第百三話「応接室と、お茶請けと、あと天井」
城門を抜ければ、すぐ王城。
なんて単純な作りではない。
巨大な城壁の内側には、さらに街が広がっている。
石畳の大通り。
役所。
貴族街。
商業区。
そして、その奥。
さらに高い内壁に守られた王城区。
ファスタ城は、王都の中心にそびえていた。
遠くから見えていたはずなのに、歩いても歩いても近づかない。
まったく、王都というものは無駄に広い。
権威を見せつけるためだろう。
城は高く、道は広く、門は無駄に大きい。
しばらく進むと、王城行きの馬車が用意されていた。
グレゴールの手配らしい。
歩いて移動していたのでは、到着は明日になってしまう。
さすがに、夜通し歩くのは勘弁願いたい。
王都内の馬車移動は、おどろくほど長かった。
厳戒態勢のため、定期的に検問がある。
身分の確認。
行先の確認。
テイムモンスターの確認。
特に最後が長い。
「本当にモンスターを入れるのか」
「テイムモンスターは、テイマーの所有物扱いです。武器と同じです」
「だが、オークだぞ」
「しかし、テイマーはガルディアスの使者団の一員です」
「一員……?」
その言葉に兵士が困惑する。
当然だ。
ちっちゃい子供が足をパタパタさせているのだ。
特使、といわれましても。
その代わりに、アルドが腕組みをしていた。
威厳を醸し出している。
「トンソク、偉そうだね」
「ぶひ」
偉そうではない。
偉いのだ。
勇者だからな。
言ったら処刑だが。
馬車に揺られること三時間。
ようやく王城へ到着した。
近くで見るファスタ城は、やはり大きい。
正門には王家の紋章。
左右には騎士像。
門前には重装兵。
ここでも、厳しい確認があった。
グレゴールが同行していなければ、半日は門前で足止めされていただろう。
ヴァルデマールの書状を確認され、ようやく入城を許可される。
面倒くさい。
勇者時代なら、顔パスだったのに。
いや、顔パスどころか、門番が勝手に部屋まで案内してきた。
今はどうだ。
まるで犯罪者の扱い。
もっとも、指名手配犯ではあるのだが。
その後、一行は応接室へ通された。
広い部屋だった。
壁には古い絵画。
磨かれた長卓。
厚手の絨毯。
大きな窓。
天井には、細かな装飾模様。
さすが王城、見た目だけは立派だ。
だが、使用人は最低限。
茶を運んできた侍女の顔にも疲れが見えた。
セレスティアたちは、そこで待機することになった。
アポなしの登城である。
本来なら、王に会えないことも珍しくない。
一国の王に謁見するのだ。
突然来て、ではどうぞ、など普通はあり得ない。
二日。
三日。
場合によっては一週間。
宿を用意され、順番を待たされることもある。
まして今は非常時、臨戦態勢。
ファスタ王に余裕があるとは思えない。
しかし、今回は異例中の異例だった。
謁見が決まった。
「一時間後に、陛下がお会いになるそうだ」
伝令の言葉に、グレゴールでさえ目を見開いた。
「一時間……?」
彼ほどの立場でも、驚く早さだった。
セレスティアの表情が、わずかに硬くなる。
それはそうだ。
歓迎されているから早いのか。
確認したいことがあるから早いのか。
あるいは。
処分を急いでいるからなのか。
「案外、早く会えるんだねー。王様って暇なのかな?」
リアだけが、のんきだった。
そんなわけがない。
ジェイルは、こめかみを押さえる。
アルドは、用意された菓子を食っていた。
メイトも一緒になって食っていた。
淡い焼き色。
見た目だけなら悪くない焼き菓子。
「アニキ、アニキ」
メイトが口をもごもごさせながら言った。
「このクッキーってやつ、あんまり旨くないっすね。パサパサしてるし、なんか変な味がしやすぜ」
「まあ、こんなもんだ」
アルドも一枚かじる。
ぱき。
口の中で粉っぽく崩れた。
「そもそも、ドラゴンが菓子を食ってる方がおかしいだろ」
「アニキだって、オークなのに食ってるじゃないっすか」
「俺は、まあ、その、なんだ。雑食だからな」
「雑食っすか!カッケー!尊敬っす!」
「別に尊敬する要素ないだろ」
「そうなんすか?」
メイトは首を傾げながら、またクッキーを口に投げ入れた。
文句を言いながら食べる。
実にモンスターらしい行儀の悪さだ。
アルドはクッキーを噛みながら、考えていた。
まずい。
食えないほどではないが。
だが、城の応接室で出す菓子としては、明らかに質が悪い。
砂糖が少なすぎる。
甘みが全くない。
ほとんど小麦粉を焼いただけの味。
しかも、その小麦も質が悪いときたもんだ。
湿気を吸っていたものを、無理に焼き直したような味。
これを王城の応接室で出す。
嫌がらせでなければ、食糧難は間違いない。
相当追い込まれている。
菓子は国の余裕だ。
嗜好品には、余力が出る。
王城ですら余力がない。
そして、この状態の王が面談。
嫌な予感しかしない。
ジェイルも同じことを考えているのか、あまり喋らない。
彼は菓子に手をつけず、窓の外を見ていた。
応接室の空気が重い。
セレスティアが、ぽつりと呟いた。
「王は……ガルディアスのことを、どう思うのでしょうか」
独り言だった。
誰かに答えを求めたわけではない。
だが、反応した者がいた。
リアである。
「褒められるんじゃないの?」
全員の視線がリアへ向く。
リアは本気だった。
「私たちがガルディアス城を取り戻したんでしょ?だったら、すごいって言われると思うんだけど」
「……そうですね」
セレスティアは無理に微笑もうとした。
しかし、その笑みが硬い理由に、リアは全く気づいていない。
「ご褒美あったら、どうしようかなー」
「ご褒美?」
「うん。何もらおうかなって」
呑気なものだ。
だが、あえてリアを不安にさせる必要はない。
今この場で、ヴァルデマールの処分だの、責任追及だの、暗い話をはじめても仕方がない。
「ジェイルさんだったら、何もらうの?」
「俺?」
ジェイルは腕を組んで考える。
「そうだな。ギルドの税金を安くしてもらうとか?」
アルドは横目で見た。
こんな時でも、冒険者たちのことを考えるのか。
イケメンだなおい。
顔だけじゃ足りねーか?
