第百五話「褒美と、予備軍と、あと婚姻」
うーん。
誰だったか。
アルドはエルネスト・レイヴァンの顔をじっと見ていた。
見覚えがある。絶対に。
どこかで見たことがあるのだが、思い出せそうで思い出せない。
まあ、どちらでもいいか。
今重要なのはそこではない。
こいつがファスタ王に何かしている。
それは間違いない。
魔王軍関係かとも考えたが、エルネストからはモンスター特有の匂いがまったくしない。
人間だ。
もっとも、ひとつだけ気になる匂いが混じってはいるが。
それも違う。
少なくとも、今は関係ない。
「ファスタ王、ご安心ください」
エルネストが穏やかに語りかける。
「ここには我々がおります。逆賊アルドの一味など、決して陛下には近づけさせはしません」
「おお……エルネスト……そちだけだ……余が信用できるのは……そちだけだ……」
あれほど怒り狂っていたファスタ王が、すっと治まった。
ぎらついていた目も落ち着いていく。
「それよりも陛下。ヴァルデマール殿がご無事だったことを、お喜びになるべきかと」
「ヴァルデマール……?」
「はい。長きに渡りガルディアスを守ってきた忠臣が、生きて戻ったのです。実に喜ばしいことではありませんか」
「……そうであったな」
ファスタ王は、先ほど自分が床へ投げ捨てた書状を見る。
「ヴァルデマールが生きておったのだな。そうか……そうか」
突然、ファスタ王が笑った。
「それは大儀である!」
セレスティアが僅かに目を見開く。
つい先ほどまで、そのヴァルデマールからの書状をゴミのように投げ捨て、全員を処刑しろと叫んでいた男が。
「余も心配しておったのだ。ガルディアスが落ちたと聞いた時は、生きた心地がしなかったぞ……よもやヴァルデマールが……とな」
ファスタ王は何事もなかったかのように、続きを話し始める。
「セレスティアがガルディアスを奪還したのであろう?」
「……はい」
「見事である。よくやった」
あまりの豹変ぶりに、誰も口を開けなかった。
何かを言えば、また『殺せ』に戻るか分からない。
ファスタ王とヴァルデマールは遠縁にあたる。
当然、その娘であるセレスティアにも王家の血が薄く流れている。
「そなたの働きは、余にとっても誇らしいぞ」
「……ありがたきお言葉にございます」
セレスティアは頭を下げた。
何を考えているのか全く分からない。
いや。
王自身も、自分が何を考えているのか分かっていないのではないか。
「逆賊アルドの野望を挫き、ガルディアスを取り戻したのだ。これほどの功績、褒美を取らせぬわけにはいかんな」
ファスタ王は考え込む。
金か。
土地か。
爵位か。
そんなところだろうとアルドは思っていた。
すると。
ぽん。
ファスタ王が手を打った。
嫌な予感がした。
「セレスティア。そなたは、まだ伴侶がおらなんだな?」
「……は?」
セレスティアが固まった。
「たしか婚約者もおらぬであろう?」
「は、はい……」
「ならば丁度よい!」
ファスタ王は嬉しそうにエルネストを見た。
「エルネストに嫁ぐがよいぞ!」
…………。
誰も反応できなかった。
「そうすれば、エルネストも余の遠縁となる。いや、セレスティアの夫となれば、もはや息子も同然ではないか!」
ファスタ王は上機嫌に笑う。
「これはめでたい!」
セレスティアは完全に固まっていた。
誰しも首をひねる。
なぜそうなる。
「なんだ?不服なのか?」
ファスタ王の笑みが消えた。
「い、いえ!」
セレスティアが慌てて頭を下げた。
「そのようなことはございません。ただ……エルネスト殿がご迷惑なのではないかと……」
自分が嫌だとは言わなかった。
言えるはずもない。
「そうなのか?」
ファスタ王は不安そうにエルネストを見る。
「エルネスト。迷惑なのか?」
「まさか」
エルネストは穏やかに微笑んだ。
「王のお心遣い感謝に堪えません」
「そうかそうか!」
ファスタ王の機嫌が一瞬で戻った。
「ならば決まりだ!このエルネストは、ファスタ王国唯一のSランクパーティを率いる男だ」
ファスタ王は誇らしげに言った。
