長い一日が始まった②
「おはよう蓮実さん!」
「ん、おはよう」
最寄駅から始発電車に乗り、一番近い新幹線が出る駅で降りたアヤノを待っていたのは、少し緊張した面持ちの加村だった。
昨日の打ち合わせ通り、駅での集合。アヤノは予定の待ち合わせ時間より、少し早く到着したが、加村はさらに早く到着して待っていたようだ。少しでも遅れたらどさくさに紛れて置いていこうと計画していたアヤノだったが、流石にここまでされると、大人しく一緒に行くしかないようだと諦めるしかない。
「蓮実さん、その、お金とか大丈夫だった?」
「うん、問題ないよ」
昨日の晩、アヤノが支援を受けている団体の有村に連絡し、急遽融通してもらった。有村の仕事は早く、昨日のうちに振り込まれた金銭は確認している。その分は駅に来る前にコンビニで引き落としていた。
「それならよかった。僕もちょっと無理言って親から借りたんだけど、今月はお小遣いなしかなぁ」
「それは大変。今日は行くの止めた方がいいよ。安心して、スミレちゃんは私だけできっと充分嬉しいと思うから」
「いやそんな、俺も行くよ。何かあるかもしれないんだ。蓮実さん一人にはできないよ。お金のことはホント心配しないで」
これだけ付いて来なくていいと伝えても、決心が揺るがなそうな加村。金銭の話題はチャンスだと思われたが、不発に終わってしまった。決して少なくはない金銭を使ってまでもスミレに会いに行きたいらしい。アヤノは、自分を心配するふりをしてスミレを狙っている加村に、より一層の警戒を抱いくのだった。
予定していた新幹線の自由席を買う。ホームに向かうと早朝だというのに、すでに乗車口には列ができていた。
アヤノにとって新幹線はそこまで馴染みのある乗り物ではない。これまでの人生で乗ったことは一、二回しかないくらいだ。こんな早くから利用する人も結構いるものなんだと、少し呆けていたアヤノとは違い、列を見た加村は慌てて並び、アヤノに手招きしてきた。自由席は早い者勝ちだ。アヤノもすぐ後ろに並んで時間を待った。
結果として、幸い席は確保できた。
二列シートに並んで座る。何故かドヤ顔で窓際に座るように促してきた加村は、今は通路側に座って満足そうにしている。
「そういえば、親にはバレてない?」
本来、今日は普通に学校がある。つまりアヤノたちはサボりということになる。アヤノ一人であれば、特に問題はない。他に家族がいないから、自分で病欠の連絡をすれば済む。しかし、加村は違う。学校に来ていないことが、親にでも連絡が行けば面倒な事態になりかねない。
「その点は大丈夫だよ。実は今、親はどっちも出張中でね。家に連絡が行っても誰もでない。体調不良で休みの連絡を自分で入れてしまえば、誰にもバレないよ。蓮実さんは……その、家族は?」
「こっちは誰もいないから平気」
「昨日、親はいないって言ってたよね? その、お亡くなりになったの?」
「最初からいなかったの。私捨て子だから」
「え⁉ そ、そうだったんだ……ごめん」
「何が?」
「いや、デリカシーのないことを聞いたから」
「別にいいよ。親がいなくても今は不便してない。むしろ今日は都合がよかった」
「はは、蓮実さんはすごいね。じゃあ今はどこか施設的なところにいるの?」
「アパートで独り暮らししてる」
「そうなんだ⁉ なんていうかすごいね」
「慈善団体の支援を受けてるからね。独り暮らし事態は特にすごいことじゃないよ」
「いやいや、この歳で独り暮らしはすごいと思うよ! ホントすごいなぁどんな所に住んでるの? 学生の一人暮らしってどんな感じなのか見てみたいなぁ」
「……」
「ご、ごめん! 聞きすぎたよね」
急に謝り出す加村。どうしてそんなに慌てているのか、ただこの男はこんなに饒舌に喋るのかと、じっと見ていただけのアヤノには分からなかった。
「別にいいよ。風当たりがいいくらいで、特に変わったところのないアパートだよ。狭いとこ。何でそんなに気になるの?」
「そ、それは、その、あれだよ! 大学に行ったら独り暮らししたくて、参考になるかなぁ……なんて」
「なるほどね。今のうちからそこまで考えてるんだ。将来に必要なことなら見に来てもいいよ」
「えぇええ⁉ 蓮実さんの家に行ってもいいの⁉」
「うるさいよ。どう参考にするのか知らないけど、それくらいなら別にいいよ」
「ホントなんだね! 約束だよ!」
うっきうっきになる加村を見て、訳の分からない男だと結論付けるアヤノだった。
「でもホントにいいの? お家にお邪魔しても」
「うん、別に。スミレちゃんもよく来てた」
「女子と僕とでは結構違うと思うけど……でも、それほど桑野とは親しかったんだね」
「うん」
「言いたくなかったら全然いいんだけど、桑野とはどうして仲良くなったの?」
「スミレちゃんと?」
「うん、蓮実さんって、何と言うか、クール? だからあまり他の人と話さないけど、桑野とは楽しそうに話すでしょ。いつも一緒だったし、何でか気になってたんだ」
「それは……」
「無理に聞き出そうとしてるわけじゃないから、言いたくなかったら気にしないで」
「いや、別にいいよ」
アヤノにとって、自分の過去をべらべらと他人に話すのは好きじゃない。けれど、スミレのことになると、それは話しが別だった。スミレの素晴らしいところは沢山の人に紹介したくなる。普段は会話なんて面倒なアヤノが、唯一顔を輝かせて話すこと、それがスミレについての話題なのだ。
「スミレちゃんはね、とても優しくて、とにかく素晴らしい人なの。昔、苦しんでた私を救ってくれた。あれは私が、小学生の頃のこと……」




