運命の出会いだった①
薄汚くて、気味が悪い、頭のおかしな奴。
それが幼い頃、アヤノが周りからされていた評価だった。
死人のような、異常なまでに白い肌。
目元を隠してしまうほど伸びきったボサボサの髪。
気味が悪いほどやせ細った手足。
毎日代り映えしない、薄汚れてよれよれになった衣類。
外見的特徴をあげるだけで、キリがないほど、小学生のアヤノは問題を抱えていた。数え役満である。
見た目は重要なファクターとはよく言ったもので、外見だけで結果の善し悪しが変わってしまうことすらある。ただしイケメンに限るという格言が、この世の中の心理をよく表している。
まして、周りにいるのは子供たち。理性や精神が発展途上いる少年少女たちは、ブレーキをうまくかけることができない。
そんな彼、彼女たちの格好の標的にされてしまったのが、幼い頃のアヤノだった。
初めは、外見の汚さを貶された。
『いつも同じ服だな。ボロボロじゃん、新しい服も買えないの?』
『こいつ髪も洗ってないみたいだぞ、うわっくっせぇ!』
『蓮実菌タッチ! 十秒以内に洗わないと臭くなるぞ!』
『バリアしてたから無効だもんね~』
酷いことをされているという自覚はあった。
それでもまだアヤノは笑っていた。
何故なら、みんなが楽しそうだったからだ。
目立つことのなかった自分が、皆の中心になれているような気がした。
たとえ、どんなに酷い事をされて、心無いことを言われても、皆との接点をアヤノは感じていた。今になって考えれば、そんな接点はまったく要らないものだったけれど、この時のアヤノには必要なものだと思えたのだ。
少しの我慢で皆が笑ってくれて、楽しそうにしている。それだけでアヤノにはよかったのだ。
しかし、そのままでは終わらなかった。アヤノに対する接し方に変化が起こった。
皆がアヤノを拒絶するようになった。
ふざけて楽しんでいた男子とは違い、多感な女子は本気でアヤノを汚いと思っていて、女子の主導で男子にもその流れは浸透していった。それだけではなく、気味が悪い、幽霊みたいだと、アヤノへの印象も変化したらしい。
『ホント汚い! 教室に入ってこないでほしい』
『見てあれ、肌青白くて気味悪い。死んでるみたい』
『あいつお化けなんじゃね』
『ちょっとやめてよ! 本当に幽霊だったらどうするのよ』
『そりゃ、俺たち呪われるじゃねぇか』
『嫌よそんなの! マジ最悪。私なんて何も関わってないのに』
もちろんアヤノは死んでないし、幽霊でもない。
頑張ってみても呪ったりなんて、できるわけがなかった。
けれど、一度勢い付いた流れは止められない。
これまでの揶揄いや、嘲笑から一転して、徹底的な拒絶が始まった。
さらに悪いことに、アヤノが時々、誰もいない空間に向かって話しをしていたのも、その流れに拍車をかけた。
この奇行と呼ぶにふさわしい行動。今のアヤノでも、これは奇行だと自覚している。
何故こんなことをしていたのかといえば、あの頃のアヤノには、定期的に誰かの声が聞こえていた。
周りに人がいる時も、いない時も、朝、昼、夜と時間に関係なく、学校や、施設、道端など、どこにいても、何もないはずの空から、風が吹くように、アヤノに呼びかける声が聞こえていたのだ。
あれは所謂『イマジナリーフレンド』という奴だったのだろう。寂しさを埋めるために自らが作り出した想像上の存在。おかしな事だったのだと、普通は聞こえないのだと、そう思い知らされてから、スミレという友達ができて寂しさを感じなくなってから、声は聞こえなくなった。
その声は時にはただの雑談を、時にはアヤノを助けてくれるようなアドバイスを、特に求めなくても話しかけてきていた。
物心ついた頃から、あまりにも当然のように聞こえていたその声は、アヤノにとっては生活の一部になっていて、そんなものが聞こえていることが、おかしな事なのだとは、微塵も思ってはいなかったし、他の皆にも聞こえているものだと、そう思い込んでいた。
だから、アヤノがその声に応えることは当然の行いだった。
誰だって、人から話しかけられたら返事くらいするだろう。大嫌いで、この世から消えて欲しいと思っているほどの相手なら無視でもするかもしれないが、アヤノにとって、その声は嫌いな相手ではなかったし、むしろ自分の相手をして面倒を見てくれている存在。親がいなかったアヤノからしたら、ある種の家族のような存在だと感じていた。
嫌いでもない、むしろ好意的な存在からの呼びかけに、アヤノはいつでも応えていた。それが、一人の時だけではなく、学校で沢山の人に見られている中でもだ。
アヤノにとって、他の人間と話しをすることと、なんら変わりのないその行動は、周りからはかなり不気味なものに映っていた。
死人のような肌をした、目元も見えないガリガリの少女が、通学路の途中、教室の隅、校庭の真ん中で空に向かってボソボソと何かを話す光景は、少年少女には刺激が強すぎたのだ。
ついにアヤノは、頭のおかしな奴というレッテルを貼られることになり、周りの反応は拒絶から無視に変わっていた。
『あの、おはよう』
『……』
『あ、私といると菌がつくよ、なんて』
『……』
『ねぇ皆、前みたいに騒がないの? 一緒に遊ぼうよ』
『……どっか行けよ。お前といるとバカになるってみんな怖がってんだから』
『……え?』
いつしかアヤノは、薄汚いとバカにされる存在から、気味が悪くて恐ろしいと、恐怖される存在になってしまっていたのだ。
そうなってから溢れてきた感情は寂しさだった。
バカにされたいわけではない。しかし、幼い少女に孤独は辛すぎる仕打ちだった。
そんな絶望の中にいたアヤノにも一筋の光があった。隣のクラスのある女の子が、孤立しているアヤノに話しかけてくれていた。しかも、馬鹿にするでもなく、普通の友達として彼女は接してくれていた。今でもあの女の子は心優しい子だったと、そう思っている。
その子と過ごす時間はアヤノにとって唯一の救いの時間だった。
狭い教室で大勢のクラスメイトに囲まれながらも、いないものとして扱われ、自分が本当にこの場にいるのか度々分からなくなる。そんな中で、彼女といる時だけは、自分が今この場にいることを、生きていることを実感できた。
そう、アヤノには救いがあった。
それでよかった。
それだけでも、よかったはずなのだ。
けれど、アヤノは多くを望んだ。いや、望んでしまった。
もっと多くの人とも仲良くしたい。自分がおかしくない、怖くないと知って欲しい。そう願ってしまった。
皆の説得を買って出てくれたその女の子は、次の日から他の皆に混ざってアヤノを無視するようになった。
『おはよう! ~~ちゃん』
『……』
一瞬で青ざめて、何も言わずに背中を向けて離れて行く彼女の姿を見た時、アヤノは全てを悟った。
もう誰もいなくなったのだと、自分は一人になったのだと。
絶望のさらに下、混沌とした深い深い闇の中に落ちていくような気分だった。
悔やみきれない後悔が押し寄せる。
どうして自分は多くを望んでしまったのか、どうして、あのささやかな幸せで我慢することが出来なかったのか、どうして、今ある大切なものを大事にしなかったのか、それだけを考えて、大勢の中で一人の時間を過ごしていた。
そうしてしばらくの時間が過ぎ、話し相手は自分にしか聞こえない風の声だけで、アヤノが孤独の中にいることが当然になった頃。
桑野スミレが転校してきた。




