第百話「早馬と、正装と、あと階級」
駆ける。
大地を蹴り、風を裂き、街道を一直線に進んでいく。
走っているのは、一頭の早馬。
そして、その背にまたがっているのは、豚だった。
違う。
オークだった。
アルドは、短い手足で器用に馬を操っている。
だが、傍から見れば、どう見ても異様だった。
オークが馬にしがみついているようにも、襲っているようにも見える。
しかし近づけば分かる。
操馬技術は一流騎士のソレ。
目的地は王都。
ガルディアス城を出発してから、はや五日。
アルドは早馬を飛ばし続けていた。
馬車で移動すれば二週間はかかる距離である。
それを、一番速い馬、たった一頭で強引に走り抜けてきた。
もちろん、普通なら不可能だ。
長旅にはそれなりに荷物が必要となる。
それも人数分。
荷物がかさむ。
ならば必要なのは、速さではなく力。
だが、アルドにはストレージがある。
荷物も同行者も、すべて収納できる。
走るのは、馬とアルドだけ。
休憩も最低限。
実に効率的だった。
そして、五日目の昼前、ついに、それが見えた。
地平の先。
白い城壁。
高い塔。
旗。
石造りの巨大な門。
その奥にそびえる、ファスタ城。
王都グランファスタ。
ファスタ王国の中心。
ファスタ王が住まう都。
かつて、勇者アルドも何度か訪れたことがある場所だった。
あの王都には、カナの足跡があり、デモンレイアへ繋がる情報がある。
つまりそれは、アルドの身体を取り返すための手がかり。
アルドは、街道脇の草地で馬を止めた。
ここから王都までは、歩いて一時間とかからないだろう。
だが、このまま門へ向かうわけにはいかない。
馬に乗ったオーク一匹。
殲滅待ったなしである。
アルドは、片手を上げた。
イジェクト。
空間が、ゆらりと揺れる。
次の瞬間、大地に人影が現れた。
リア、ジェイル、セレスティア。
そしてメイト。
「うっ……」
出た瞬間、ジェイルが膝をついた。
「おえっ……」
「ジェイルさん!?だ、大丈夫ですか?」
リアが慌てて背中をさする。
「だ、だいじょうぶじゃない……」
ジェイルは青い顔で地面に手をついた。
「五日だぞ……五日……あの妙な空間に、ふわふわと……」
「でも、楽しくなかった?」
「たのしいわけ……ないだろ……」
リアは平気そうだった。
妙なところで適応力がある。
セレスティアは、王都の方を見ていた。
風が彼女の髪を揺らす。
遠くに見える白い城壁。
「……グランファスタ」
小さく呟く声には、感慨があった。
領主の娘として。
騎士として。
そして、ガルディアス城奪還を報告する者として。
王命の報告に、彼女はここへやって来た。
アルドは、その横で鼻を鳴らす。
「ぶひ」
いいから、さっさと準備しろ。
ここから先は、見た目が重要だ。
ガルディアスの使者として入城しなければならないからな。
つまり、正装である。
一目でガルディアスの特使だと分かる姿。
そうでなければ、今の王都に近づくのは危険すぎる。
王都はすでに臨戦態勢。
その門へ、オークと小型ドラゴンを連れて近づくのだ。
最悪、門につく前にあの世に到着しかねない。
文字通りひき肉になっちゃう。
ブタだけに。
縁起でもない。
「それでは、ここで着替えましょう」
セレスティアが言った。
「王都の監視塔から見える前に、身なりを整えます」
一行は街道から少し外れた草むらへ入った。
簡単な着替えである。
まず、セレスティア。
彼女は旅装を解き、ガルディアスの正装へ着替える。
機能よりも、見栄えを重視した美しいライトアーマー。
白銀の胸甲。
青い縁取り。
肩にはガルディアスの紋章。
戦場用の重装備ではない。
使者として王城へ入るための装いだ。
華やかだが、軽い。
品があるが、隙はない。
セレスティアにはよく似合う。
ジェイルには、濃紺の軍装が用意されていた。
肩章つきの上衣。
腰帯。
儀礼用の短外套。
「……俺、本当にこれ着るのか?」
「はい。ジェイル殿は現在、ガルディアス軍所属の遊撃士官となっています」
セレスティアは頷いた。
「……遊撃士官」
ジェイルは復唱した。
「急に偉そうだな」
「特使の護衛に、ただの一般兵を連れていくわけにはいきませんので」
当然だった。
王都へ向かう正式な報告使節。
その護衛。
まして、ガルディアス城奪還の立役者だ。
肩書きが必要になる。
今回、ヴァルデマールが用意したものだ。
