第百二話「王都と、籠城と、あと転移魔法陣」
王都グランファスタ。
その名にふさわしく、都は大きかった。
白い城壁に囲まれた広大な街。
石畳の大通り。
整然と並ぶ建物。
遠くにそびえるファスタ城。
ただし、かつてのアルドが知る王都は、もっと騒がしかった。
商人が声を張り上げ、馬車が行き交い、屋台から食べ物の匂いが通りを満たしていた。
貴族の馬車。
冒険者。
農民。
賑わっていた。
だが今は違う。
異様なほどに静かだった。
必要な者以外、誰も外に出ていない。
いや、出られないのだ。
通りを歩いているのは、ほとんどが兵士。
鎧の擦れる音と、槍が石畳を叩く音。
そんなものばかりが、王都の中に充満している。
時折、民が外に出ている姿もあったが、すぐに兵士に呼び止められる。
「貴様どこへ行く」
「許可証はあるのか」
「家族構成を言え」
尋問。確認。監視。
それが日常になっていた。
王都は、まさに厳戒態勢。
セレスティアたちは、グレゴールに導かれて大通りを進んでいる。
前には王都守備隊。
後ろにも兵士。
左右にも兵士。
護衛と言えば聞こえはいいが、実質的には監視に近い。
まあ、当然だろう。
ガルディアスの特使とはいえ、裏切っていない保証はない。
突然の訪問は、怪しさ満点である。
むしろ、よく入れた。
通り沿いの家々は、窓が閉ざされていた。
扉には簡易な札が下げられている。
人数と配給日。
そして確認済みの印。
兵士が一軒一軒回っているのが見えた。
怪しい者がいないかを確認するため。
そして、食料を配るため。
市場へ行けない。
店も開けない。
つまり、食料を調達することができない。
だから、配給に頼るしかない。
経済活動は完全に止まっていた。
商いが止まると税が取れない。
だが兵士は増やさねばならない。
そりゃ金が必要になる。
ギルドの税金が高いはずである。
「ずっと、こんな調子なのですか?」
セレスティアが尋ねた。
王都の惨状に、胸を痛めているのだろう。
「そうだな。もう半年以上になる」
グレゴールは前を向いたまま答えた。
「……勇者……いや、元勇者……いや」
グレゴールは言い直すように、奥歯を噛んだ。
「人類の裏切者、アルドが襲撃を予告してから、ずっとこの調子だ」
アルドは無表情で歩いていた。
裏切者と来たもんだ。
人類の希望って、もてはやしてたのは誰だよオイ!
非常に腹立たしい。
今すぐ名誉毀損で訴えたいところだ。
「魔王軍は攻めて来たのですか?」
セレスティアが尋ねる。
グレゴールは首を横に振った。
「一度もない」
「一度も?」
「ああ」
意外だった。
少なくとも、セレスティアは驚いた顔をした。
カナがファスタ王へ降伏勧告を行った。
デモンレイアまでひき連れて。
それほど大掛かりな脅しをしたのなら、虚仮、ということはないはず。
実際ガルディアスには侵攻していたし。
だが、王都には、半年以上音沙汰無し。
あまりにも妙だ。
「……助けに行ってやれなくて、すまなかったな」
グレゴールが、歩きながら言った。
セレスティアは、すぐに首を振る。
「いえ。私こそ、王都が大変な時に、何も出来ず申し訳ございません」
うつむくセレスティア。
その横顔には悔しさがあった。
ガルディアス砦で半年。
彼女たちも限界だった。
だが、王都もまた限界だったのだ。
誰も余裕などなかった。
「そちらでは、モンスターの大群に襲われたと聞いていた。大丈夫だったのか?」
「多くの者が命を散らしました」
セレスティアは静かに答える。
「けれど、皆、勇敢に戦いました」
嘘だ。
いや、完全な嘘ではないが。
勇敢だった者もいた。
だが、実態はそんな綺麗なものではない。
寄せ集めの罪人、ゴロツキ、借金持ち。
資格剥奪の冒険者。
剣を持ったことすら怪しい者もわんさか。
まともな訓練も、装備も、援助も足りない。