「『銀詩の旅団』。この国において、こやつらに敵う者などおらぬ」
王の後ろに控えている冒険者たち。
エルネストを含む四人が、Sランクパーティ『銀詩の旅団』。
その隣にいる重装戦士を中心とした四人が、Aランクパーティ『ミスリルの刃』。
残る三人が、Aランクパーティ『宵闇の燐』。
Sランク一組。
Aランク二組。
合わせて十一名。
「これだけの精鋭が集っておるのだ!」
ファスタ王は両手を広げた。
「たとえ、あの裏切り者が来ようとも!いや、魔王が来たとて!この者たちに敵うはずがない!」
「ぶひー!」
アルドが思わず声を上げた。
「トンソク?」
リアが驚いて振り返る。
アルドは、それどころではなかった。
思い出した。
Sランク。
その言葉で、記憶が繋がった。
エルネスト。
こいつを知っている。
五年前、勇者パーティの選抜をした時だ。
勇者パーティの人選は、誰でもいいというわけではない。
世界各国から集められた最高峰の冒険者。
Sランクとは、勇者パーティに所属する権利がある、ということ。
世界屈指の実力者。
その中から最終的にアルドが仲間を選ぶ。
エルネストは、その候補者の一人だった。
なるほど。
五年前に一度会っただけなら、すぐには思い出せないはずだ。
ということは。
アルドはエルネストを見た。
こいつ……落ちたんだよな。
つまり。
俺は選ばなかった。
こんなのに頼って大丈夫なのか?
いや、実力がないわけではない。
それでも勇者にはついていけない。
アルドの足を引っ張りかねないのだ。
「ふむ。それではヴァルデマールには余から連絡しておこう」
アルドのことなど誰も気に留めず、話は勝手に進んでいく。
「セレスティア。そなたは、このまま王都に留まれ」
「……はい」
「婚姻の準備をせねばならぬ。住むところも必要であろうな」
ファスタ王が声を張る。
「誰ぞ!」
「はっ!」
執務官が即座に膝をついた。
「ただちにセレスティアの住居を用意せよ。婚姻に必要な手配も進めるのだ」
「仰せのままに」
執務官は立ち上がると、そのまま急いで部屋を出ていった。
セレスティアが口を開く。
「陛――」
しかし。
言葉を飲み込んだ。
今、その言葉を口にしてはいけない。
代わりに。
「陛下。この者たちの処遇は、いかがいたしましょうか?」
リア。
ジェイル。
メイト。
そして、トンソク。
セレスティアの視線が一瞬だけアルドへ向いた。
特に気にしているのは、どうやらアルドらしい。
「……こやつら?」
ファスタ王は初めて思い出したような顔をした。
さっきまで全員処刑と言っていたのに。
しかし、もう興味を失っているようだった。
「好きにいたせ」
「……」
セレスティアの口から、ほっと息が漏れた。
「はっ。ありがとうございます」
処刑は免れた。
今はそれだけでいい。
これ以上を望めば、また何が起こるか分からない。
グレゴールも何か言いたげだったが、結局口を閉ざした。
王の異変。
突然決まった婚姻。
集められた冒険者たち。
言いたいことなど山ほどある。
だが、何か言えば状況がさらに悪化しかねない。
「それでは、失礼いたします」
セレスティアが頭を下げた。
一同も謁見の間を出ようとする。
その時だった。
「セレスティア殿」
背後から、穏やかな声がした。
セレスティアの足が止まる。
振り返ると、エルネストが微笑んでいた。
「後ほど、お伺いいたしますが、よろしいかな?」
「……私のところへ、ですか?」
「ええ。今後のことを、お話ししなければなりませんので」
婚姻の話だろう。
当然と言えば当然。
なぜか、セレスティアの背筋に寒気が走った。
エルネストの笑顔。
穏やかで。優しくて。完璧な笑顔。
だからこそ、『気持ちが悪い』。
「それに……」
エルネストの視線が動いた。
セレスティアから離れる。
そして。
リアで止まった。
「逆賊のことも、少々お聞きしたいので」
エルネストは微笑んだまま。
舌で、僅かに唇を舐めた。
セレスティアには、それが獲物を見つけた蛇のように見えた。
狙われている。
リアが。