ジェイルは、少し困ったように髪をかき上げた。
だが、着てみると、異様に似合った。
立ち姿が綺麗だ。
剣士としての鋭さがありながら、顔つきは柔らかい。
まるで、元からどこかの騎士団に所属していたようである。
腹立たしいほど似合っている。
「ジェイルさん、かっこいい!」
リアが言った。
「やめろって。むず痒い。俺に宮仕えは似合わねぇって」
ジェイルは少し照れて顔を逸らした。
次にリア。
彼女にも正装が用意されていた。
ガルディアス軍の遊撃士官補佐。
テイマーとして同行し、ジェイルの部下扱いである。
リアはもともと冒険者資格を剥奪され、強制労働者の身だった。
今回の任務の間だけ、ヴァルデマールの命で正式にガルディアスの軍へ組み込まれている。
これなら、リアは軍属である。
この任務が終われば、強制労働者の身分から解放され、晴れて自由となる。
ウルム村にも帰れる。
だからリアは、喜んで引き受けた。
「終わったら村へ帰れるんだよね?」
「はい。お父様から、そう聞かされています」
「やったねっ」
リアは嬉しそうに笑った。
その格好は、小さな軍服に小さな外套。
腰に道具袋。
本人は気に入ったようだ。
くるりと回って見せる。
「どうかな、トンソク」
誰も強く突っ込まなかった。
似合っている。
似合ってはいるが。
どう見ても軍属には見えず、子供のままごとだ。
そして、問題のアルドである。
「トンソクにも、正装があります」
セレスティアが布を広げた。
俺にも?
アルドは嫌な予感がした。
オークの体型は、人間とは明らかに違う。
そんな特注品が、たった数日で用意できるはずがない。
ましてや、鎧など着れようはずもない。
では、どうするのか?
答えは簡単。
セレスティアは、ガルディアスの紋章が入った旗を手に取った。
そして、それをアルドの首元に括りつけた。
まるでマントのように。
「ぶひ……」
おい!待て!
これは正装なのか?
ただの旗を背負ったオークじゃないのか。
「これなら、遠目にもガルディアスの所属だと分かります」
セレスティアは大真面目に言った。
アルドは、首元から垂れる旗を見下ろした。
ガルディアスの紋章。
立派な旗である。
布地も悪くない。
だが、かなり恥ずかしい。
勇者時代、マントは常につけていたが……裸にマントは変質者だろう。
「かっけーっす、アニキ!」
メイトが小さな翼をぱたぱたさせて飛んだ。
「そのマント、めちゃくちゃ威厳あるっす!さすがアニキっす。人間風情とはわけがちがうなー」
嘘つけ。
「いやマジっす!大マジ!人間どもの紋章を背負うオーク!城を制圧したみたいっす!伝説っすよ!」
裸マントがか?
ある意味伝説かもな。
そんな伝説にはなりたくないが。
それより、メイトは普通に飛んでいた。
羽は普段、小さく縮んでおり、必要な時だけ大きさが変わる。
どうやら翼の大きさは、伸縮自在らしい。
飛行能力も、魔法の力で補っているのだろう。
通常時の小さな翼でも、軽く飛ぶくらいなら問題ない。
不便そうで、意外と便利な生態をしている。
「では、行きましょうか」
セレスティアが先頭に立った。
ガルディアス軍大隊長。
地方、とはいえ大隊長である。
王都の軍制で言えば、中隊長と同格か、やや下に見られることもある。
それでも、ガルディアスを代表する特使であることに変わりはない。
その後ろにジェイル。
リア。
そしてアルドとメイト。
奇妙な使節団が、王都グランファスタへ歩き始めた。
王都が近づくにつれ、空気が変わっていく。
畑で働く者はいない。
街道を行き交うはずの商人も。
兵士たちは武装し、見張り台には弓兵。
城壁の上には魔導士らしき者たちも並んでいた。
臨戦態勢。
まさにその言葉通りだった。
王都の門は、固く閉じられていた。
巨大な鉄張りの門。
その前に、重装備の兵士たちが居並び、近づく者を拒む。
セレスティア一行が一定の距離まで進むと、兵士たちが一斉に動いた。
数十名の兵に、あっという間に取り囲まれる。
城壁の上では、弓兵が弦を引き、魔導士が詠唱の準備に入っていた。
いきなり攻撃されなかったのは、ガルディアスの正装をしていたおかげだろう。
紋章。
肩章。
そして、セレスティアの姿。
それらがなければ、すでに撃たれていたかもしれない。
特にアルドが。
旗マントは、意外と役に立っている。
「何者だ!」
兵士の一人が叫んだ。




