第百一話「門番と、勘違いと、あと成人」
「何者だ!」
これは本気ではない。
形式上の誰何である。
だが、本物の緊張も混じっていた。
今の王都では、誰が、何が敵になるか分からない。
勇者すら敵に寝返ったのだ。
セレスティアは一歩前に出た。
背筋を伸ばし、胸に手を当てる。
「私はガルディアス軍大隊長、セレスティア・ヴァレンシュタイン!ガルディアス城奪還の報告、ならびにヴァルデマール・ヴァレンシュタイン城主よりの書状を携え、王都へ参りました!ファスタ王への面会をお願いしたい!」
兵士たちがざわついた。
「セレスティア……?」
「生きておられたのか」
「ガルディアス砦からなのか?」
取り囲んだ兵の中で、一番立派な鎧を着た男が前へ出た。
見上げる巨漢だった。
年の頃は四十前後か。
広い肩幅。
分厚い胸板。
長柄の槍。
儀礼槍ではない。
実戦用の剛槍だ。
鉄の穂先は大きく、柄も太い。
それを扱っている時点で、並の兵ではないと分かる。
男は兜を上げた。
精悍な顔つき。
短く刈った黒髪。
片目に古い傷痕。
セレスティアを見た瞬間、残された目が大きく見開かれた。
「セレス……!」
兵士たちの前だというのに、男の声が震えた。
「セレスティア!よくぞ……よくぞ生きていた!」
「グレゴール叔父様」
セレスティアの声も、少しだけ柔らかくなった。
男の名は、グレゴール・ヴァレンシュタイン。
ヴァレンシュタイン家の遠縁にあたり、セレスティアにとっては親戚筋の叔父にあたる人物である。
王都守備槍兵隊の隊長。
通称、鋼槍のグレゴール。
セレスティアを、生まれた時から知っている男だった。
ヴァルデマールとも古くからの知己であり、彼を武人として深く尊敬している。
そのグレゴールが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「無事だったのか。本当に……本当に……大変だったな」
「はい」
セレスティアは頷いた。
「すみませんでした。ご心配をおかけして」
「謝るでない!」
グレゴールは声を荒げかけ、すぐに周囲を見て抑えた。
ここは王都の門前。
私情を出しすぎた。
反省はするものの、それでも、目は潤んでいた。
「今日はどうしたのだ。ガルディアス砦は?その正装……先ほどの口上……もしや!」
セレスティアは、はっきりと言った。
「はい。ガルディアス城を奪還いたしました」
ざわり。
兵士たちの間に衝撃が走った。
「今日は、その報告で参りました」
「それで!ヴァルデマール殿は!」
「無事です」
「……!」
「お父様は、生きています」
グレゴールの顔が、くしゃりと歪んだ。
「そうか……」
太い声が震える。
「そうか!」
槍を握る手に力が入った。
周囲の兵士たちも、ほっと息を漏らす。
ヴァルデマール・ヴァレンシュタイン。
ガルディアスの城主。
辺境防衛の要。
その生存は、王都守備隊にとっても大きな意味を持っていた。
「まだ、身体は満足に動かせません。ですが、命に別状はありません。時間はかかるでしょうが、身体もいずれ元に戻るはずです」
「……よくぞ……良かった……」
グレゴールは目頭を押さえた。
「あの方が生きておられる、それだけで十分だ」
大の男が、門前で。
と言いたいところだが、今回は仕方ない。
ガルディアス城は半年間、絶望的な状況だったのだ。
絶望視されていた者が生きていた。
泣くなという方が無理だろう。
「それで、この者たちは?見ない顔だが」
グレゴールは、ようやく周囲を見る余裕を取り戻した。
視線がジェイル、リア、アルド、メイトへ順に向かう。
「ガルディアス城奪還の立役者です」
そして、まずジェイルを示した。
「元Cランク冒険者、現在はガルディアス軍遊撃士官、ジェイル」
ジェイルは軽く頭を下げる。
「ジェイルです。よろしく」
過度にへりくだらない。
かといって、偉そうでもない。
自然な所作だった。
グレゴールの目が細くなる。
ほう。