中身までイケメンになりたいと?
ブタだ!
お前は一度ブタになったほうがいい。
「税金かー」
「リアだったら何が欲しい?」
ジェイルが尋ねた。
リアは、ぱっと顔を上げる。
「牛!」
即答だった。
セレスティアが瞬きをする。
「牛、ですか?」
「うん。うち、ゴブリンに襲われてから家畜がいなくなっちゃったんだよねー」
そういえば、そうだった。
リアの実家はゴブリンの襲撃で被害を受け、家畜を失っていた。
なるほど。
家族思いである。
アルドは、少し感心した。
「二十頭!」
強欲だった。
お前の家、そんなに牛は要らねぇだろ。
牧場でも始める気か。
ジェイルが吹き出す。
「ははは。豪勢だな」
「いっぱいもらうの」
「世話が大変だぞ?」
「お父さんが頑張るから大丈夫だよ」
「リアは手伝わないのか?」
「うん!トンソクも頑張るし!」
おい!勝手に決めるな!
俺にはやることがあるのだ。
アルドはクッキーを噛み砕きながら、思考を戻した。
カナは、この部屋に来ていたはずだ。
王と面会したのならば。
いくらカナでも、王城の中を好き勝手に動き回れるわけではない。
王に会う前後の導線を考える。
ここ、もしくはトイレ。
侍女や兵士の目を盗めるのは一瞬。
仕掛けるなら、転移魔法陣があるとするなら、この応接室周辺が臭い。
あるいは、王の間へ向かう途中や、トイレへの道。
作業時間を考慮するなら、離れた場所は考えにくい。
どこだ。
どこに仕掛けた。
どこから来る。
アルドはクッキーを齧りながら、頭を回転させる。
ぱさぱさした粉が口の中に広がる。
まずい。
『神足通』のカナ。
アルドは、その女を少し甘く見ていた。
勇者パーティにいた頃、彼女は便利なお手伝いのような存在だった。
罠を外す。
偵察する。
先回りする。
敵を陽動する。
食料を調達させる。
だいたい、面倒なことを任せていた。
だが、その認識は間違っている。
便利なお手伝いさんなどではない。
単独でSランクの実力を持つ盗賊。
Sランクパーティと同等以上の働きを、一人でこなす化け物。
普通、Sランクとはパーティ単位で語られる。
前衛。後衛。回復。斥候。支援。
だが、カナは一人でそこにいる。
『神足通』。
彼女に行けぬところなし。
行こうと思えば行く。
盗ろうと思えば盗る。
仕掛けようと思えば仕掛ける。
それがカナだ。
ぷしゅー。
アルドの頭から湯気が出そうになった。
考えるのに疲れてきた。
考えすぎよくない。
アルドはソファにごろんと寝転がった。
「トンソク!お行儀悪いでしょ!お城なんだよ?ちゃんと座って!」
リアが怒った。
うるさい。
俺様は考え中なのだ。
「トンソクも疲れているのですよ。少し休ませてあげましょう」
「セレスティアさん、トンソクに甘すぎるよ!」
「そ、そうでしょうか?」
「絶対にそう!」
リアが頬を膨らませる。
セレスティアは少し困ったように微笑む。
ソファは柔らかい。
王城のソファは、やはり質がいい。
少なくともクッキーより、よほど上等だ。
アルドはぼんやりと天井を眺めた。
何気なく。
本当に、何気なく。
天井には細かな装飾模様が描かれていた。
花。
蔓。
幾何学模様。
王家の紋章。
古い聖句を図案化した線。
ファスタ城らしい、格式ばった装飾。
こういう場所の天井は、どこも似ている。
無駄に豪華で細かい。
目が疲れる。
だから誰も真剣には見ない。
ん?
思わず目が止まった。
天井の中央。
蔓模様に混じるように、円弧がある。
ただの装飾に見えるが、その円弧の形。線の重なり。記号の配置。
見覚えがある。
あるどころではない。
魔法陣だ!
アルドは、ソファに寝転がったまま目を見開く。
天井。
天井だ。
床でもない。
壁でもない。
隠し部屋でもない。
天井に、堂々と描かれている!
盲点だった。
カナ。
あの女。
天井に魔法陣張り付けてやがる。
敵の入口が王城の応接室にあった。
見つけたぞ。
待ってろよ、カナ。
お前の仕込み、俺が先に食い破ってやる。