そんな連中で半年耐えた。
雑に捨てられた、がもっとも正しい表現。
だが、王都の有様を見れば、それでも、ガルディアス砦は温情をかけてもらっていた方なのかもしれない。
少なくとも、補給物資は定期的に届けられていたのだから。
ここに比べれば、ウルム村は天国だ。
何もない農村が、こんなに羨ましいとは。
アルドは、鼻を鳴らしながら周囲を見た。
そして、匂いを嗅ぐ。
ふんすふんす。
モンスターの匂いはない。
魔力臭もない。
少なくとも、この周辺に敵はいない。
もっとも、カナのように人間が寝返っている場合は別だが。
人間の裏切り者は、匂いでは分からない。
アルドは、もう一度周囲を伺う。
今すぐ襲いかかろうという殺気はない。
もし本物の殺意があれば、身体に反応がある。
アドレナリンが出る。
アルドは、それを匂いで嗅ぎ分けられる。
『止水の心得』があれば別だが。
心を揺らさず、殺意を殺し、無意識の反応すら抑える。
そういう手練れなら、匂いだけでは分からない。
まあ、そんな達人が、その辺にゴロゴロいるわけない。
いたら嫌すぎる。
今、自分たちを囲んでいる兵士たちは、皆緊張していた。
戦闘態勢だ。
敵もいないのに、槍を握る手に汗がにじむ。
半年間ずっと、この調子。
そりゃ消耗するわな。
アルドは、ふわぁ、とあくびをした。
横の兵士が、ぎろりと睨んだ。
一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに姿勢を正した。
オークに構っている余裕はないのだろう。
構っていられないのは、アルドも同じだった。
もっと大事なことがある。
アルドは、すぐ横をぱたぱた飛んでいるメイトに目を向けた。
「おい」
「何すか、アニキ」
人間たちには、オークが鼻を鳴らし、小型ドラゴンが可愛く首を傾げたようにしか見えていない。
「カナとデモンレイアは、どこにいるんだ?てっきり王都にいるもんだと思ってたが、攻めても来てねぇ。案外、呑気なんだな」
ぱたぱた。
「うーん、そっすねー」
軽い。
今から国の命運に関わる話をする空気ではない。
「転移魔法陣は城に設置してあるし、焦る必要ないと思ってんじゃねーっすかー。なんせ、先に用事があるって言ってましたし。あ、魔王様直々の指示みたいっす。最優先、って言ってやしたぜ」
アルドは歩きながら白目をむいた。
何だって?
こいつ、マジでいい加減にしろよな!
転移魔法陣。
城に設置してあるだと?
王都の中心に、すでに敵の入口がある。
それはつまり。
もう侵略完了しちゃってんじゃん。
籠城とは、外から来る敵を防ぐためのものだ。
それらは、敵が外にいる前提で機能する。
だが、敵がすでに内側に通路を作っているなら意味がない。
門を閉じている場合ではない。
逆だ。逆効果だ。
アルドは頭の中で、カナの顔を思い浮かべる。
絶対、あいつだ。
カナの得意分野。
一瞬の隙を突く。
人目をすり抜ける。
仕込みを終えてたら、何食わぬ顔で去る。
正面から殴るより、裏で盤面を整える方が好きな女。
だから、ファスタ城へ来てやがったのか。
降伏勧告はフェイク。
本命は別。
城内に転移魔法陣を設置すること。
あんにゃろー。
アルドは奥歯を噛む。
カナの仕業なら隠蔽も完璧だろう。
王都側は、まったく気づいていない。
半年以上、外からの襲撃に備え続けている。
最悪である。
籠城しても意味なし。
お疲れ。
君たちはすでに負けている。
アルドは、深く息を吐いた。
だが。
同時に、これはチャンスでもあった。
向こうは、この情報が漏れているとは思っていない。
メイトが喋ったことを知らない。
転移魔法陣。
デモンレイア。
宝珠。
それらを、アルドだけは繋げられる。
ならば出し抜ける。
カナも。
デモンレイアも。
トールも。
アルドは、にやりと笑った。
宝珠は俺がいただく。




