別だが。
殺し合いの最中に、
『この人は本当は悪くないんです。操られているだけなんですっ』
などと言われても。
知らん。
斬られれば死ぬ。
殺られる前に殺る。
それしかないだろ。
ジェイルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
頭では分かっている。
しかし。
納得できない。
そんな顔。
『ぐううううぅぅぅ』。
重い空気をぶち壊す音が響いた。
「……」
全員の視線がアルドへ向く。
「ぶひっ」
いかん。
腹が減ってきた。
当然だろ、ずっと食ってなかったんだから。
というか話にも飽きてきた。
飯にするか。
アルドは、とことこ調理場へ向かった。
「トンソク?」
調理場は、さすが国賓用。
王城の食糧事情が厳しいとはいえ、最低限の設備は揃っている。
アルドは調理台の前に立った。
イジェクト。
どさどさ。
保管庫から、調理器具が出てくる。
鉄板。
万能包丁。
調味料。
そして。
肉。
ギガントファングの残りである。
「おっ!アニキ!飯っすか!」
メイトが飛んできた。
さっきまで殺されかけだったくせに。
現金な奴だ。
アルドは魔導コンロへ火を入れた。
鉄板を熱する。
その間に肉を切り分ける。
今回は琥珀焼きではない。
肉そのものを味わう。
『白焼き』。
余計な味をつけず塩だけ。
ギガントファングの肉は、脂が強い。
下手にソースをつけるより、脂を落としながら焼く、という手法もありだ。
皮目を鉄板へ。
じゅう、と音が鳴った。
鉄板の上に脂が染み出す。
ぱちぱちと脂が弾ける。
表面が焼けたところで返す。
脂落とし。
そして塩を振る。
火を入れすぎない。
外は香ばしく、中に肉汁を残す。
簡単だからこそ出る、肉の味わい。
「……いい匂い」
リアがいつの間にか、すぐ後ろにいた。
ジェイルも。
セレスティアも。
ついでにグレゴールも。
自然と調理場へ集まってくる。
部屋の中に、香ばしい脂の匂いが広がっていく。
「こ、これは……」
グレゴールの鼻が動いた。
鋼槍のグレゴール。
王都守備槍兵隊隊長。
歴戦の武人の口元から。
つう。
唾液が垂れそうになっている。
垂らすな、よだれを。
恥ずかしい。
「アニキ!アニキ!俺っちの分!俺っちの分をはやく!」
分かってるって。
うるさいな。
幸い、客間にはパンと野菜も置かれていた。
質は悪い。
パンは少し硬いし、野菜も新鮮とは言い難い。
だが贅沢はいえない。
ギガントファングの白焼き。
パン。
野菜。
それだけで、十分な豪勢な食事になる。
皿へ軽く盛り付けたら完成。
「おいしそう!」
リアが目を輝かせる。
そして、羨ましげに見つめるグレゴール。
「グレゴールさんも一緒にどうですかっ!」
「いいのか?」
グレゴールが自分を指差す。
「はい!」
「いや、しかし……」
ぐう。
今度はグレゴールの腹が鳴った。
「……」
「……」
「……」
グレゴールの顔が赤くなる。
「ご、ご一緒しても?」
「もちろんっ!」
「そ、そうか!それじゃあ……遠慮なく」
いそいそと席に着く。
本当に遠慮する気はないようだ。
全員がテーブルにつく。
セレスティアも。
少しだけ、先ほどより表情が柔らかくなっていた。
リアが全員を見る。
「それでは!」
「いただきます!」