という顔だ。
若い。
が、立ち姿が違う。
足の置き方。
力の抜き方。
視線の配り方。
強者のそれである。
それでいて、気負いがない。
鋼槍のグレゴールは、一目で見抜いた。
この男、できる、と。
しかも、鼻にかけていない。
良し。
部下に欲しい。
今すぐ欲しい。
王都は人手不足である。
強く、冷静で、無駄に偉ぶらない若者など貴重すぎる。
そしてグレゴールは思った。
きっと、この男がセレスティアを支えてくれたのだろう。
ようやく、セレスティアを支えてくれる男が現れたのか。
そう思うと、胸が熱くなった。
なお、誤解である。
支えているのは、主にオークだった。
「そして、こちらがモンスターテイマーのリアです」
「リアですっ!」
リアはぺこりと頭を下げた。
「現在は、ガルディアス軍遊撃士官補佐として同行しています」
「モンスターテイマー……」
グレゴールの視線が、リアの後ろへ動く。
オークと小型ドラゴン。
二体ともにテイムの証。
なるほど。
確かに。
だが……役に立つのだろうか。
グレゴールの正直な感想は、それだった。
小型ドラゴンは、ぱたぱた浮いている愛玩動物のようだ。
そしてオークは……鼻をほじっていた。
退屈だ。
早く中に入れろ。
アルドはそんなことを考えながら、鼻をほじっていた。
グレゴールは眉を寄せる。
テイムの証がある。
危険はないのだろうが、どう見てもただのモンスターだ。
いや、豚だ。
紋章入りの旗をマントのように首へ括りつけている。
意味が分からない。
さらに、リアを見る。
小さい。
若い。
てか、幼い。
非常事態に、子供を徴用すること自体はあり得る。
だが、軍属として入隊させるのは規律に反する。
まして、使者の一員として王都へ連れてくるなど。
「うーむ……」
グレゴールは首をひねった。
「セレスティア。この娘は……」
「彼女は成人していますよ?」
「なに?」
グレゴールは本気で驚いた。
「成人……この子が?」
「はい」
リアの頬が膨らむ。
「私、大人だもんっ!」
ぷんすか、という音が聞こえそうだった。
「そ、そうか。それは失礼した」
「もうっ!」
リアはまだ少し膨れている。
ジェイルは横で口元を押さえていた。
笑うと怒られるので我慢している。
「それで、その……」
グレゴールの視線が、再びアルドへ向く。
「オークと小型ドラゴンも連れて入るのか」
「はい」
セレスティアは迷いなく答えた。
「どちらもテイムを受けています。リアの管理下にありますので、問題ないはずです」
「きゅきゅーん!」
メイトが愛らしく鳴いた。
グレゴールはメイトを見た。
ドラゴンといっても、かなり小型だ。
危険性は低いように見える。
どうすべきか悩みどころだが、今はガルディアス城奪還の報告が最優先だ。
「書状を確認させてもらおう」
セレスティアは、丁寧に包まれた書状を取り出す。
蝋で固められた封緘。
そこに押された印。
ヴァルデマール・ヴァレンシュタインの印である。
グレゴールは、それを慎重に確認した。
封は破られていない。
印も本物。
偽造の気配もない。
「間違いない。ヴァルデマール殿の書状だ」
グレゴールは兵士たちへ振り返る。
「門を開けよ!」
「はっ!」
重い音が響き、鎖が巻き上げられる。
鉄張りの門が、ゆっくりと開いていく。
その向こうに、王都グランファスタの街並みが見えた。
石畳の大通り。
整然と並ぶ建物。
遠くにそびえるファスタ城。
だが、街にはいつもの活気がない。
商人の声はなく、人々の顔には不安がある。
窓からこちらを見る者。
兵士に連れられて移動する民。
武装した巡回隊。
戦争の匂いが、都全体に染みついていた。
セレスティアは、静かに息を吸う。
ついに来た。
王都グランファスタ。
グレゴールは、セレスティアへ向き直る。
そして、槍を立て、深く頷いた。
「ようこそ、王都へ」
その言葉と共に、ガルディアスの奇妙な特使団は、王都グランファスタへ足を踏み入れた。




