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運命の出会いだった②


 夏休みが終わってすぐの頃だった、二学期のはじめに少し遅れるようにして、スミレは転校してきた。

 どこから漏れたのか、田舎から来る少女という前情報で盛り上がっていた教室。

 田舎というワードに優越感を感じ、下に見たのか、はじめクラスメイトたちは、どうせ大したことない奴だろうと、笑っている者の方が多かった。

 転校してきたスミレは、そんな奴らをすぐに黙らせることになる。

 学年でも可愛いと男子から評判だった女子が、歯噛みするほど整った容姿。教師も感嘆の声を上げるほど落ち着いていて、年不相応に大人びた立ち居振る舞い。可憐なお嬢様のようで、それでいてしっかりと自分の意思を持ったスミレは、瞬く間にクラスの人気者になった。

 そんなクラスメイトに囲まれている人気者のスミレを、アヤノは教室の端から見ることしか出来なかった。

 自分が関わっていい存在ではないと思ったのだ。

 皆から無視されて、消えて欲しいと思われている自分では、スミレに近づくことさえ間違っていると、だからアヤノは、自分からスミレと距離を取った。

 スミレを中心に輪が出来て、騒がしい教室を静かに出る。

 向かう先は学校の裏庭。

 その端にある小高い丘。いつもの特等席に座って空を眺める。

 そうすると、どこからかそよ風が吹いてきて、優しくアヤノの頬を撫でながら話しかけてくる。


『やぁお疲れ様。人間の世界もなかなか大変だね』


 一人ぼっちのアヤノは寂しさを埋めるため、いつもここに来た。

 無視され始めた頃はまだ教室にいた。けれどある時、自分が教室にいる、それだけの事で教室の空気が重苦しいものになっていると気が付いた。どんよりと静かすぎる教室、アヤノが一人で話しをしていると、突き刺すような視線と、ひそひそと何かを話す声が聞こえてくる。

 すぐに自分がここにいていい存在ではないことを理解した。

 それからは落ち着いて過ごせる場所を探して校舎をさまよった。

 しかし、そう簡単に安息の地は見つからない。隣のクラスの女の子の件も含めて、アヤノの噂は学校中に広まっていた。

 学年を超えて、下から上まで、幅広い年代に有名人となったアヤノは、より孤独になり、それに伴って居場所が減っていった。

 人がいない所を探して歩き回ったアヤノがたどり着いたのが、外。

 裏庭の端は滅多に生徒が来ない場所で、一人でいるにはいい場所だった。

 アヤノがそこに居座るようになると、それが伝わったのか、人が来ることもなくなった。

 それからそこがアヤノにとって、唯一落ち着いて過ごせる場所になった。

 誰からも嫌がられることなく、風のように、どこからともなく聞こえてくる声に耳を傾けて過ごす。他の『イマジナリーフレンド』がどうなのか知らないが、この声だけの友達は、アヤノの知らない事も話してくれて、聞いているだけでも退屈はしなかった。


『今日は何の話しをしようか、喧嘩してる姉妹のこととか? 冗談だよ、みんなあいつは嫌いさ』


 ある事ない事関係なく、楽し気にささやく声。

 それを聞いて時間を潰す。それだけが、アヤノに出来る過ごし方だった。

 たとえ転校生が来てもアヤノの生活は変わらない。スミレが転校して来てからも、毎日アヤノはこうして過ごした。これからもずっとこうして一人、自分の中だけで生きていく、それしか道はないのだろうと、幼いながら諦めていた。


『ねぇ、貴女はそこで何をしているの?』


 だから、今まで聞こえていた声とは違う声が聞こえても、初めは誰かが話しかけてきたとは、考えもしなかった。


『貴女ねぇ、無視はよくないわよ』


 ハッとして声のした方を振り向くと、教室で皆に囲まれているはずの転校生、桑野スミレがそこにいた。何故こんなとこに、どうして自分に話しかけてきたのか、アヤノの混乱は一瞬でピークに達した。


『一人で何してるの?』

『な、何も、してないよ』


 とっさに誤魔化した。一人で喋っているのはおかしいと周りから言われていたから。


『嘘よ。一人で喋ってたじゃない』


 ばっちり聞かれていた。まっすぐ真剣な眼差しで見つめてくるスミレには、誤魔化しは通用しないと、そう思わせる何かがあった。


『風? と話してた』

『風と? 何それ貴女すごいわね!』

『すごくないよ。そんなこと普通じゃないって、頭がおかしいんだって皆言ってる』

『その他大勢には出来ないことだからよ。ようするに嫉妬ね、嫉妬!』


 予想もしていなかった反応だった。

 品行方正を絵にかいたような、礼儀正しいお嬢様だったスミレから、意地悪い感情の乗った言葉が飛び出してきた。自分を客観的に見れていたら、さぞ面白い表情をしていただろうとアヤノは思う。


『貴女毎日ここで一人でいるわよね? どうして?』

『それは、皆から無視されるから』

『そうみたいね、貴女の事を聞いたら、皆楽しそうに教えてくれたわ』

『楽しそうだった?』

『ええ、でも喜ぶところじゃないわよ。汚いとか変人だとか、近づかない方がいいから無視してるとか、とにかく悪口ばかりだったわ』

『そっか、ならここにいない方がいいよ』

『あら、どうして?』

『私は頭がおかしくて、汚くて、幽霊みたいで、とにかく私がいるとみんな楽しくなくなるから、だから私は一人なの。そんな私と一緒にいらた菌がうつっちゃうよ』

『なるほど、それで貴女は一人なのね……よし、決めたわ』

『うん。それじゃあ、もうここには近づかないほうがいいよ』

『それは嫌よ。私、貴女と友達になるって決めたもの。その他大勢より貴女がいいわ!』


『……え?』


 そう言ったのは、自分自身だったか、自分にしか聞こえない頭に響く誰かの声か、よく覚えていないほどの衝撃だった。

 それからスミレはアヤノの忠告を無視して付きまとってくるようになった。

 これにはアヤノも戸惑ったし、クラスメイトたちも同じだった。

 何故か嫌われ者のアヤノにべったりのスミレ。

 転校してきたばかりで、クラスの中心になったスミレが自分たちではなく、一人ぼっちのアヤノにばかり構うのだ。プライドを傷つけられた少年少女たちは、あの手この手でスミレの興味をアヤノから遠ざけようとした。

 しかし、その全てが無駄に終わった。

 アヤノを貶める言葉の全てを無視して、アヤノにだけ笑顔を向けるスミレ。

 スミレはアヤノの待遇を改善しようともしなかった。ただ、アヤノと二人だけで過ごそうとした。まるで周りには誰もいないかのように。

 クラスメイトたちにとっては、さぞ屈辱だったのだろうと、今になって思う。

 自分たちより劣っている存在のアヤノを無視していたが、自分たちが仲良くしたいスミレに自分たちが無視されたのだ。

 貴方たちはいらないと、必要ないと行動で示された。

 そのうち、アヤノが危惧していた通り、スミレも含めてクラスメイトから無視されるようになってしまった。

 だが、それでもスミレは気にした素振りも見せない。むしろ嬉しそうにすら見えた。

 これがスミレとの出会いだった。

 自分の理解の範疇の外で行動するスミレに、ただただ困惑することしか出来なかったアヤノが、ちゃんと友達としてスミレと分かり合えたのは、これからもうすぐの事。

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